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PART2 小沢一郎VS猪瀬直樹(最終回)
「若者よ、海外へ跳べ」
http://www.weeklypost.com/jp/040116jp/index/index1.html
(1) 性犯罪の多発と「フリーター」
――思わず目を背けたくなる事件が頻繁に起こり、社会不安は増大しています。日本人の精神の荒廃について、論じていただきたい。
猪瀬 本来、市場社会では民間企業でも、売り上げがいいとか、大きな仕事をまとめたりすれば抜擢があってしかるべきです。なのに、今の日本では年次がどうだとか、「何歳で課長」などとやっている。ある意味では、その秩序が論争のコストを少なくしていったんです。つまり、序列が固定化しているから本筋のことを話し合わなくなった。例えば、フランス人だったら徹夜の論争になるところを、あえて本筋の話を避けることで日本は非常に効率がいい社会になった。かわりにどんどん抜擢はなくなっていって、高度成長とともに完全に“順番”が固定化した。偏差値社会の完成です。昭和の軍隊だって全部順番。敵を何人やっつけたとかじゃない。敗戦でガラガラポンになったのに、戦後の安定期に復活した。
そういった予定調和の社会がここにきて、崩れ始めた。あらゆる業界が二極化しながら競争社会に向かいつつある。陰惨な事件の数々には、社会が再編成される端境期だという時代背景が非常に強く影響していると思います。
小沢 そう思います。心の荒廃は一番大事な問題だと思うけれども、本当に行き詰まった状況にならないと、国民は真剣に考えないんだね。フリーターといったって、みんな何とか食っているわけだから。極端にいえば、食えなくなるまでしようがないのか、という話になってしまう。この状況は、そう簡単に直らないと僕は思う。
猪瀬 僕はちょっと思ったことがあるんです。誤解されるかもしれませんが、1年間、青年海外協力隊に一定の年齢に達した若者を全員入れちゃうんです。フィリピンやカンボジアに行って井戸を掘ったり学校を建設したりしながら、その国の人たちの貧しさがどういうものなのかということを学ぶ。平和目的の派遣であって戦争するわけじゃない。どうですか。
小沢 最高にいい。けれども、今はそれができるような状況にないでしょう。それができるんだったら、大概の問題は片付いちゃう。年とった人の中には、若者を一度軍隊に入れたらどうだという人もいますが、そういうことはなかなかいい出せない。いった途端に選挙で落ちちゃうから。若者を鍛え直すという問題は、社会全体のことを考えれば、誰かがいわなければならないことだけどね。
猪瀬 自衛隊の海外派遣というといろいろな問題が出てくるけど、青年海外協力隊であれば本当に水道をつくったり、医療支援をしたり、畑を耕したりするんだからいいわけでしょう。ODA(政府開発援助)で金を渡すより、肉体で貢献したほうが発展途上国の人たちの印象だってよほどいいと僕は思います。
(2) 日本に残された時間は少ない
小沢 猪瀬さんがいうのは、みんな強制的にそうさせろということでしょう。でも、強制というとすぐ反発が出ますよ。今の日本ではなかなかできないと思います。
猪瀬 大学入学資格要件にすればいい。大学に行きたいやつは海を渡って来いと。
――そういう強制力というのは悪ですかね。
小沢 善というものは、みんなやれるとは限らない。僕もかなり正しいことをいってると思うけど、依然として少数派なんだ(笑い)。これは、悪か善かの問題じゃないんです。現実にそれをやり切れるだけの政治は、今の日本では不可能だということです。当たり前だけど、政治家はすべて選挙を経るわけだから。
猪瀬 「小沢自由党」はそういうことを過激にいいながら、政権と勝負していくのが一番いいんじゃないですか。
小沢 それはとてもくたびれる。日本を変えるのに、時間がかかりすぎるんです。
――自由党は青年海外協力隊に対して非常に高い評価を与えていましたね。
小沢 そうです。でも、自由党が単独多数派になるには時間がかかる。逆に、自由党が多数派になる時には、日本はすでに大変な状況になっている。そこまで深刻にならないと、国民は自由党に多数を与えない。でも、それでは手遅れなんです。
猪瀬 僕は、多数は一気に滅びると思うんです。正論をきちんといっているところが最後に来る。
――青年海外協力隊。強制とまではいかなくても、そういう舞台をつくって送り出すことはできませんか。
猪瀬 日本人にとって、安全保障の問題は相変わらずアレルギーがある。しかし、僕が提起したアイデアなら、こうでなくちゃいけないというアレルギーは生じない。
小沢 だけど、事実上強制して外へ行けという話だからね。企業など「その後」を受け入れる側の問題もある。
