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(回答先: 4.1 コメント(生物環境と科学技術者の課題―過去/現在/未来―) 荻野晃也(電磁波環境研) 投稿者 ネオファイト 日時 2004 年 6 月 21 日 11:29:03)
湯川秀樹著:「物理學を志して」(昭和19年4月30日発行)より。エッセイ「物質と力」(昭和18年6月)の最後の文章。[投稿者注:以下では旧仮名遣いは残すが面倒ゆえ旧字体を新字体に置き換えている]
四、戦争と物理学
以上の如くにして今日の物理学は、物質の構造、放射線の本性、力やエネルギーの形態の研究等を中心問題としてゐるのであるが、それが一体今日の戦争と如何なる関連を持つてゐるであらうか。これに就て少しく立入つて考察して見たいと思ふ。
物理学の立場から見た場合、戦争とは如何なるものであるか。最も原始的な、最も簡単な形に於ける戦争は、人間の集団同志の直接の闘争に他ならぬ。その場合用ひられる武器―刀、槍等―は単なる[手]の延長であり、その補強である。戦ふ個人々々の腕力が武器によつて補はれるのである。人間の文化、特に科学技術の発達と表裏して武器が進歩すると共に、戦争も亦この様な直接的な闘争から、漸次より間接的な形態へと移つて行つた。弓矢・鉄砲の如き所謂「飛道具」の出現によつて、戦闘する敵味方の人々の間の間隔が段々大きくなつて来た。更に又手の延長としての武器ばかりでなく、「足」の補強機関としての車・船等が登場することゝなつた。それは武器よりももつと広い「兵器」といふ概念によつて包摂せらるべきものである。今日では、戦車・軍艦・飛行機等の形に於て、それ等の乗物が兵器の中心部分を占めることとなつて来た。手や足ばかりではない。望遠鏡は「目」の延長であり、聴音機は「耳」の補強である。更に又目に見える光だけでなく、赤外線乃至は電波が利用され、耳に聞えない超音波が有力な兵器の要素となつて来た。
以上の如くにして、今日の戦争に於ては、彼我戦闘員の肉体の間に一定の形を持つた機械としての武器が介在するといふに止まらず、武器と武器の間に更に敵味方に共通な背景としての自然が存在することを無視し得なくなつて来たのである。元来人間が自然的環境に生きてゐる以上、何時の時代の如何なる戦争に於ても、自然的条件が重大なる意義を持つてゐたことは勿論である。併しその場合に、「自然」は主として地理的気象的なものとして顕はれて来たのである。それは戦場としての山や川や野原や海であり、雨であり、雲であり、暑さであり、寒さであつた。これに対して今日の戦争に介入してゐる自然は更にそれ以上のもの、即ち物理学の如き精密科学の対象としての自然であるといはねばならぬ。彼我の陣地の間にある大気の物理的状態、地球の重力等が、彼我の陣地から撃ち出される砲弾の道筋に、航空機の飛翔に、不断の影響を及ぼしてゐることは勿論である。前線と後方陣地との間の空気は絶えず電波を伝へる媒質でもあるのである。敵味方の軍艦乃至潜水艦の間に介在する海は、音波乃至は超音波を伝へる媒質としても把握されねばならぬ。更に又磁気機雷が敷設されてゐる場合には、磁場の分布さへも考慮されねばならぬ。優秀な兵器とは要するに、かくの如き物理的自然によりよく適合したものであることを意味する。今日の戦争には、単に「機械的」というより一層広い意味に於ける「物理的」な要素が多くなつて来たといはねばならぬ。
兵器が物理的自然に適合してゐるといふことを簡単にいへば、兵器の性能が良いといふことである。石とか鉄とか鋼とかに、その形だけでなく、その材料の重さ、硬さ等の物理的諸性質が重要な意味を持つてゐた。近代に於ける兵器の進歩は、それと共に用途に従つて、兵器の材料にそれゞゝ特殊の性質が要求せられることゝなつた。高温度に耐へ得るとか、海水に浸蝕されないとか、強靭で且つ比重が小さいとか、様々な物理的化学的性質を有する材料を供給しなければならぬことゝなつた。所が物質の色々な性質は、その構造と密接な関係を持つてゐる。といふよりはぶしろ、吾々の感覚によつて知られる物質の諸性質は、その原子的構造の反映に他ならぬのである。近代物理学が物質構造の研究をその主題としてゐたのは、単なる専門的興味からだけではなかつたのである。「自然」を利用して、その中に潜むあらゆる力を使ひつくす為にも、どうしても自然自身を形作ってゐる骨組を知らねばならなかつたのである。
所で自然の持つてゐる力は如何なる形で現はれ、如何なる方法で伝達されるであらうか。爆弾が落下して爆発した場合、その衝撃は爆風となつて空気中を伝はる。この場合伝へられるものは機械的なエネルギーであり、それが空気の急激な不規則な振動として伝へられる音波や超音波といはれるものは、もつと規則的な空気の振動である。更に真空自身の中を電波や光が、様々な波長の電気振動として伝はつて行く現象を、通信連絡に或は敵機の発見に利用してゐるのである。自然界には併し、もっとゝゝゝ色々な種類の振動や波動が存在してゐるのである。吾々が今日「放射線」と称している所のものは、すべて自然の持つてゐるエネルギーを種々の形で他の場所に持つて行く運搬者に他ならない。力或は放射線の本質に関する研究が又、今日の物理学の主題の一つであるのも決して偶然ではないのである。