★阿修羅♪ 現在地 HOME > 掲示板 > Ψ空耳の丘Ψ32 > 169.html
 ★阿修羅♪
次へ 前へ
【 再掲・保存版】森宣雄インタビュー「生き続ける植民地主義」抄『台湾/日本連鎖するコロニアリズム』出版にあたって
http://www.asyura2.com/0311/bd32/msg/169.html
投稿者 やました 日時 2003 年 11 月 29 日 15:50:21:ygtWAXs6K7V.w

*これは以前空耳にアップされてましたが消えたようなのですいませんが再掲します。
「議論15」のほうに投稿した『ニュース23』の台湾少年工報道をめぐる騒動の参考資料です。


図書新聞2001年12月15日
「生き続ける植民地主義 構造的抑圧を変革する実践」
森宣雄インタビュー

「新しい歴史教科書をつくる会」のブレーンとなった在日台独派の闘士たち。小林
よしのりと結託し「日本精神」を賞賛する金美齢──。その背景には何があるの
か。「研究」の高みに立った学者論議の欺瞞性を突き,植民地主義の渦中に展開さ
れる当事者間の格闘に批判的介入を試みる。


──森さんは『台湾/日本連鎖するコロニアリズム』を刊行されました。この本を
手がかりにお話をうかがいたいと思います。本書は、在日台湾独立派(台独派)の
金美齢氏や黄文雄氏らが、日本の台湾植民地化と帝国主義的支配の問題を問わず、
「日本精神(リップンチェンシン)」を持ち出して日本の保守派と結ぶ親日的態度
をとるようになった歴史的経緯と、そこに現在も働く植民地主義の連鎖の構造を、
具体的に彼らの言論を通して読み解いておられます。まず、戦後日本と台湾独立運
動との関係についてお話しいただけませんか。
森 いま黄文雄が日本本部委員長、金美齢が中央委員を務めている台湾独立聯盟
は、最大の台湾独立運動の組織で、現在、総本部は台湾にあり、日本やアメリカな
どに本部がありますが、もともと海外の台独運動から生まれたものです。この台独
聯盟の前身は一九六〇年に東京で結成された台湾青年社です。その機関誌『台湾青
年』は、ずっと指導的理論誌としての役割を担ってきました。台独運動は日本から
始まり、大きな役割をはたしてきました。そこには歴史的地理的な必然性がありま
した。戦後に台湾を接収した国民党政府(国府)の支配下の台湾から逃れ、また中
国大陸の人民中国からも独立するというならば、向かう先は東方、まずは日本とい
うことになります。台湾からの脱出では沖縄の島々をわたったりして日本に密航、
密入国するルートがよく使われました。これが地理的関係で、また歴史的には、国
府の統治に対する抵抗運動はまず日本語教育を受けた世代の知識人によって始めら
れましたから、彼らが日本時代に身につけた近代的政治運動の理念に依拠して運動
を展開しようとするなかで日本に向かうのは自然でした。
その場合、単に旧帝国の庇護を求め、あるいは旧敵の力を借りたということでな
く、当人たちにとっては日本時代の抗日政治運動と連続する形で戦後の独立運動が
結びついていたという脈絡を押さえる注意が必要でしょう。戦後日本で台独運動へ
の支持や理解を在日台湾人以外に求める宣伝活動をしようとしても、台湾に関心を
もつのは植民地時代を懐かしむような旧支配者、かつての在台日本人ぐらいしかい
なかったので、傷ついた植民地幻想の修復を求める彼らの願望をある程度は容認す
る妥協も必要でした。しかし独立運動は五〇年代までの日本で一部主張されていた
日本の台湾再統治論とは違うわけです。だから編し合いのような側面は最初から運
動の戦術として在日台独派に刻印され、現在にいたっているところがあります。
そうした中で日本の植民地主義的欲望や感性に対しても毅然として訣別する台独運
動の性格は、六〇年以降の台湾青年社、現在の台独聯盟日本本部の活動で明確に
なっていきました。この新たな台独運動が始まった一九六〇年というのは、「アフ
リカの年」ともいわれ、植民地独立・解放運動がピークに達していた年です。台湾
