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五十嵐仁の転成仁語
12月3日(水)
今日、講談社から編集者の方が研究所に見えられました。先日メールで打診された件での来所です。
講談社選書メチエから新著を出すように依頼されました。まことに光栄で、ありがたいお話です。
私としてはすぐにでも飛びつきたいところですが、残念ながら、これから書くと約束している本が3冊もあります。現在、そのうちの1冊を執筆していて、アップアップしている最中です。
本当は、こんなことを書いている場合じゃないんですよ。実際……。
年末休みの前までに書き上げて原稿を渡さなければ、新年を迎えられないという状況です。先日も、出版予定の八朔社の担当者から催促のメールをいただきました。
したがって、即答できる状況ではありません。お話をうかがうということでおいで願ったのですが、それほど急がなくても良いような口振りです。
戦後政治史についての本にしたいと仰います。「歴史は逃げませんからね」とか何とか言っているうちに、いつの間にか書くことになってしまいました。
再来年末までに原稿を渡すという約束です。これで、年末に原稿書きに追われる生活が、3年連続で続くことになりそうです。ヤレヤレ……。
ところで、イラクで発生した日本人外交官2人の殺害事件ですが、謎は深まるばかりです。一番の謎は、なぜ米軍は嘘をついたのかということです。
当初の米軍の発表は、外交官2人を乗せた車が食料と水を入手するために停車したところ、待ち伏せ攻撃にあって死亡したというものでした。しかし実際には車は停車していず、目撃証言から、「並走していた四輪駆動車など、3、4台の車に分乗した武装グループに襲撃され」、「追い抜きざまに左側の追い越し車線から自動小銃を乱射したとみられ」るといいます。
「参事官らの車両は被弾後、急に減速して蛇行を開始。最終的に幹線道路右側に外れ、牧草地に約60メートル突っ込んだところで停止した」そうです(以上、引用は『東京新聞』本日付夕刊、以下同様)。これが事実だとすると、米軍の説明は真っ赤な嘘だということになります。
目撃者によると、「11月29日正午から午後1時ごろの間、銃声が聞こえた」そうです。しかし、米軍は事件発生後4時間以上経過した午後5時になってから日本側に事件を伝達し、しかも事件発生の時刻を午後3時だと、2時間以上も遅い時間を伝えたといいます。
どうして、事件発生の時間について嘘をついたのでしょうか。なぜ事件の発生から伝達まで、こんなに時間がかかったのでしょうか。
事件の発生直後から、捜査は地元の警察ではなく米軍によって行われています。2人の遺体を搬送したのも、警察ではなく米軍です。
つまり、この事件は当初から警察ではなく米軍が担当すべきものと見なされていたということになります。警察が捜査する前に、なぜ米軍が出張ってきたのでしょうか。
当初、日本の外務省はテロ事件かどうかは不明だといっていました。ところが、すでにその時点において、まだゲリラによるテロ事件だと断定されたわけでもないのに、なぜか警察は手出しできなくなっていたのです。
米軍は、事件発生の直後から、これがテロ事件であるということを知っていたのでしょうか。もしそうなら、それはなぜなのでしょうか。
米軍によって搬送されるとき、外交官2人は普通の服装を身につけていました。しかし、その後、アメリカのテレビなどで流された遺体の写真は、下着姿だったそうです。
なぜ2人の洋服が脱がされたのでしょうか。そのような撮影が、なぜ許可され、どのような理由で放送されることになったのでしょうか。
このような行為は犠牲になったお2人への冒涜であり、とうてい許されるものではありません。日本政府は厳重に抗議し、この間の事情を明らかにさせるべきでしょう。
このように、今回の事件には謎がありすぎます。誰が、何のために、2人の日本人外交官を狙ったのか。日本政府は責任をもって真相を究明しなければなりません。
とりわけ、この事件への米軍の関与には数々の疑惑があり、嘘や不可解な行動も目につきます。まずもって、お2人に打ち込まれた弾丸がどこの国の銃から発射されたものなのか、明らかにして欲しいものです。
http://sp.mt.tama.hosei.ac.jp/users/igajin/home2.htm