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「選択」2003年11月号
【注目記事】 米自動車産業の終焉
http://www.sentaku.co.jp/keisai/zenbun.htm
――二〇一〇年にはトヨタがGMを抜く――
世界初の量産車「T型フォード」の誕生と、一九〇三年のフォード・モーター創業が、二十世紀を「自動車の世紀」にしたとすれば、それからちょうど百年目の今年は自動車産業にとって「第二の世紀」の幕開けだろう。それを象徴する「事件」が起きた。
トヨタ自動車が単月ながら、ついに米国の新車販売台数で「ビッグ3」の一角に食い込んだのだ。八月にクライスラー(現在はダイムラークライスラーの北米事業会社)を抜き、ゼネラル・モーターズ(GM)、フォードに次ぐ三位の座を奪い取った。トヨタが米国で自動車販売を始めて四十六年、「外国車として初のビッグ3入り」という快挙をなし遂げたのだ。
裏返しに言えば、デトロイトの「モータウン」(自動車都市)に君臨して世界を牽引、一九七〇年代まで米国市場のほぼ一〇〇%を握っていたビッグ3が昔日の面影を失い、今年を境にトヨタ、ホンダ、日産自動車という日本勢「新御三家」に取って代わられようとしているということだ。
が、トヨタの奥田碩会長はつとめて平静を装う。九月十日、ワシントンの全米商工会議所で講演したが、「偶然にすぎない。ダイムラー分を加えれば四位のまま」と謙虚な姿勢をみせた。張富士夫社長も同月二十七日の新型カムリ発表会で「たとえ一カ月や二カ月台数が上になっても、それでビッグ3になれるとは思わない」とむしろ迷惑そうに答えている。
PU本格参入でフォードも射程
米国は来年に大統領選挙を控えている。貿易摩擦や為替問題を再燃させまいと、刺激的な言葉を慎重に避けたと受け止められている。しかしトヨタは通年でも明らかにクライスラーのすぐ背後に迫っている。
昨年一〜九月の累計販売台数の差は三十八万台もあったが、今年同期はすでに差が二十万台余りに縮まったのだ。しかもトヨタのピッチがあがる一方なのに、クライスラーはアップアップ。来年にも通年でトヨタが名実とも三位の地位を固めそうだ。
トヨタが射程にとらえたのはクライスラーだけではない。フォードもとらえつつある。乗用車だけみれば、実は七月から三カ月連続でトヨタがフォードの販売台数を上回っている。ピックアップトラック(PU)を加えた合計ではまだ百万台の差をつけられているが、トヨタはPU分野にも本格参入することを決めているため、こちらも長期的にはいずれ逆転しそうだ。
おやおや、である。九〇年代に米自動車産業は「みごと復活」を遂げたのではなかったか。八〇年代には燃費効率のいい日本車への対応が遅れて崖っぷちに立ったが、トヨタのカンバン方式を懸命に学び、日米自動車協議で輸入車の洪水を封じて、往年の活況を取り戻したはずだ。なぜ、またここで日米の攻守が逆転、「デトロイトの凋落」が始まったのか。
九〇年代にビッグ3が息を吹き返したカギは、利の厚いPUにあった。PUは「アメリカの心髄」と呼ばれ、テキサスなどの南部では圧倒的な支持を受けており、多目的スポーツ車(SUV)感覚で乗り回されている。「マッチョ」な男性ドライバーがほとんどで、エンジン排気量もフルサイズ(大型)PUは五千t前後とばかでかい。いかにもアメリカらしいこの大型PU、九〇年には百万台市場だったが、今や二百三十万台近くに膨らんでいる。
日本車や欧州車に押されて乗用車部門が弱体化したビッグ3は、米国サイズと関税に守られたこのPUに、販売も収益もすっかり頼りきりなのだ。事実、昨年の新車販売台数でも過半はPUで、GMは五割強、フォードは六割強、クライスラーにいたっては八割近くをPUに依存している。
海外勢が手を出さないだけでなく、減価償却がとっくの昔に終わったプラットホーム(車の基盤)に車体を載せるので、つくればつくるほどもうかる仕組みだ。粗利益は乗用車の比ではない。乗用車でも一台当たりの利益が最も高い大型セダンが約九百ドルにとどまるのに対し、大型PUは約三千二百ドルと三・五倍もある。大型PUをベースにしたSUVにいたっては一台約七千五百ドルもの利益が転がり込む。
周辺市場も潤っている。ウォルマートなどの自動車アクセサリーコーナーを見れば、三分の二はPU改造用アクセサリーで、消費者は一台平均五千ドルもかけるという。手間暇かけても儲からない乗用車に力を入れるより、PUに傾斜したくなるのもうなずける。
だが、このPUの牙城が崩れつつある。ビッグ3のドル箱市場で摩擦を起こさないよう遠慮してきた日本勢が、現地生産の拡大と定着、現地部品調達率の上昇で摩擦を起こさない自信を深め、「米国の消費者のため」とPUの本格生産に踏み切るからだ。
