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(回答先: Re: 調和人さんへ 投稿者 2000/12/31 日時 2004 年 4 月 29 日 17:51:09)
投稿者さんへ
>養老猛司氏は「生きる意味はがんの宣告を受けた時に初めて解る」と主張されています。
即ち「死を目の当たりにした時から世の中で起きているあらゆることが全く違って
観えるようになる=生きているという実感がどんな些細なことからも見出せるように
なる」ということです。全ての人が「がん宣告」を受けるわけはありません。
私が知っている限りにおいて「哲学を勉強すると自殺する」という見解がありました。しかもそれは若いうち20代だということです。ここで言いたいのはがんを宣告(目の前に死がある)されたからではなくても、宇宙感的に死を理解することがあるということです。
フランスの実存主義哲学者である「異邦人」を書いたカミユに
「本当に重大な哲学の問題は一つである、人生は生きるに値するか否かを判断すること」確かそのようなことを書いていました。
そこで人生に意味を見失ったとしても、生まれてきたからには一秒でも多く生きていくというのが回答ではないかと思います。
ベルグソンの「深く潜れば潜るほどより多くのものを引き出してくる」《哲学的直感》より。そこには人生の意味が解かり、「人間とは何か」を理解(認識論)したときから新しい、本当の意味の生き方があると考えます。
私がこの書き込みをするのも、何か残せる物があれば残しておこうという誇大妄想的な気持ちがあるからです。