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「僕らの森林は壊された」パプアニューギニアから来た男
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先祖伝来の衣装を披露したアリエ・ウビエさん=東京・新宿で
日本の人たちにどうしても知ってほしいことがあって、パプアニューギニアから1人の男がやってきた。アリエ・ウビエさん。誕生日は分からない。自分では25歳ぐらいだと思っている。
●豊かだった村
東京都内の大学で先日、ウビエさんは話をした。「今は腰巻きの下にパンツをはいているけど、昔は何もつけていなかったんだ」。そう言いながら、伝統的な衣装で故郷の踊りも披露した。
ニューギニア本島の先住民族の一人。今でこそ村に車も来るが、小さな飛行機がたまに飛ぶだけの飛行場まででも、歩いて3日かかる。
「どんな気持ちで日本へ来たかって? この20年、僕らの熱帯林はどんどん伐採され、破壊された。その材木の多くが、日本で使われている。そのことを伝えに来た」
彼が生まれたころ、100人ほどが暮らす小さな村は「豊かな森」に囲まれていた。食事は1日に1回か2回だけれど、ヤシの実やタロイモ、マンゴーにバナナもあった。川魚も弓矢で簡単に射ることができた。
4歳のころ、村長をしていた祖父のもとを、マレーシア系の伐採企業の代理人と、政府の役人が訪れた。日本円で千円足らずの現金を渡し、ある書類に署名するよう迫った。森の伐採権を政府が企業に売り渡したことへの同意書だった。
だが、村には当時、英語のできる者はいなかった。村人たちに書面の意味がわかったのは数カ月後。大きな船が川を上ってきて村内に着岸するや、ブルドーザーや重機が次々と上陸してきた。伐採が始まった。
●消えた鳥や魚
森から極楽鳥やノブタがいなくなった。重機の油で汚された川からは魚が消えた。川岸の木も切られ、あちこちで土壌流出が起きた。違法な伐採が横行しても、広大なパプアの森を取り締まる森林官は不足し、わいろをもらっている人もいた。
あわてた村人たちは、自然保護団体などの助けを借り、伐採反対の運動を始めた。
企業側の情報を集めるため、ウビエさんは伐採労働者となった。チェーンソーを使い、朝5時半から働いた。だが、伐採反対派の弁護士と一緒にいるところを会社側に見つかり、2年半で解雇された。
●初めて国外へ
今回来日したのは、環境保護団体グリーンピースに招かれたからだ。
日本へ来るため、生まれて初めて旅券を取った。誕生日は「79年6月1日」と決めた。
初めての外国となった日本は「ハイランド(パプアニューギニア高地)のように寒いところ」だった。
「街はきれいだし、何でもある。でも僕にはとても暮らせないな。だって皆、ものすごい速さで歩いていて、何をするにもおカネが必要だから」
日本の食堂では、割りばしが出た。「これは熱帯材ではなく、日本の間伐材でできている。心配しなくていい」。そう説明されたけれど、1回きりで捨ててしまうなんて釈然としない。
長年、日本はパプアの森で伐採される丸太材の最大の輸入国だった。
2週間の滞在で、日本の市民に自分の思いがどれだけ伝わったかは、よく分からない。「でも先祖伝来のこの衣装を見せられただけでもよかった。とても誇りに思う」 (12/10 17:50)
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彼および彼の村の人に、ものすごくすまなく思います。
ネオコンが、とか米、ユxxがとかもありますが、
自分の国を律することが出来ずに、なにを況やとも思います。
他人事ではない
今日は酔っているのかも。。。