――ただし、問題提起としては、非常に価値があるんじゃないですか。
小沢 それはその通り。僕は大賛成ですよ。だけど、何度もいうけど、そういう考え方は少数派なんです。
猪瀬 国民をいい意味で鍛え直さない限りは、小沢さんがいっている普通の国家はできません。
小沢 そうです。
猪瀬 義務教育だって「義務」なんですね。日本人は強制という言葉を嫌う。でも、何かきっかけは求めているわけです。昔はそう意識させる地域社会などがあったわけですが、今やそれも希薄になっている。新しいきっかけを探すには、下手なセラピストに相談するより、青年海外協力隊に参加するほうがよほどいい。異文化体験して、自分できっかけを探すわけだから。旅に出ると勉強になるというのと同じです。
実際、イギリス人の数人に1人は、大学入学資格を得たらまず世界をめぐる旅に出るんです。習慣としてある。ドイツの大工さんも3年くらいかけて各地を歩きながら、あちこちの建築手法を学ぶんです。日本人の、1週間遊んでブランドものを買って帰って来るというのは旅じゃない。単なる買い物です。とにかく自分の足でいろいろ歩き回る。そういう経験は必要だと思います。
(3) 失われた「正義の価値観」
――日本国憲法をどう捉えているかについてお話を伺いたい。戦後一時期、参院議員をやった文豪の山本有三は「なぜ議員になったのか」と問われた時、「日本語の憲法をつくるためだ」と答えたという。憲法問題は、国民がなかなか自分の意見をいわない最大のテーマの一つです。
猪瀬 日本って憲法論議をやると、自民党と社会党のイデオロギー論争になっちゃう。
日本人は戦争をあれだけやったことが後遺症になって、思考停止状態に陥ってしまったんだね。今はそれがちょっと違ってきていると思うけれども、歴史を知らない人間が物差しもないのにいろいろいい始めるのは怖い気がする。
小沢 僕は、もっともっと気軽に考えている。憲法というのは、僕にいわせると、国民がよりよい幸せな生活を送るためにつくった自分たちのルールでしょう。その立場から見れば、時代が変わり、社会の状況が変わって、直したほうがいいところが出てきたら、何もしかめっ面して議論する必要はない。直せばいいだけのことです。直さなくていい部分は残せばいい。問題はその中身ですよ。だから、ここは変えるべきだ、変えるならこうすべきだ、という議論ならわかる。だけど、憲法は変えちゃだめだとか、いや何が何でも変えるんだという類いの議論は、僕には全然理解できない。
猪瀬 憲法の前文に正義という言葉があるでしょう。正義という言葉を今、日本人は持っていない。正義という価値観がないんです。正義は利己と利他がはっきりして、責任が明確になってこそ生まれてくるものです。つまり真の国民国家にならない限り、使いにくい言葉なんです。僕は正義が生まれてこない限り、憲法をいじってもしかたないと思う。いじってもただいじるだけになってしまう。
――いじり壊すという言い方もあるが、元も子もなくなってはどうしようもない。
猪瀬 日本にも正義がある時はありました。明治時代に岡倉天心がアジアは一つ、と訴えて、有色人種を認めていないヨーロッパ帝国主義と向き合う日本人が生まれていく。日本人は、自分たちの近代の実現のためにアジア解放を掲げてヨーロッパ近代と戦った。この時には日本にも正義があった。しかし、その正義が大東亜戦争で変なふうに利用され、間違って消費されたことで日本人は正義という言葉を避けるようになってしまったんです。
小沢 ただ、日本は正義とか邪悪とかことさらいわなくても、平和に豊かに暮らしてきましたからね。コンセンサス社会で、「和をもって尊しとなす」で、みんな食ってきた。外敵との争いなんて全くなしに、つまり正義なんて考える前にものすごく豊かな国になった。それこそ自立した国家の枠組みの中で、みんなできちんと議論を重ねてきたならば、それなりに成果もあるはずなんだけど、何とはなしにここまで来たからね。
猪瀬 自民党も民主党も、僕は張り子の虎だと思っています。一方で小沢さんには、一種のロケットの噴射力みたいなものがある。小沢さんがぬるぬるした政党の中に浸かっちゃうとイライラするだけで、結局、仕掛けが失敗したりとか、そうなるんじゃないですか。
小沢 僕は、ほうっておいたって自民党政権は潰れると思っている。だけど、自民党政権の自滅を待っていたら、日本は大変なことになる。日本人が本当に考える時間をつくるためにも、古い権力は早く壊したほうがいい。
日本が沈んでいくのを黙って見ていて、めちゃくちゃになってから、自由党で政権を取るというのも、一つの戦略としてはあり得た。しかし、その時まで待った場合に支払う国民と国家のコストは、大きなものになり過ぎる。だから、早目に政権をかえたほうがいい。民主党での僕の使命は、ただその一事です。そのためには僕は、それこそ何でもしますよ。