と同様に日本の植民地支配後に独裁政権下に苦しんでいた韓国では、「学生革命」
によって政権が倒される。日本でも全学連や労働者が安保闘争をたたかう。そうし
た時代にあって日本に留学した台湾の青年たちによって現在の台湾独立聯盟は始
まったんです。ですから、台湾独立聯盟をつくった人たちの考え方としては、民族
解放闘争が活発化する気運のなかで、自分たちとしても、人間解放のための人民自
決の人権闘争として蒋介石独裁政権を倒すという路線で考えていて、実際そういう
形で、初期は左派寄りのメディアの方でもかなり好意的に、『台湾青年』の論説を
取り上げたりしたんですね。
──その台独聯盟の闘士であった金美齢氏が小林よしのりと結びつき、「日本精
神」を賞賛するような状況が生まれた背景には、どのような経緯があるのでしょう
か。
森 金美齢や黄文雄は、韓国の呉善花などと共に「新しい歴史教科書をつくる会」
が日本の植民地支配や大東亜共栄圏を賛美するための拠り所を提供する、「つくる
会」の最近のアジア主義を支えるブレーンとなっていますね。しかしそれはわずか
ここ五年ぐらいの間のことです。この間、彼女らは、日本統治時代から日本と台湾
は固い絆で結ばれていて、植民地支配が終った後も、「日本精神」というものを戦
後台湾人は受け継いで保存してきた、いまその守り育てた日本精神を日本人に教え
諭し、自信に満ちた日本人の姿を取り戻させるのだということを言うようになりま
した。そうした主張に適合する美談をいろいろと歴史から取り出し、この日台間の
蜜月幻想を歴史認識問題の戦線において共有することを基礎として、現在の中国の
「脅威」に対する共同戦線を運命共同体として共に張ろうという主張に持っていき
ます。目的はきたるべき台湾独立の際の海峡危機を乗り切るための支持者、支援材
料を、アジアのリーダー、盟主たらんとする日本において獲得することにありま
す。
そういう戦略に別の文脈から飛びついたのが小林よしのりだった。小林が日本軍
「慰安婦」問顧をめぐって、「じっちゃんを汚すな」と叫んで日本近代を肯定した
いと思っていた時に、日本近代の植民地支配を礼賛してくれる旧植民地人が現れた
のですから、すぐそれに飛びついてしまったわけですね。そうして金美齢らの全面
的なサポートで昨年の小林『台湾論』が生まれ、結託は一段とエスカレートした。
もはや戦術としての範囲を越えた、全面的一体化にのめり込んでしまった感があり
ます。
──九五年頃から、そうした方針転換が始まったわけですね。
森 それ以前というのは、日本の保守派をおだて上げて、一体になって運動を展開
するようなことはなかった。そこには九六年の初の総統直接選挙によって台湾の民
主化が完成段階に入ったという変化が影響しています。台独連動が国民党の残虐な
独裁体制に対する民主化や人権擁護の課題を、独立の課題と一体に推し進めていた
段階では、日本の保守派というのは「親台派」といって国民党の独裁政治を支持
し、それに加担していたわけですから、一緒になれる関係にありません。国民党と
結託した自民党政権は在日台独運動家の弾圧に協力しましたから、敵対関係にも
あったのです。実際、日本の反共右翼などは、蒋介石に反対する台独運動は「中共
の手先」だと攻撃したものです。
しかし冷戦構造の溶解とともに国民党も反共独裁を維持できなくなり、アメリカや
国内の運動に迫られて民主化に進んでいく。そうして蒋家の独裁体制が消えてゆ
き、李登輝政権の隠微な台独路線が頭をもたげてくると、反中国の日本の保守派と
台独運動が連合できる条件が整ってきたのです。台湾民主化の進展と達成によっ
て、これまで国民党独裁に加担してきた日本の「親台派」との間で、過去を問わな
い野合に進むという展開を遂げた。歴史の皮肉というにもあまりに酷な情況があり
ます。
そういう方向転換をリードしていったのが、金美齢や黄文雄です。それは台湾独立
という大目的のための主体的選択だとまずはいうべきでしょう。しかしそれを批判
