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養老猛 評 【毎日新聞 2月1日 書評欄】 より
アルフレッド・W・クロスビー「史上最悪のインフルエンザ」(みすず書房・3800円)
1918年(大正7年)に大流行したインフルエンザ、いわゆる「スペイン風邪」のことなら、年配の人は耳にしたことがあるのではないかと思う。世界的な大流行となり、わが国でも約40万人が死亡した。全世界の死亡者数は、インドのように事情がはっきりしない地域があって、正確にはわからない。しかし総数2千万人を越すといわれ、著者は5千万人に達したのではないかと疑う。本書は米国を中心として、この疫病の歴史を描く。
ただし、ふつうの歴史書ではない。同じ著書に『ヨーロッパ帝国主義の謎』(岩波書店)
がある。これには「エコロジーから見た10〜20世紀』という副題がついている。そこからも察せられるように、著者は歴史を自然とのかかわりから見る傾向が強い。いうなれば、生態学的歴史観といっていいであろう。
理科系の人が歴史書を書けば、おそらくこうなる。気候や疫病や水、動植物とのかかわり、そうしたことが中心におかれるはずだからである。政治や経済はむしろその時々の雑音に過ぎない。評者自身も、歴史をそういう目で見る事が多い。その意味で実に興味深く感じられる書物である。
このインフルエンザの大流行はほぼ一年で終息した。きわめて短期間であったにもかかわらず、多大の犠牲者をだした。その意味では人類史上、特異な事件であったといえよう。これほどの悪性のインフルエンザは、なぜかその後生じていない。
翌年一月から、ベルサイユ条約を取り決めたパリ講和条約が開催されている。ここに出席した仏首相クレマンソー、英首相ロイド・ジョージ、さらにはウィルソン米大統領も会議期間中インフルエンザにかかった。特にウイルソンの場合には、、会議中に態度が変わり、本来の理想主義を曲げ妥協して帰国してしまう。病後の無気力状態のためではなかったかという疑いがある。著者はそう書く。
そういうことがいくらあっても歴史の大筋は変わらない。そういう見解もあろう。しかも、ウイルソンの病には他説があって、諸家の意見が一致しているわけではない。しかし彼の政治上の「失敗」が病気のせいではなかったかということは、多くの医師の一致するところである。「歴史に<もし>はない」というが、インフルエンザがなかったとすれば、ヒトラーはなかったかもしれないのである。
そうした考察は無論本筋ではない。最近でもSARS、鳥インフルエンザのような感染症の発生が報じられ、予防が論じられる。本書では検疫やマスクの使用といった、最近でもよく目にした状況が、歴史上の事実として描かれている。そこで市民に生じた問題は、現代でもほとんどまったく同じといえるであろう。つまりこうした問題に対応するときに、人間は変わらず、社会も変わらない。そこがしみじみとわかる。・・・・・・・・・・・・
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以下は、本日は省略します。申し訳ありません。翌日、残りの後半の部分を打ち込みます。