販売促進の「麻薬」漬けで薄利
トヨタは九三年に米国でPUを売り始めたが、摩擦を懸念してエンジン排気量三千四百tとあえて乗用車に近い中途半端なサイズにとどめた。ジャパン・バッシング(日本たたき)のさなか、火に油を注ぐようなことはすまいと判断したからだ。関税問題もあった。米国は他国に門戸開放の圧力をかける一方、輸入PUには二五%の高関税を課している。円高も進んでいたため、当時の日本勢はトラック系車種の対米輸出を躊躇したのだ。
九五年にトヨタなど日本メーカーは、米国での現地生産増と部品調達率の引き上げを約束する「新国際ビジネスプラン」を発表、将来の対米投資の言質を取られたとホゾを噬んだが、結果オーライだった。この現地投資拡大が、対米輸出にタガをはめられた日本車が巻き返す踏み台になったからだ。
トヨタは九六年時点では北米の生産台数が七十七万台、北米第三工場は「検討段階」だった。それが二〇〇三年の現在は、百四十八万と二倍に増えた。増え続ける注文をこなすため、二〇〇六年には八億ドル (約八百八十億円)を投じてテキサス州に北米六番目の新工場を建設し、百六十六万台の生産能力まで引き上げる計画だ。このテキサス工場がPU専用工場なのだ。九五年当時は六割前後にとどまっていた米国トヨタの現地部品調達率は、テキサス稼働時点で九割に達するという。
トヨタに先んじて米国PU市場挑戦を公にしたのが日産だ。今年一月、デトロイトの北米国際自動車ショーで、カルロス・ゴーン社長が「今年は米国市場で攻勢に出る」と宣言、大型PUの米国生産・販売をぶちあげた。
トヨタの役員も「日産が宣言してくれたおかげで、うちも参入しやすくなった」と打ち明ける。トヨタは大型PUの年間販売台数を十万台から十三万台に、日産は新規参入で年間十万台の販売を目指す。これは極めて手堅い目標だから、来年にも日本車二社は一〇%超のシェアをとるだろう。
迎え撃つビッグ3は「PUの顧客はブランド忠誠心が高い。そうたやすく日本車に乗り換えるとは思わない」と一蹴するが、内心は穏やかではない。乗用車ではこの二十年間で日本車がシェアを逆転したのだから、脅威に感じないはずがない。だいたい、PUに乗る消費者も自宅のガレージにはセカンドカーとして日本車が鎮座する例が多い。「大型PUにはこれまで日本車がなく、選択肢がなかったからビッグ3製に乗っているだけ。高性能な日本車が続々と出てくれば、顧客は乗り換える」と米ディーラーも太鼓判を押す。
ビッグ3衰弱の第二の原因は、無理な販売促進の「麻薬」漬けにある。米国の新車市場自体は九九年以降、千七百万台前後という高原状態が続き、景気減速下でも需要喚起に成功してきたかに見える。九月十一日テロが起きた二〇〇一年、GMが業界を驚かす「ゼロ金利販売キャンペーン」を導入、フォード、クライスラーも追随したことが大きい。前年の過去最高には及ばなかったものの、この年は過去二番目となる千七百十二万台の販売台数を記録した。これと並んで「インセンティブ」というディーラー向けの値引き用奨励金もばら撒き、需要を支え続けた。
だが、この救急用カンフル剤がやめられなくなる。需要が回復すれば通常金利に戻す短期的な措置だったはずだが、ゼロ金利は二年たった今でもやめられない。インセンティブもちょっと下げるだけで敏感な消費者はたちまち反応、新車需要はがくんと落ち込む。かくてビッグ3は、売れば売るほど利益がなくなる蟻地獄に陥った。インセンティブはビッグ3だけで一台平均約四千ドルも出しており、日常的に新車叩き売り状態が続いている。安売りで他社を駆逐したが、業績を悪化させた日本マクドナルドの失敗と似ている。
ビッグ3凋落の第三の理由は、重くなる一方の従業員・退職者向けの年金・医療費負担である。GMは六月、米企業として過去最大となる百七十六億ドル(約二兆円)の社債発行を発表。調達資金の使途は「年金の積み立て不足の穴埋め」と前代未聞である。全米自動車労組(UAW)に押し切られ、これまで従業員に甘い契約を結んだツケを払わされているのだ。
労組の重い足かせで単価も高
昨年末のビッグ3の年金積み立て不足は三百六十億ドル。こうした社会保障の企業負担は、当然ながら自動車単価に反映する。組合がなく負担が事実上皆無にひとしい日本車メーカーとビッグ3の車の単価は、二千六百ドルもの差があるのだ。苔むした巨躯をもてあます恐竜と、軽快な捕食獣の差といったらいいだろうか。
