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新生イラク軍にみる主権移譲のまやかし【東京新聞 こちら特報部】
http://www.tokyo-np.co.jp/00/tokuho/20040415/mng_____tokuho__000.shtml
「同胞殺し嫌」参戦拒否 大量離脱で計画の4分の1に
ブッシュ米大統領は、追加派兵などを明らかにした13日夜の記者会見で、6月末のイラクへの主権移譲をあらためて強調した。しかし、肝心の軍隊の移行一つをとっても、すでにつまずいている。米軍がつくった新生イラク軍の一部は、戦闘が続くファルージャでの初の参戦を拒否し、大統領の期待を裏切った。思惑外れの“戦略”が続く中、主権移譲のまやかしとは−。
「イラクの軍隊の訓練を続けなければいけない。彼らの一部の振る舞いには失望した」。大統領は、会見で新生イラク軍への不満を口にした。「彼らの中には優秀な部隊もあるが、そうでない部隊もある。その理由を考える必要がある」
米ワシントン・ポスト紙によると、今月初め、六百二十人からなる第二大隊のイラク人兵士たちが、銃撃を受けたのをきっかけに「同胞と戦うために入隊したのではない」と、ファルージャでの戦闘に加わることを拒否した。昨年末には訓練を終えたばかりの第一大隊約七百人のうち三百人が離脱している。大統領の失望発言は、それらを念頭に置いたものとみられる。「装備が足りないというなら、装備を、もっと集中的な訓練が必要なら、もっと訓練する」と大統領は言う。しかし、事はそう簡単ではないようだ。
■自国を守る意識はなし
米国防総省は二十七大隊、約四万人の新生イラク軍の部隊を編成する計画を立てた。昨年九月には、当初二年を予定していた準備期間を一年に短縮すると明らかにしていた。
「当初の計画では現段階で四千人いるはずだが、大量離脱などで四分の一ぐらいしかいない。月給は一番上の大尉クラスで百七十ドル程度。危険手当で七十二ドルを上乗せしたが効果はない。金銭的に危険に見合わない上に、米軍が突出する中で、権威もない。国を守っているという意識はないでしょう」。中東調査会上席研究員の大野元裕氏が出兵拒否の背景を説明する。
ではどんな人たちが軍を構成しているのか。イラクで取材経験のあるフォトジャーナリストで明治大講師(国際コミュニケーション戦略)のマイケル・スタンレー氏は「社会的な“負け組”で、生活費にも困り給料欲しさに入隊した“傭兵(ようへい)”ばかりだ」と解説する。
■部族の非難 心中に葛藤
にもかかわらず、離脱者が相次ぐ背景について、スタンレー氏は「兵士の出身部族から『裏切り者』という非難が出て退職する例が増えている。部族内は典型的な村社会で、米軍への協力で、仕返しを受ける可能性が高い。さらに、兵士も心中に葛藤(かっとう)を抱えている」と分析する。
国際ジャーナリストの田中宇氏は「葛藤」の背景に、反米感情の広がりを見る。「ファルージャでのスンニ派との戦闘、ナジャフなどでのシーア派との戦闘ともに米軍は強硬で、イラク人の間には不当だとの憤りが広がっている。バグダッドのスンニ派の人もファルージャに行ったと報じられ、英雄的戦いに参加しようという雰囲気だ。サドル師の逮捕請求書もイラク法律家協会は根拠がないと反発している。新生イラク軍の兵士もどこかの宗派に属しているから、戦闘には加わりたくないだろう」
占領色薄める思惑も外れ ずるずる増派…米泥沼?
