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(回答先: スウェーデンの女性政治家とは、リンド元外相でしょうか? →ぶち熟女さん 投稿者 はまち 日時 2004 年 3 月 12 日 23:43:31)
はまち様、
まあ、まあ、まあ、お久しぶりでございます。
お変わりございませんか。
そうです、リンドさんです。
彼女が反シオニスト的立場で活動していたことは、阿修羅の他の方のご投稿の中で読んだ憶えがあります。
マルタ騎士団の件は、渡航時期が重なっていたのが偶然、という事実だけです。
結構危ないことを書いているかも知れませんので、その辺は知らぬ振りをしておきましょう。
リンドさんの思想についての言及のある記事を拾いましたので、
添えておきます。
ではまた、ごきげんよう。
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http://www.mainichi.co.jp/eye/kishanome/200310/16.html
2003年10月16日
外相刺殺後のスウェーデン 「開かれた民主社会」証明
乾達(サイバー編集部)
◇強靱さを学びたい
スウェーデンのユーロ導入をめぐる国民投票で、賛成派の看板として活躍していたアンナ・リンド外相(46)が暴漢に刺され、死亡した。2年前の米同時多発テロと日付(9月11日)が重なったこともあり、世界的に「暴力による無秩序」が広がっているような不安を感じられたかもしれない。だが、留学生として滞在する私は、国民と事件のショックを共有する一方、追悼の様子や投票結果を通じ「開かれた民主社会」の強靱(きょうじん)さに感銘を受けた。
スウェーデンは、国民の合意の下に、福祉国家という大プロジェクトを実行してきた。私はその基盤となった政治制度を学ぼうと、1年間、取材現場を離れて大学に留学している。
外相は舌鋒(ぜっぽう)鋭かったが、演壇を離れると柔和な表情で親しみを抱かせる、輪郭のはっきりした政治家だった。社会民主党政権の「女王」と呼ばれ、初の女性首相になるとの期待も高かった。外に向かっては、イラク戦争やイスラエルのパレスチナ侵攻に、社会正義の観点から異議を唱える発言が目立った。パウエル米国務長官もテレビインタビューに「意見の食い違いも多かったが、それでもすぐに電話して率直に話し合えた」と思い出を語っていた。
悲報に接して、外国人である私も「開かれた民主社会」の弱点を見せられ、さらにその重要な担い手を失ったことに重い痛みを感じた。ところが翌日、ストックホルムでの追悼集会、事件現場、政府庁舎に足を運んでみて、意外に思った。無数の赤いバラとともに手向けられたカードには「心が空っぽになってしまったみたい」「あなたがいないと、とても寂しい」と、同級生を失ったような個人的な親しみばかりが記されていたからだ。日本人である私と彼らの間には、政治家という存在に対する位置関係の認識に大きな違いがあることに気づいた。多くの人が政治家は国民の中にいると感じていて、両者の距離感が近いことに驚いた。
外相はデパートで警護を付けず、買い物をしている最中に襲われた。政治家がプライベートで街を歩くのは、この国の日常風景だ。治安の良さを過信したように見えるかもしれないが、痛みを乗り越えて守ってきた信念に基づいた行動といった方がいい。17年前に、やはり警護なしで映画館から歩いて帰宅しようとしたパルメ首相(当時)が射殺される事件があった。その追悼式で党青年代表として弔辞を読んだのがリンド外相だった。「人は殺せてもその考えを殺すことはできない。私たちを通じて、あなたの考えた平和と国際的な連帯、開かれた自由なスウェーデンを前に進めることができる」と、暴力にひるまない決意を示した。
警護の例が示すように、政治家の側も国民の中にとどまろうとすることが自然になっている。授業の一環で国会を訪問した際、国民党・自由のアクセル・ダービク議員(20)は「任期が終わったら大学に戻って、仕事を持ちたい。選挙にもう1回出るかはそれから。政治家の生活に依存するのはよくない」と話した。外相も2児の母親であり、国民と同じ目線で私生活を過ごしていた。
事件がどう影響するのか注目された国民投票(9月14日)では、反対派が56%で、賛成派の42%を上回り勝利した。最大争点は、経済ではなく、民主主義の行方だった。公共テレビ局の出口調査に対し、判断の重要要素として、反対者は「民主主義(67%)」「自治(62%)」「利率の決定権(60%)」の順、賛成者は「EU(欧州連合)への影響力(57%)」「欧州の平和(56%)」「自国経済(53%)」の順で挙げた。つまり通貨統合により、政策決定権が国民の手を離れてしまうことへの懸念が、EUを通じた国際的な発言力強化への期待を上回った。
賛成派は、与党・社会民主党、野党のブルジョワ3政党が共闘し、さらに大企業や中立だったはずの最大労組のトップまでが支持を表明していた。通貨統合のインパクトによる不確実さをはらんだ問題を、通貨安定、経済成長、失業緩和に結びつける強引な宣伝に、国民が不信感を抱いたのも確かだ。ニュースサイト最大のアフトンブラーデット紙は「国民が政治権力に勝利した」とまでうたった。
事件の影響は賛成派への同情票ではなく、82・6%と、昨年の議会選挙を上回る高投票率に表れた。「開かれた民主社会」の危機に、国民が政治を手元に引き寄せ、また、その独走をたしなめた格好だ。国民と、その中にとどまり続ける政治家が、民主主義の理想を共有する。政治制度以上に、学ぶべきものがそこにあると感じた。
メールアドレス kishanome@mbx.mainichi.co.jp
(毎日新聞2003年10月16日東京朝刊から)