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(回答先: 【映画監督】マイケル・ムーアからジョージ・ 投稿者 転載バカボン 日時 2004 年 3 月 02 日 05:34:12)
http://www.michaelmoorejapan.com/words/index.html
みんなは脱走兵と受け取ったけど、ぼくはデザートといったのだ
2004年1月27日(火曜日)
友人のみなさん
ここで、ジョージ・W・ブッシュを「脱走兵(deserter)」と呼んだことをお詫びしたい。ぼくがいいたかったのは、ジョージ・W・ブッシュは脱走兵で、票泥棒で、飲酒運転者で、大量破壊兵器がらみの嘘つきで、読み書きのできない人物、ということだった。それから、彼はパンツにウンチを漏らしたということ。ツーソンでは「そいつが死ぬのを見るために」ある男を射殺したこと。
ていうか、先週ぼくがニュー・ハンプシャー州でいおうとしたのは、「11月にはブッシュをデザートにして食べよう!」ということだった。ぼくはよく「デザート(dessert)」と「義務を放棄する(desert)」を混同する(訳注)――そういう人、みなさんの中にも多いんじゃないかな。
(訳注)発音はまったく同じ
やれやれやれ。ジョージ・Wなら「やつらを穴から燻りだすときだ!」というだろうね。10日前、ぼくはウェスリー・クラークを「ユーモラスな」やり方で紹介した――それを洒落のわからないメディアがアホな取り上げ方をした――おかげで週末には、ぼくのウェブ・サイトに1500万件のアクセスがあった。アクセスした人たちは、ブッシュが州兵としての義務をサボった事実について読むことになったわけだ。
この一件で奇妙なのは、ぼくはブッシュの州軍勤務サボリ事件について、一度も詳しい事実関係に触れたことがない、という点だ(ぼくの頭の中では、現代アメリカの重大問題でもなんでもないからね!)。ぼくはただプロレス団体、世界レスリング連盟の、例のアナウンサーのモノマネをして、熱狂する聴衆に、面白い勝負(つまり討論会)を見たいかと呼びかけただけなのだ。「しょうぐんっ、たい、だっそうへいっ(Deserterrrr)!!」(その映像はここ http://www.michaelmoore.com/special/deserter.php で見られる――メディアのほとんどがこのクリップを見せなかったのは、見ればぼくの発言の文脈がすぐわかってしまうからだろう)。
それにしても、メディアはぼくが「deserter」といった瞬間にピンと来たわけだ。自分たちが知っていながら無視したあの話――それが大勢の聴衆がいるステージで、醜い真実の頭をもたげたのだ、と。「deserter」という1語を聞いただけで、彼らはむきになった。だからみんなは、彼らが――メディアが――何か隠しているんじゃないかという印象を抱いたのだ。ぼくがブッシュを「deserter」と呼んだとき、医療保険で保護されない4300万人のアメリカ人を「見捨てた(deserted)」男という意味にとらなかったのはなぜか? この国の勤労者層を「見捨てた」(ブッシュ政権発足以来、300万人が職を失った)男という意味にとらなかったのはなぜか? まじめな市民の言論の自由とプライバシー権を制限することで憲法の人権保障条項を「破った(deserted)」男という意味にとらなかったのはなぜか?
メディアはほかの解釈をせず、ブッシュの軍歴のことだ、と大騒ぎをした。ただし軍歴にまつわる疑惑の中身には触れないで。まるで彼らはクラークとぼくに――そしてみなさんに――黙れ、といいたかっただけのように思える。「われわれメディアはこの問題を調査しなかった。そんな問題を持ちだしたきみたちは、謝罪すべきだ!」と。ははは、傑作だ。
ぼくはメディアのバカ騒ぎを喜んでいる。この国の最高司令官が、かつて州軍勤務をほったらかして、パパの共和党の友達のために選挙の応援にいったことが話題になったからだ。そんな最高司令官が、いまイラクに若者たちを送りこみ、その一方で〈ハリバートン〉や石油関連会社に大儲けを約束している。イラク派遣兵の20%は州兵と予備兵だ(その動員数は今後2倍になると予想されている)。彼らは約束の期間より長くイラクに駐留させられ、しかも充分な装備を与えられていない。格好の標的になっている。
もし彼らが、70年代初めのブッシュと同じことをしたら――勝手に任務を放棄したら――どうなるだろう? 今週、共和党の連中はブッシュをこう弁護した。「でも、彼はあとで埋め合わせをしたよ」。それじゃ、いまの州兵も同じことができるのか? イラク行きを命じられたら、「えっと、いまはやめときます。あとで埋め合わせしますから!」といえるのか? どうなるかは想像できるだろう。いうまでもなく、彼らの中に、1972年の若きブッシュ少尉みたいな連邦議員の息子はひとりもいないのだ。
今日、MoveOn.org( http://www.moveon.org/front/)が、この問題についての記事をまとめたので、ここに引用したいと思う。この記事は、ブッシュが何ヵ月ものあいだどこへ行っていたのかという、いまもって当人から回答がない疑問について、数々の事実を提示している。
[以下、引用]