イラク軍への治安権限の移譲は、もくろみ通りにいくのか。スタンレー氏は「イスラム教徒のメンタリティーとして、建前と本音に開きがあり、勝ちそうな方に味方する傾向がある。イラク軍兵士は『勝ちそうな米軍について出世したい』と考えて、参加しているだけだ。情勢が変わるとどう転ぶか分からず、米軍が信頼できる軍隊をつくるのは不可能だ」と切り捨てる。
その上でこう続ける。「大部族長の応援があれば、一時的に四万人の軍隊はできるだろうが、スパイが多数紛れ込む。作戦や駐留場所などが筒抜けになり、簡単にテロ攻撃を受けるだろう。ベトナム戦争で南ベトナム軍の中にベトコンのスパイが多数いた状況と同じになる」
米政府が新生イラク軍の編成を急ぐ背景には、駐留米軍の負担を軽減、占領色を薄める狙いもあった。「エジプトのように、米国の傀儡(かいらい)政権が、民衆の不満をなだめながら統治し、米国は『皆さんのため』という姿を崩さないのが第二次世界大戦後の定番の中東の姿だった。イラクもイラク軍が投入されれば、正当性が主張できると思ったのだろう」(田中氏)。しかしそのもくろみは大きく外れたことになる。
新生イラク軍とともに、米軍削減の補てんと見込まれていた「民間委託」も暗雲漂う。ワシントン・ポスト紙によると、連合国暫定当局(CPA)は米国や英国などの民間軍事会社と契約、約二万人が働いている。六月の政権移譲後は三万人に膨らむとみられている。十三日の会見でも「十三万五千人の米軍、一万−一万二千人の英軍の次、もしくは米軍に次ぐ二番目の規模の軍隊が民間の雇い兵ということは、同盟国というのはウインドーの飾りにしかすぎないと、証明しているのではないか」と皮肉交じりの質問も出たほどだ。
頼みの"民間軍"活動には限界も
しかし、ファルージャでは米国民間軍事会社「ブラックウオーター・セキュリティー・コンサルティング」の元米兵四人が殺害され、十三日には、同近郊で米国の民間警備会社「DTS」で働くイタリア人四人が武装勢力に拘束された。米軍への物資輸送中に社員七人が行方不明になった米石油大手ハリバートンの子会社「ケロッグ・ブラウン・アンド・ルート」は補給活動の一時停止を決めるなど、活動には限界もある。
ブッシュ大統領は一万人規模の追加派兵を認める意向を表明した。しかし、田中氏は「治安が悪化する中、一万人程度の増員では、空港からバグダッド市内、バグダッドからファルージャの道路確保がやっとだろう」と指摘する。
新生イラク軍は計画通りに整備できず、米軍の増派は続く。いつまで米軍中心の多国籍軍に頼ることになるのか。日商岩井総合研究所主任エコノミストの吉崎達彦氏は「イラクに親米的な民主主義国家をつくるのが米国の目的だ。世界中のテロリストがイラクに集まり、米民間人が多数殺された状況で、米軍は意地でも撤兵できない。しかし、他国に撤兵の動きが出ており、米軍が駐留する正当性も薄れてくる。米国にとって最悪のシナリオだが、国民に人気のない傀儡政権をつくって撤退するしかないのではないか」と推測する。
■『旧政権』と何が違う?
スタンレー氏は「ブッシュ大統領はイラクの複雑な文化、宗教、民族性を理解していない。イラクの将来を国民自身の手で決めるシステムをつくらないと反発は収まらないが、伝統的な階級社会で民主主義が根づく土壌がない」と米国のジレンマを解説して続ける。
「イラク戦争の根本原因は世界第二の埋蔵量がある石油利権で、米国がそれをあきらめて撤兵するわけがない。米軍を置き続けるしか手がないが、駐留する限り混乱は収まらず、イラク国民から『フセイン政権とどこが違うのか』という批判が高まる。引くに引けずベトナム以上の深い泥沼に落ち込む可能性もある」
※デスクメモ。
「われわれは世界を変えている。その結果として、世界は良くなり、米国はより安全になる」。ブッシュ大統領はこう訴えた。AP通信によると、今月だけで880人ものイラク人が亡くなったという。戦闘に巻き込まれ、多くの子供たちも死亡した。世界が良くなるため必要な犠牲ということなのだろう。(透)