しようという場合、同時に、そういう過酷な、悲惨な選択肢しか取れない苦境に在
日台独派が面してきたことを、日本社会の人間は忘れてしまってはいけません。在
日台独派の右傾化は彼ら自身の選択ですが、その条件を形づくってきた基盤とし
て、戦後日本社会の台湾に対する傲慢な無理解、無責任がある。この無理解、無責
任によって、いまの植民地支配賛美の歴史捜造の横行、小林『台湾論』のベストセ
ラー化というひどい状況が日本社会にもたらされているのならば、それを通じでこ
れまでの日本の台湾に対する姿勢のあり方に反省するべきものがあったと気付くこ
ともできるのではないでしょうか。小林円台湾論』がベストセラーになっても何ら
おかしくない程度に、これまでの日本の一般的な台湾認識は、右から左まで総体と
してひどかったわけです。先に在日台独派について言ったのと同じ意味で酷な話で
すが、自業自得という側面がないでもないのが日本社会の悲惨だといえます。
もっと具体的に言うべきでしょうね。日本で保守論壇の歴史捏造に批判的に対して
いる人たちの多くは、いまだに、台湾独立というとそれだけで「いかがわしい」も
のだというようなイメージを受け継いでいるのではないでしょうか。この本でも、
まずその偏見と因縁について論じることから始めなければなりませんでした。いわ
ゆる「アメリカ帝国主義の手先」という評価です。つまり、どんなに美しくすばら
しい民主化解放運動であったとしても、結果的に冷戦構造の二極対立において、ア
メリカ帝国主義を利する中国分裂工作という意味を持つならば、それに加担するこ
とはできない、むしろ「高度な政治的判断」において排撃していくというもので
す。
そうした政治的判断で、台湾の固有の問題性をよく考えもしないで、北京政府のい
う台独批判を鵜呑みにして片付けるような風潮が顕著になったのは、六〇年代末か
らのことです。それ以前は、先にも言ったように台独運動が左派の方面から強く排
撃されるということはなかった。人民自決の原則に基づく幕政権からの植民地解放
闘争という文脈で、社会党や民社党の支持者の間でも肯定的に受け取られていたよ
うです。
ところが六〇年代後半に文革が始まって以後、中国の台湾政策に対して賛成するか
反対するか、黒か白かというのが、日本の新中派や左派の人たちに迫られてくる。
その結果、中国側がいう台湾統一の理論や、台独批判をそのまま受け入れたところ
があって、だから、台湾独立運動についての研究は、日本ではこれまでまともなも
のが何もないという状況でした。歴史的因縁を持って日本を中心に運動が展開され
ている台湾独立の問題に、真剣に対時して批判しようとするなら、それ相応の研
究、学ぶ姿勢が前提に生まれるはずですが、まともな台独派批判の論議を生みだす
努力もないまま、単なるレッテル賭りや印象論で台独運動は黙殺されてきたのです
ね。
そして台湾内部での蒋政権の弾圧支配に対しても、そこには日本の「親台派」や保
守政権の加担があったのにもかかわらず、概ね左派の方面の人たちは放置してき
た。統一・独立の問題とは別に、常時一万人近い政治犯が獄中にあって死刑や拷問
を受けている、この問題に対して普遍的人権の価値に立脚して救援に協力してほし
いと訴えられても、蒋政権打倒の台湾民主化は台湾独立に発展しかねない、だから
蒋政権も民主化運動もともに黙殺してきた。それが日本の左派方面の台湾に対する
一般的な対し方でした。
そういう無視、黙殺のなかで、在日台独派は誰からも相手にされず、右翼からも左
翼からも偏見に基づく論難にさらされてきた。うんざりして台独派の側も七〇年前
後に、日本の左翼は対中国事大主義の「インチキ左翼」にすぎず人間解放のための
連帯などできる相手でないと見切りをつけました。それでも日本は蒋政権や中台関
係の動向に大きな関わりを持ちますから、日本に居つづけ、台湾島内での弾圧事件
に対する海外からの救援運助を地道に続けてきたのです。
(中略)
森 金美齢がテレビに出始めたのは、九〇年代半ばからですけれども、最初は、
