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(回答先: 論敵に対する人格非難・態度非難は論争における敗北宣言 投稿者 たけ(tk) 日時 2004 年 5 月 16 日 14:47:03)
たけ(tk)さん、どうもです。
私は別に論争するために書き込みをしているわけではないので、「論敵に対する人格非難・態度非難は論争における敗北宣言」の「論争における敗北宣言」については、“やり取りにおける敗北宣言”と置き換えさせてもらうが、人格非難・態度非難がどうしてアプリオリにやりとりにおける敗北宣言になるのか説明していただきたい。
具体的な根拠を説明しないまま相手の人格や態度を非難する態度は重大な誤りだと思っているが、やり取りにおける態度は、やり取りの内容よりも根底的で重要な問題だと思っている。
なぜなら、お互いが自分の語った内容に疑義を提示されたりより具体的な説明を求められたときに誠実に対応するというのがやり取りの基礎だと思っているからである。
(ただ自分の思いを読んでもらうための場=サイトであれば、そのような態度は問題にならない)
人格非難や態度非難を行うのなら、「ふざけている」や「カスだ」と価値判断をぶつけるだけではなく、なぜそういう価値判断をしたのか根拠を説明しなければならないと思っている。
そして、それが理に適っているのなら、非難されたひとは、「ああ、論争に負けたことを認めたのね」と解釈するのではなく、自己を省みなければならないはずである。
端的に言えば、「長壁問題」は、長壁さんが求められたことや指摘された問題(投稿態度)に誠実に対応していないことに発しているのだから、「相手を(簡単に)説得、論破、折伏できる」とかできないという以前の問題なのである。
「ぽん」さん、「お聞きしてもよろしいでしょうか」さん、「鈴を贈るねずみ」さんの長壁批判が、長壁さんに、「ああ、論争に負けたことを認めたのね」と解釈されたり、「人権侵害」だと頓珍漢な反応でいいと思わせてしまうかもしれないようなレスを長壁さんのスレッドに付けられたたけ(tk)さんに強い疑念を抱いている。
私は、「ぽん」さん、「お聞きしてもよろしいでしょうか」さん、「鈴を贈るねずみ」さんの長壁批判は理に適ったものだと判断する一方で、それらに対する長壁さんの対応は誠実さに欠けたものだと判断している。
長壁さんは、ひたすら自分の心情のみを投稿し続けてきたわけではなく、「茹で蛙論」という一般的非難やある特定者に向かって阿修羅で書き込みをすべきではないという言辞まで吐いてきた投稿者である。
「人格非難を行う人に対して「人格非難を行うな」と説得するのは、まず不可能です。「自分に対してそのような説教をするのは、説教する人の人格・価値観が悪いからだ」と解釈するだけでしょうから」ということはないから、たけ(tk)さんのレスを期待する。