以下に記すのは、州軍航空隊の元パイロット、ロバート・A・ロジャーズ退役中尉の証言と、デイヴィッド・コーンの著書『ジョージ・W・ブッシュの嘘(The Lies of George W. Bush)』(2003年刊・未訳)により、最近明らかになってきた詳しい事実関係である。
1. ジョージ・W・ブッシュは1968年にイェール大学を卒業した。それはベトナム戦争が最も激化し、徴兵制が実施されていた時期だった。同じ社会階層の多くの若者と同じく、彼はベトナム行きの可能性が低い州軍に入ることで、兵役義務を果たそうとした。競争率は非常に高く、志願者の長いリストができていた。ブッシュは1968年1月17日に航空隊の将校とパイロットとしての資格試験を受けた。パイロットの適正検査では合格ラインぎりぎりだった。
2. それでもブッシュは、1968年5月27日、6年間の兵役に服するとの宣誓をすることができた。数週間の基礎訓練のあと、少尉となった――これは普通、予備役将校訓練部隊で4年間の訓練を受けるか、18ヵ月間の常時勤務を行なうかした者に与えられる階級である。ブッシュは飛行学校でF‐102迎撃戦闘機の飛行訓練を受けた。当時、ベトナム戦争では戦闘機パイロットの需要が非常に高かったが、ブッシュは「週末の戦士」としてヒューストンで勤務した。ヒューストンはそのとき連邦下院議員だった父親の選挙区の中心地だった。
コーンの著書に引用されている、1994年の《ヒューストン・クロニクル》紙の記事で、ブッシュはこう語っている。「徴兵猶予を得るために、散弾銃で耳の鼓膜を破る覚悟はなかった。カナダへ行く気もなかった。だから飛行機の操縦を習って、自分自身を向上させる道を選んだのです」
3. 1971年5月以降のあるとき、若きブッシュ少尉は州兵の任務に定期的に参加することをやめた。テキサス州軍航空隊の記録によれば、飛行任務日数は規定の日数に足りず、州兵としての最低限の勤務日数をこなさなかった。記録はまた、ブッシュが1972年5月以降は1度も飛行機に搭乗してないことも示唆している。高い費用のかかる訓練を受け、州兵としての服務期間を2年残していたにもかかわらずである。
4. 1972年5月24日、ブッシュはアラバマ州の、現役任務のない予備役部隊への転属を申請した。同州では共和党上院議員候補の選挙運動にも従事するつもりだった。ところが申請は却下された。以後の数ヵ月間、ブッシュは州兵としての任務を全く果たさなかったと思われる。1972年8月、ブッシュは飛行任務を解かれて地上勤務となった――理由は年に1度の健康診断に出頭しなかったことだった(彼はなぜ健康診断を受けなかったのだろうか?)。
5. 2000年大統領選の選挙運動中、ブッシュの側近は、ブッシュはアラバマで任務を果たし、ヒューストンに戻って任務を完遂したことを覚えているといった。ところが、アラバマ州モントゴメリー部隊――そこで勤務したとブッシュは《ボストン・グローブ》紙で述べている――の司令官は、連邦議員の息子であるブッシュが出勤したという記憶はないといっており、ブッシュの主張を裏づける記録もない。2000年6月23日にアラバマ州で行なわれた記者会見で、同州ではどのような任務を果たしたのかと訊かれたブッシュは、思いだせないといいつつ、「それでもわたしはそこにいた」と言明した。
6. 1973年の5月、6月、7月と、ブッシュは突然、再びヒューストンで州兵としての活動に参加――この短期間にエリントン空軍基地で36日間の勤務をした。そして1973年10月1日、6年間の服務期間が満了する8ヵ月前に、テキサス州軍航空隊を名誉除隊したようである(6年間の服務期間に8ヵ月不足)。それから彼はハーバード経営学大学院に入学した。
以上の報告を裏づける資料は、情報公開法に基づく請求によって開示されており、ロジャーズの記事と共に、http://democrats.com/display.cfm?id=154 で公開されている。
大統領やその支持者からは充分な情報開示がなされていない。真実の全体を知る者は大統領本人と、少数の近親者や仕事仲間だけだが、彼らは話そうとはしない。
ブッシュは、最低で7ヵ月間(《ニューヨーク・タイムズ》紙)、最高で17ヵ月間(《ボストン・グローブ》紙)、許可なく軍務を離れていたようである。その時期、ベトナムでは50万人のアメリカ兵が戦っていた。軍は「脱走兵(deserter)」――DFR(除籍兵 dropped from rolls)ともいう――を、31日以上、無許可離隊(AWOL)をした者と定義している( http://www-ari.army.mil/pdf/s51.pdf )。
[以上、引用終わり]
と、いうことだ。誰かさんは特別扱いをしてもらったのだ。その特別な誰かさんは、自分には戦争を指揮する資格があると信じている――特別でない人たちの命を利用していいと思っている。
友人のみなさん、ぼくはいつだって、自分が見たままをズバリという。遠慮はしない。真実の中には、受け入れるのが辛いものもある。巨大メディア企業は恐れてこの問題を取り上げなかった。その気持ちはわかる。でも、ぼくは恐れない。これがぼくの仕事なのだ。これからも続けるつもりでいる。
そして、もし間違ったことをいってしまったら――たとえば、ブッシュがウンチを漏らしたとか、人を射殺したとかだが――ぼくはちゃんと誤りを認めるつもりだ。
あなたの友
マイケル・ムーア
mmflint@aol.com
http://www.michaelmoore.com