サーッと陽が射すような感動的な出来事として受け止められたようです。それほど
までに、六〇年代後半からずっと日本社会のなかで一切無視され、悪口だけを言い
たい放題言われて、反論しても無視される、発言したくても誰も聞いてくれない、
雑誌にも載せてくれないという状態だったわけです。そのような長い厳しい孤立の
なかで、ある日突然、金美齢や黄文雄が日本のメディアに登場てきたわけで、それ
はみんな本当に拍手喝采ですよ。
しかし日本の保守派はいわば二重の意味での「旧敵」だった。つまり台湾を植民地
支配して反省しない帝国主義的感性を持ち、さらに戦後国民党の弾圧に加担してき
た。こんな「仇敵」ともいえる相手と、反中国の一点で無節操に一体化して政治宣
伝工作をするということは、これまで普遍的な人権闘争、解放運動として台独運動
を推し進めてきた人たちにとっては大きな違和感、抵抗感があったようですね。特
に小林『台湾論』をめぐる論争で、小林支持に回らねばならない状況に追い込ま
れ、一体化が一層エスカレートするなかで、こんなことでいいのかという思いは広
がったようです。それは本を出した後の反響などで初めて私も実際に知ることがで
きたものです。
ところで、どうして在日台独派は表面上無節操な旧敵への取り込み工作に進むこと
ができたか、疑問を持たれることもあると思います。日本で金美齢や黄文雄が保守
派に対する取り込み工作を本格化するのに少し先行して、九四年に、彼女らの長年
の兄貴分でもあり、広く台独派で信頼を置かれている黄昭堂という台独聯盟総本部
主席をしている独立運動のリーダーが、台湾の新聞にこんな内容の論説を発表しま
した。これまで台湾人は、日本社会のなかで、日本人に対して友好姿勢を示し、そ
れによって台湾に関心を持ってもらおうとしてきた。しかし、そういったやり方は
多くの場合逆効果で、そういうふうに訴えれば訴えるほど侮られ、曲解される。だ
からもはや台湾人も中国人や韓国人のやり方を学んで、日本に対して要求するとき
は多く罵るべきだ。罵倒すればするほど多く金を出すという相手なのだと。
こうした激しい非難と威嚇の姿勢と、その後実際に進んだゴマをするかのような取
り込み戦略は、表面上矛盾して見えるでしょうが、相補う形で結びついています。
できるだけ深く工作対象の中に入り込むことによって、決定的場面において威嚇の
効果が最大限に発揮されるのだという、現実主義的な権力闘争の論理ですね。こう
した戦略構想を後ろ盾というか、心の支えとして、金美齢らの日本の保守派に対す
る取り込み工作、結託が展開されたと見るべきでしょう。しかしそれは明確な方針
設定に基づいた政策展開であったというよりも、現実には、いろんな情勢の絡み合
いのなかで進行し、そこで蓄積されてきた事態がいま残されています。冷戦終結後
の九〇年代、「慰安婦」問題や歴史教科書問題などが出てきました。中国脅威論が
日本の保守論壇を席巻し、日本精神再評価の欲望も出てくる。そうした情勢に合わ
せたいろんな要素の絡まり含いの中で、予期しなかった部分を相当多く含み込ん
で、現在の事態にいたっています。だからこそ各時点で歴史を頼みて検証する取り
組みが必要なのだと、私は考えます。
──日本の保守派と結託することによって、日本の政治中枢を担っている人たちに
まで浸透することを図り、独立を果たすのに有利な方向に持って行くのが金美齢氏
らなりの一流の政治外交だとして、そのカードを次々と繰り出し、彼らにとっても
あるいは不本意な形で日本の植民地支配を美化し、「日本精神」の賞賛をし続けて
いくだけでいいのかという問題がありますね。ただ、金美齢氏は現在、台湾で政治
的な影響力を持っているのですね。そのための政治的判断もあるのでしょうか。
森 この本の書名はちょっと記号も使っていて分かりにくいものかもしれません
が、いわんとするところは、植民地主義の機制は単に支配者と被支配者の対抗関係
だけで把握されるべきものでなく、相互浸透的な連鎖の機制を本来持っているもの
