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1週間ほど前に、読売新聞に、「1年足らずの間に慶徳校長は370通のレポート提出を求められた。月に約100時間の残業を余儀なくされた。」との趣旨の記事があったように記憶している。
370通のレポートとは、尋常ならざるものを感じて、嫌がらせを受けていたのかと感じたものです。
次にレクチャー役の教頭が2人も次々と病気入院した。これは、外務省改革を志向していた田中真紀子外務大臣のレクチャー役が、病気入院したことを想起させる。
改革者への権力側からの妨害、嫌がらせの常套手段と理解するのは私だけだろうか。
病気入院は、不服従による抵抗を意味すると理解してきたが。
そう思っていたところ、6月30日に教育長が病気入院、7月3日山岡教育次長首吊り自殺と続いた。
病気入院が3人 自殺が2人 と泥沼のような教育界と言うことになる。慶徳校長は誰と闘い、誰に死まで追い詰められたのであろうか。
「命の大切さ」を念仏のように唱える教育界で指導者の自殺が続くのでは、生徒への教育効果は逆になる。どれほど、教育界が命を軽視しているかを知った。
◆慶徳さんの自殺を巡る主な経緯◆
99年1月 慶徳和宏さん、広島銀東京支店副支店長に着任。
00年 中教審答申を受け規則改正。民間人校長採用が可能に。
01年4月 広島県初の民間人校長3人の採用。
02年3月 同県教委が慶徳さんらを採用。慶徳さん広島銀を退職。
4月1日 慶徳さんが尾道市立高須小校長に着任。
5月10日 藤井教頭が病気入院。
13日 慶徳さんが病院の診断書を持って市教委に休暇を申し出るが断られる。運動会での国歌演奏、国旗掲揚を巡り職員と話し合う。
10月26日 学校で飼育していたウサギ17匹が殺される。
03年
2月14日 後任の坂井教頭も病気で入院。
3月9日 慶徳さんが校内で首をつり自殺。
4月11日 県教委が慶徳さん自殺で原因は「教員と対立」と調査中間報告。
21日 広教組も中間報告。「対立ない」と県教委調査に反論。
5月9日 県教委・市教委と広教組が慶徳さん自殺で異なる最終調査結果を発表。
6月 慶徳さんの遺族が公務災害の認定申請準備に入る。
(広島県教委、尾道市教委、広島県教職員組合の調査報告書などから)
[毎日新聞6月22日] ( 2003-06-22-03:00 )