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「裁判員制度」を阻止せよ
「魔女狩りの時代」の加速を許すな。
2003/12/14
http://village.infoweb.ne.jp/~fwhh1899/index.htm
いつのまにやら平成16年にも「裁判員制度」を導入するための
法律が制定されることになっているらしい。 [裁判員制度Q&A]
多分、大半の国民がこんなことに興味を持っていないだろうし、
ましてその弊害など考えたこともないだろう。
しかし、私はこの制度は極めて問題が大きいものと考えている。
今回はこの問題について考えてみたいと思う。
この裁判員制度とは裁判において「市民」から選ばれた「裁判員」が
裁判官と供に有罪・無罪の判断や量刑の判断するものである。
米国等の陪審制は陪審員が最終的に評決を行うのに対し、
この裁判員制度では裁判員と裁判官が「対等」な立場で評決するものらしい。
しかし、マスコミに煽られて右往左往する人が極めて多い日本において、
こんな制度がうまく機能するのだろうか?
マスコミが極悪人だと報じればその人が有罪になったり罪が重くなったりし、
逆に、かわいそうだと騒げば無罪になったり罪が軽くなったりすることが
頻繁に発生するのではないだろうか?
もちろん、プロの裁判官の裁判を見ていても、
いかにもマスコミや「世論」なるものに媚びていると思われるものもいくらでもある。
しかし、一方でロス疑惑の三浦和義氏や安部元帝京大教授など、
マスコミからあれだけ「犯罪人扱い」された人物でも「無罪」とした実績もある。
もし、このようなケースで普段からマスコミ報道を疑うことなく
どっぷり浸かってきたような人間が裁判員に選ばれた場合に、
先入観無く判断することができたとはどうしても思えない。
そういう裁判員が裁判で判断を下すような時代になれば
マスコミや「世論」に迎合した法の恣意的な運用を
ますます、加速させることになるだろう。
専制君主の時代のように、
君主の気まぐれで捕らえられたり殺されたりしないという点で、
「法治」国家に暮らすことができるということは素晴らしいことだ。
それなのに、せっかく専制君主の気まぐれから自由になった我々が
なぜ、マスコミや「世論」というそれ以上に気まぐれな
暴君に身を委ねなければならないのだろうか?
そもそも、こんな案が出てくるのは
左翼カルト世代的なアナクロな「国家観」、「権力観」に洗脳された人間が
弁護士会を牛耳っていることが最大の原因と思われる。
しかし、今や彼らの妄想する「国家権力」よりも、
マスコミやそれに煽られた大衆の方が
よほど大きな力を持つ危険な存在になっているのである。
司法改革というなら、いかにマスコミの影響で司法判断がぶれることを
防いでいくかということを主題とするべきである。
そういう視点で考えれば今回の「裁判員制度」の導入は
本来あるべき改革とは全く正反対の方向であると言わざるを得ない。
とは言っても、弁護士会は与野党に渡り強力な影響力をもっており、
また、マスコミも「裁判員制度」に対する好意的な報道を繰り返す中で、
この悪法に対して身を挺して阻止してくれそうな政治家も見当たらない。
いつものように悪法ほどスルスルと国会を通過するのだろう。
今は「魔女狩りの時代」だと何度も書いてきた。
その中で大局的な視点から大きな責任を果たそうとする人物がいなくなり、
マスコミに迎合することで保身を図る人間ばかりが目立つようになった。
そして、それこそが日本の活力の減退の大きな原因になっている。
裁判員制度が導入されれば、その傾向がますます加速されることになるだろう。
なんとか止める方法なないのだろうか?