だというようなことです。日本対台湾という二項対立的抗争の関係性だけでなく、
その抗争の進展の中で支配者と被支配者がともに植民地主義を増殖、再生産させて
いく連鎖の機制が働いているということです。この植民地主義の連鎖の機制におい
ては、日本丸台湾というリジッドな二項対立関係ではなく、「日本/台湾」が融合
した植民地主義の主体となって、連鎖と再生産を主導する。これはなぜ制度的な植
民地支配が終わっても植民地主義は容易に克服できないのかという難問にも関わり
ます。この連鎖の機制に関わって一方で注目されるのが「流用」
(appropriation)です。文化人類学の方面などで、被植民者の側の隠微な抵抗の
局面をすくい取るものとして、支配的文化を被支配者の側が流用する事態が注目を
集めるようになってきました。他方で、ずっと前から植民地解放連動の陥穽として
指摘されてきたものに、旧植民地が独立後に帝国主義的感性や支配の方法を再生産
し反復するという事態があります。流用は文化的抵抗として肯定的に言われ、帝国
主義再生産の議論は幻滅的に言われます。しかしここで取り出されている二つの事
柄は、実はコインの裏表のようなものでしょう。そしてもっといえば、一枚のコイ
ンの裏表に封じる認識も妥当ではない。植民地主義のただ中から、そこからの解放
を求める運動が展開していく中で、ある時はある角度から抵抗の側面が取り出せる
でしょうし、また別の場合に別の角度からは帝国主義の再生産のような事態が取り
出せるでしょう。肯定的と否定的、どっちの側面に注目したとしても、総体として
の植民地主義の機制を把握する必要は残りつづけるのだと思います。
こうした認識が、在日台独派と日本の保守派の結託にどう関わるかというと、当
初、戦後台湾人の流用の実践として用いられていた「日本精神」の「リップンチェ
ンシン」への読み替えが、いま再び流用され、運命共同体の「日本と台湾を結ぶ
絆」として「日本精神」が高唱され、日台蜜月幻想を支えるために用いられてい
る。こうした流用はどこまでがいいとか悪いとか、明確に線引きして、価値を選別
的に付与できるものではありません。総体としての植民地主義の機制が把握され
ず、また清算されることもない中で、抵抗や流用も、予期しない形で植民地主義の
反復・再生産を繰り返していく。こうした現状において、さしあたり必要なのは、
分かったようで分からない、まして払拭されたとは到底いえない植民地主義の問題
に対して、旧帝国と旧植民地の双方の社会で、真剣にその克服のために取り組んで
いくことです。植民地主義の問題に向き合うことをさまたげてきた要因として、台
湾問題の場合は、冷戦体制の二極対立が大きかったのでしょう。冷戦は過去のもの
となりました。しかしその呪縛から解き放たれた認識を作っていく課題は、ようや
くこれから手が付けられるかな、という程度だと思っています。
(後略)

 次へ  前へ

Ψ空耳の丘Ψ32掲示板へ



フォローアップ:


 

 

 

 

  拍手はせず、拍手一覧を見る


★登録無しでコメント可能。今すぐ反映 通常 |動画・ツイッター等 |htmltag可(熟練者向)
タグCheck |タグに'だけを使っている場合のcheck |checkしない)(各説明

←ペンネーム新規登録ならチェック)
↓ペンネーム(2023/11/26から必須)

↓パスワード(ペンネームに必須)

(ペンネームとパスワードは初回使用で記録、次回以降にチェック。パスワードはメモすべし。)
↓画像認証
( 上画像文字を入力)
ルール確認&失敗対策
画像の URL (任意):
投稿コメント全ログ  コメント即時配信  スレ建て依頼  削除コメント確認方法
★阿修羅♪ http://www.asyura2.com/  since 1995
 題名には必ず「阿修羅さんへ」と記述してください。
掲示板,MLを含むこのサイトすべての
一切の引用、転載、リンクを許可いたします。確認メールは不要です。
引用元リンクを表示してください。