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■ 冬期湛水水田プロジェクトとは
冬期湛水(たんすい)水田プロジェクトは,冬の間水が落とされ乾田化している水田に浅く水を張ることにより,水田の生態的価値を高め,生物の生息場所を創出する計画のことです.蕪栗沼周辺では,特にガン類やハクチョウ類といった水鳥の採食地や塒として利用されることを期待して行っています.
乾田 | 湛水水田(湿田) |
■ プロジェクトの背景
特にガン類は,その渡来数が年々増加する傾向にあるのに,その越冬地の数(生息場所)はほとんど増加していないという現状があります.つまり,特定の場所に非常に多くの個体が集中して生息しているのです(一極集中化).これは,九州に渡来するツル類などにも見られる「悪しき」傾向です.なぜなら,例えば伝染病などが発生したりその特定の生息地が大きな改変を受けた場合,多くの個体が一斉にその影響を受け,個体群に多大なる損害が出る恐れがあるからです.そのため,近年は越冬地の分散化を図ることが大きな課題となっています.
その一つの解決方法の一つとして提案されたのが「冬期湛水水田プロジェクト」です.ガン類は広く浅い水面(低地性の湖沼など)を塒として利用します.浅く水を張った水田は,その代替環境としての条件を満たすことが期待されます.また,このようなグシュグシュした水田(湿田)は水鳥にとって餌をとりやすく,良好な採食環境を提供します.
そして,このような湛水水田プロジェクトが各地で行われるようになると,ガン類の生息地が再び拡大していくことも期待できるのです.
■ 循環型水田農業の実現
冬期湛水水田は,従来の慣行農法の水田でも実施できますが,生き物の生息地としてより質を高めるためには,不耕起(自然耕)栽培の水田で行うと効果的です.不耕起栽培とは,稲刈り後もまったく田を耕さない農法のことです.
不耕起水田は水田農業に一つの理想を提示しています.それは循環型水田農業の実現です.
不耕起水田では,耕起が行われないため,落ちモミが土の中へ隠されてしまうことが少なく,ガンなどの鳥類にとっては耕起水田より食物資源を多く得ることができると期待されます.さらにそこへ水を張ると,食物を水とともに摂取する水鳥にとっては絶好の採食環境が提供されるわけです.また,乾田だらけの現在の水田の中に「オアシス」のような湿地が創出されることにより,休息場所(または塒)としての価値も生まれることが期待できます.
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飛来した水鳥はたくさんの糞を水田に残します.これは翌耕作期には天然の肥料となります.水の張られた水田では,水田に残っている藁くずやイネ株の分解が進み,分解残留物は春にサヤミドロの栄養源となります.サヤミドロは稲作中に堆肥の代わりとなります.つまり,ほとんど肥料をやらなくても水田耕作が可能となります.
また,飛来した水鳥は,落ちモミだけでなく土中の雑草の種子も食べてくれるので,除草効果も期待できます.
このような環境保全型栽培米は,主に都市部をターゲットに,付加価値のついた米として高く販売することが可能となります.不耕起栽培のイネは,イネの原始的能力が発揮されて生育するため,在来品種より収量が多く冷害に強いと言われています.つまり不耕起栽培によって,農家は農薬や肥料代を抑制することができるだけでなく,安定した収量を得,かつ高く米を販売できるなど,多くのメリットを得ることができると期待されているのです.
慣行栽培のイネ(イネ株がばらけている) | 不耕起栽培のイネ(株が太くしっかりしている) |
このような環境保全型栽培の水田は,農薬や化学肥料などの影響がほとんどないため,近年生息地が減少しているメダカやヤゴなど水生昆虫類の良好な生息環境ともなります.そして,それらを餌にする鳥類が集まり,糞を落とし...
こうして,不耕起水田では循環型水田農業が実現されるのです(下図参照).
■ 農業共生型ビオトープネットワークの構築
近年,生物多様性を保全すると共に,人と生き物との接点を提供するために,生物の生息空間を人為的に創出する「ビオトープ」事業が全国的に展開されています.その流れの中で,農業生産空間が多様な生き物の生息の場であることが見直され,特に森林−水域複合生態系を有する中山間地での「ビオトープ」事業が注目を集めています.これらは主に,減反政策の一環で増え続けている中山間地の休耕田を利用したものが多いのが一つの特徴といえます.しかし,低地水田や稲作が継続されている水田での共生型ビオトープの事例は少なく,今後の課題となっています.
冬期湛水水田プロジェクトは,夏は水稲が営まれ,冬にはガンの生息地となる,まさに農業共生型ビオトープの好例といえるでしょう.湛水水田プロジェクトの実施には,農家や地元住民のほか,行政,企業,NGOなど様々な主体の参画と協力が不可欠です.プロジェクトの拡大には多大な労力が必要ですが,じっくり時間をかけながら多くの人々とのつながりを築き,ガン類をはじめとした生物の生息場所を徐々に広げていく「農業共生型ビオトープネットワーク」の構築は,21世紀の農業形態の一つとして,また生物多様性保全の一戦略として,今後その重要性が増していくものと期待されます.