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(回答先: Re: 複数の衝動が出会うホログラムが存在しているという錯覚を生む? 投稿者 HAARP 日時 2004 年 3 月 28 日 02:11:55)
すみちゃん、HAARPさん、ぷち熟女さん、ありがとうございました。
スレが思わぬ方向に伸びて行きましたが、実は秘教テーマも結構好きなんです。
自分が立てたスレでこんな風に語ってもらってうれしいです。
昼休み板のほうが適切かもしれませんがレスします。
存在とは干渉縞であるという見方について。
「物質とは、ある種の時空間における干渉縞が形として現れたものに過ぎない」と私は昔考えていました。媒質よりも波自体の方に私の場合は関心が行きました。干渉縞が生じるからにはおおもとになる波が存在しなければならない。その波はどこから来るのか。そのおおもとに名前をつけるなら造物主ということになるのか。干渉が生じるためには波の震源は複数必要だろう。しかし造物主がふたつ以上あるなんてことがあるだろうか。ある程度震源が互いに近くにないと干渉縞はできないはずだから、別の造物主が二つもあると考えるよりも、振動の中心が何らかの原因でずれたか複数に分かれたかしたとする方がわかりやすい。その移動ないし分化は造物主にとって自律的なものだったのだろうか。自律的だとしたら問題ないが、他律的だったとしたらこの物質世界とはいったいなんなのだろう…みたいなことを考えてました。
あるいは、こんなことも考えてました。震源が一つしかない場合でも、複数の穴があいたスリットを通せばその波は震源が複数ある別の波のようにふるまう。その波は互いに干渉することもできる。スリットの穴が人間ひとりひとりに相当すると考えれば、造物主と人間の関係に近いんだろうなと。波の伝達という点では、人間は主体ではなく波が通過する穴に過ぎない。人間の自我が波を創り出しているわけではない。
…この手の妄想が私は好きだったんです。
それから、HAARPさんの、「意識の牢獄」としての「マトリクックス」の骨格という考えには唸らされました。あのヘキサグラムというシンボルにはなぜかうさんくささを感じていたもので。少なくとも使い方は故意に魔術的にゆがめられている気がします。
阿修羅の常連の中でも特に直観の際立った人たちがこのスレに参加してくれたことをうれしく思います。
これからも活躍を期待しています。いつかどこかの時空間でお会いしましょう。