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イラクにおける屈辱感の高まり--余丁町散人さんのHome Pageから 「Le Monde」の記事の紹介です
http://www.asyura2.com/0401/bd33/msg/160.html
投稿者 どさんこ 日時 2004 年 1 月 10 日 19:16:50:yhLXMcSQdrkJ2
 

Le Monde / イラクにおける屈辱感の高まり (2004.1.3)


このルモンドの分析記事はいいことを言っている。アメリカのブッシュ陣営が一番過小評価しているのはイラク人とアラブの屈辱感であり、この屈辱感こそが人類の歴史において決定的な確執と戦争の原動力となってきたというもの。キッシンジャーはその点よくわかっていたが、ブッシュとチェイニー、それにウォルフォヴィッツは、そんなことお構いなしに物事をすすめているという。危ういなあ。


ANALYSE
Irak : surmonter l'humiliation
LE MONDE | 02.01.04 | 13h41
? ARTICLE PARU DANS L'EDITION DU 03.01.04

分析:イラクにおける屈辱感の高まり(2004.1.3)

イラク国民はいま屈辱感にさいなまれている。この屈辱感こそが国際関係においていま一番軽視されているものである。

現地に派遣している米軍軍曹ですら、この問題の所在を正確に認識しているが、その国の上層部は全く考えに入れていないようだ。ニューズウイーク12月29日号で引用されたフロリダ州兵のリチャード・シェヴィスの体験談がなまなましい。

彼は最初親しい友人達や家族にサダム・フセインの逮捕をみんなで大喜びしていると書いたが、次の手紙で彼は訂正を入れた。バグダッドでサダム・フセインの逮捕の映像が報道されてからすぐアルジャジーラがそれは贋物であるとの間違った報道をしたことを受けて民衆が熱狂的に喜ぶのを見たからである。別の手紙で彼は「フセインの逮捕はイラク国民にとっての最終的な敗北として苦々しく受け止められていたことがはっきり分かったのです。イラクの再建にはイラク国民が誇りを持てるような手段を講じるべきだとワシントンのエライさん達に分かって欲しいです」と書いた。このニューズウイーク誌の長い記事の結論は次のような引用で結んでいるが、的を射ている。すなわち「民主主義や法律による支配などというものはほとんどのイラク人にとってはピンと来ない概念でしかない。そんなもののためにイラク人は命をかけて戦ったりはしない。自尊心と尊厳が余程大きな戦いの動機となる。現時点において、イラク人達は陵辱されたと感じている。」と結論づけている。

「屈辱感」。この言葉こそチェイニー副大統領やラムズフェルド国防長官やウオルフォヴィッツ達が全く軽視している事柄だ。彼等は敵方と味方の死傷者の数だけを見て勝った勝ったと言っているに過ぎない。ケネディー、ジョンソン、ロストフの時代にオフィスの壁にベトナム側の死傷者の数と味方の死傷者の数を比較する「殺傷率」の表を掲げてオフィスに来る客に戦争はうまく行っていると安心させていたのと同じである。その後ベトナムでどうなったかを思い起こせばよい。

「屈辱感」というものは戦争と紛争の歴史を語る場合、決してその役割を重視しすぎることはない。非常に重要な役割を果たす。ニューヨークタイムズのトーマス・フリードマン記者は、米国とフランスはまさに戦争状態にあるのだからそれを直視すべきだとする驚くべき記事を書いたすぐ後で、2003年11月10日のヘラルド・トリビューンでは「国際情勢を取材してきて理解できたものがあるとすれば、国際関係において屈辱感というものは決して過小評価してはいけない力である」と書いた。

長年国際関係を専門にやって来た人間としてこれは同意できる。エジプトに行ったとき「あなたはもちろんイスラエルのキブツに行ったことがあると思いますが、エジプトより本当にいいやり方をやっていると思いますか?」と聞いてきたエジプト人を忘れることが出来ないし、パリのエジプト大使館の書記官が1973年10月戦争の二年後、和平交渉の時に、カイロ側が「小さな勝利」を手にすることが出来るなら交渉はやりやすくなると言ったことも忘れることが出来ない。ヘンリー・キッシンジャーは、さすがに歴史と人間の心理を熟知していただけあって、直ちにこれを理解して、そのように調停を成功させた。

屈辱感が大きな原動力となるというのはアラブ世界に限ったことではない。紀元前1世紀にローマの歴史家サルステは屈辱感は「支配的な熱情」と書いた。革命とか一揆は人間による人間の搾取に対する屈辱感から発生するものであった。スターリン時代の知識人達もそれを原動力に立ち上がったし、また1776年のアメリカ独立戦争や1789年のフランス革命もその力をバネに起こったものである。植民地主義からの独立やロシアや中国の共産主義革命もそうであったし、ナチズムもそうだったし、二回に渡った世界戦争もそうであった。これらの地域ではいまはなんとか落ち着いてはいるが、アラブの世界においては、自分の自尊心をはぐくむ自愛を得ようとすると、中世はサラディンの時代に遡らねばならないのである。

植民地化、特にフランス植民地化はアラブ国民を二流の(もしくは「保護下」の)国民に貶めてしまった。ヨーロッパの戦争にはかり出されるけれど、投票によって自分の意志を反映させることは出来なかった。イギリスが出てきたが、イギリスはトルコとの戦争(1914年)で同じことをやった。「アラブの大義のために」アラブ人はトルコと戦ったが、その結果自分の知らないところでパレスティナの土地がユダヤ人のものとされてしまった。


ショックの一撃

右手は左手がやったことを覚えているものだ。これらの事件のおかげで、アラブ世界は西欧世界に対して強い不信感を抱くようになった。それがナセルの凡アラブ運動に繋がり、カダフィとサダム・フセインにつながっている。カダフィはフランスの犠牲の上にアメリカとまたうまくやるつもりらしいが、フセインの方はお役ご免になった。そういうことで、アラブ人達はブッシュが言うイラクが中東の民主化の起点となるというような夢は信じてはいないのである。

「イラクの大統領がアメリカ軍の屈辱的な身体検査を受けている映像は、何百万人のアラブ人にとって衝撃的であった」とロンドンのアラブ系新聞は書いた。ロスアンジェレスタイムズでは、クリントン政権下の閣僚でいまはエール大学教授になっている人が「穴から引っ張り出されたフセインの映像を毎日毎日テレビで見せられることは大多数のイラク人にとっては非常に屈辱的なことであり、イラクの屈辱感は高まっている」と述べている。

最後にパレスティナ人のことにも触れたい。イスラエルという傲慢でパレスティナの窮状に無関心な隣人に対抗することも出来ず、彼等が極度の不安とアメリカの政策に対する敵意を感じていることを考えれば、今年一年は、またむごたらしい事件が引き続き起こると考えるべきだろう。何にも増して、いまい一番重要なことは、イラク人達に、またパレスティナ人達に、彼等はちゃんとした大人として扱われており、自分たちの将来は自分たちで決められるのだという感情を抱かすことである。幸いにして、ニューズウイーク誌を読む限りでは、ものの分かったアメリカ人も少なくないようである。101空挺師団のデイビッド・ペトロース師団長や、大地海兵隊師団のジェームズ・マッチン師団長等々である。

Letter from Yochomachi :: Le Monde Clippings
http://homepage.mac.com/naoyuki_hashimoto/iblog/C394170269/E1179798369/index.html

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