ビッグ3の競争力低下は労組にも責任がある。フォードの世界最初の大量生産拠点であるミシガン州ディアボーンのルージュ工場を舞台に起きた労使争議から一九三五年に生まれたUAWは、常にビッグ3と対立してきた。労使協定の交渉時には必ず激しいストライキがついてまわる。
スティーブン・ヨーキチ前委員長(第三十二代)がビッグ3と締結した労使協定(九九〜二〇〇三年)は、UAWの同意なしに工場を閉鎖できないことになっていた。組合員削減は復職を前提とし、復職までの期間は九五%の賃金を保証するという条項まであり、経営側は手足を縛られた状態だった。
今年はビッグ3とも工場閉鎖などリストラ必至の状況に追い詰められ、この協定をどう見直すかが焦点だった。三十三代目のロン・ゲッテルフィンガー委員長はメーカー敵視戦略をかなぐり捨て、過去にない
協調路線を選択した。二〇〇七年までの協定では工場閉鎖を認め、初年度の賃上げ凍結も、年金・医療費負担でも譲歩したのだ。
交渉自体もストなしで戦後初の二カ月決着という超短期。「交渉前からどう米国の自動車産業を立て直すかを常に念頭に置いていた」とゲッテルフィンガー氏は決着後の会見で述べた。
ビッグ3もUAWも「金の卵」を失っては元も子もないと喧嘩を一時中断し、沈みかけた泥船の上で必死に櫓を漕ぎ始めたのだろう。全盛時の一九八〇年に百五十万人の組合員数を誇ったUAWも、現在は七十万人を割っている。ウォール街のアナリストは「雇用削減のあおりで二〇〇七年までに五万人は減る」とみる。UAW側も大幅譲歩の代わりに、部品メーカーの経営陣から「従業員がUAWに参加するかどうかは(会社側は干渉せず)中立的な立場を取る」との言質を引き出したが、組織化率が上がる展望を持てない。
決算をみれば、ビッグ3の衰弱は一目瞭然だ。GMの七〜九月期決算は、自動車事業で純利益が前年同期の十分の一以下となる三千四百万ドルしか出ていない。フォードにいたっては自動車事業が六億ドルの赤字だ。両社ともノンバンクの金融部門での稼ぎがなければ、倒産してもおかしくなかった。世界に冠たる米自動車産業が、実は金融収益頼みというのが実情なのだ。
もちろん、ビッグ3も手をこまぬいているわけではない。最新の民間リポートでは、ビッグ3の生産性 (車一台の組み立て時間)が昨年に比べ六%向上し、上位の日本メーカーとの差を確実に縮めている。一部工場ではトヨタやホンダを上回ったという。
ビッグ3は、カンバン方式にならった「リーン(スリムな)生産方式」から、今や「アジャイル(敏捷な)生産方式」、もしくは一ラインで乗用車とSUVなど複数の異なるモデルを同時に生産する「混流生産方式」への完全移行を競い合っている。
それでも品質ばかりはまだ追いつけない。トヨタの高級車「レクサス」は「トヨタ=高品質」のイメージを米国人に埋めこんでいる。それを証明したのがニューヨーク証券取引所(NYSE)の暫定理事長、ジョン・リード氏(前シティグループ共同会長)だ。「NYSEから自己規制機能を外したら、NYSEではなくなる」と発言した際に「トヨタから品質管理をなくしたら、トヨタと呼べないのと同じ」という譬えを口にしたほどだ。
「日本語名の車」が示す自信
とにかく日本車三社やBMWなど欧州車メーカーは続々と新工場を建設し、UAWに属さない従業員を雇用している。ビッグ3が雇用を削り、失業率悪化に拍車をかけているのに対し、日本勢は雇用を増やしているのだ。トヨタ、ホンダ、日産の三社は現在、六万八千人を雇用しているが、二〇〇五年には三社で十工場が完成し七万二千人に増える見込みだ。部品メーカーも加えれば十万人の雇用を生み出す。
販売台数と収益を更新し続ける「新御三家」に、「旧御三家」の地元デトロイトは面白くない。ビッグ3がつくりだした高原状態の市場から利益を享受しているのは主に日本勢だからだ。
十月二十五日、千葉の幕張メッセで東京モーターショーが始まった。今年の流行は、何と言っても日本車メーカーがコンセプトカーに日本語名をつけ始めたこと。「FUGA(風雅)」(日産)、「KIWAMI (極)」(ホンダ)、「IBUKI(息吹)」「WASHU(鷲羽」(マツダ)――。二十一世紀は「日本車の世紀」と言わんばかりの自信が無意識になせるわざだろうか。
「二〇一〇年一月一日。トヨタはGMの販売台数を追い抜き、世界一になったと発表した」@@。
女性の自動車ジャーナリスト、ミシェリン・メイナードの近著「デトロイトの終焉」最終章にはそんな未来図が書かれている。英エコノミスト誌も「彼女は正しい。トヨタが勝ち、デトロイトに残された選択肢は縮むか沈むかだ」と突き放した見方をした。
自動車産業の興亡は十年に一度の節目だ。「米鉄鋼産業の滅亡劇の再演」との予測すら聞こえるデトロイトは「二度目の冬」から再び蘇ることができるだろうか。