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(回答先: 国生みの原理を探る−「西洋」を「娘」の父親として認知する 投稿者 すみちゃん 日時 2003 年 7 月 31 日 21:57:13)
すみちゃんのこれまでの考察に対して感じたことを書く。
まず俺は戦前だろうが戦後だろうが日本の歴史には何一つ過失は無かったと考えている。
より正確には個々の過失は必ず後世において「教訓」として何倍にも生かすことができるものであり、言わば将来──即ち、現在のための「投資」であったということだ。例えるならオセロにおいて一手一手の優劣変化に一喜一憂するのではなく、最終的な「勝利」を狙って静かに情勢を把握し続ける態度と言って良いだろう。その意味において、日本は最終的な「勝利」を妨げるような致命的な失策は一つとして犯しておらず、寧ろかなり良い形で終局へと近づいていると判断する。
そう判断する根拠としては、究極的には「俺自身」が「勝利」への確固とした信念を獲得できたことに由来する。
「この国」は命をかけるだけの「価値」がある。ならば恐れるものは何も無い。
今この時期にこうした人間が少なくとも一人はいるという事実が、俺に確信させる。俺は「俺」を以って「勝利」への前兆と見る。
『平成の日華事変になりませんか』(http://www.asyura.com/2003/dispute8/msg/377.html)に書かれた「72年周期説」の考え方やその他の諸事象などにより、すみちゃんは「現在は戦前である」と考察している。『いまは戦前、行く手に待つものは焼け野原』(http://www.asyura.com/0306/idletalk2/msg/440.html)参照。
俺もその考えを支持する。そして、その「再来」を“歓迎”したいと思う。
「戦前」、大変けっこう。
これでようやく俺たちは「かつての悪夢」から“解放”されることになるのだ。
今までどれほど多くの者たちが、口を極めて「戦前の暗黒社会」とそれを許した祖父母らを罵ってきたことか。いよいよ自らの言葉に「責任」を負うときがきたのだ。“乗り越えて”頂こう。自分たちが本当に「平和と正義を愛する者」であったということを。愚昧なる先祖とは“違う”ということを、高らかに示してもらいたい。
現状ではイラクへの「侵略」。完全無欠の「侵略」を止めることは出来なかった。止めようとすらしなかった。
「運命の年・1941年」である「2013年」まであと10年。
さて、どのように落とし前をつけてくれるのだろう。
今がどれほど「暗黒」であるか。
自分たちがどれほど「愚劣」であるか。
いずれ「子孫」が“正しく”裁いてくれることだろう。
もっとも、その「子孫」が「俺たちの言葉」を話しているかどうかは定かでないが。
実に楽しみだ。
さあ、“乗り越えて”頂こう。
・・・などと昏(くら)い「喜び」に浸りたくもなるが、そんなのは俺にとっても“つまらない”ので残念ながら却下だ、却下。
それにしても凄い「舞台設定」だよな。
実際の進行役は『奴ら』なんだろうが、ここまで見事なお膳立てには「神々」よりももっと「上」の連中の関与が感じられる。やっぱ期待されてんだなあ。よし。ほいじゃあ、いっちょ“乗り越える”とすっか。「屈辱」の泥の中から再び立ち上がって「勝利」をつかむ。にくい演出だぜ。たまんねえなあ。
すみちゃんは幕末・維新期の段階から既に政府(薩長閥)が『奴ら』(「国際金融資本」)に実質的に主導権を奪われており、その後も『奴ら』と同じ行動をとっていたことに対して非難していたが、俺はどうもそれがしっくり来ない。一体何をどうすれば良かったのかがハッキリしないからだ。
『幕末期に入った国際金融資本の魔手』(http://www.asyura.com/0306/idletalk2/msg/373.html)、『大日本帝国の植民地拡張サイクル』(http://www.asyura.com/0306/idletalk2/msg/408.html)、『戦前歴史の反省と救済−悪魔との契約?』(http://www.asyura.com/0306/idletalk2/msg/409.html)参照。
どうやら一国平和主義のようなものを想定しているようだが、俺には当時の状況でそんなものが達成できるとはどうしても思えない。
圧倒的な戦力差。凄絶な人種差別。自国内資源の乏しさ。アジア諸国の鎖国政策(ヒキコモリ)。ロシアの不凍港獲得路線。アメリカの太平洋横断路線。
あまりにも否定要因が多過ぎる。
>他国への進出侵略などやめて、目の前の貧民を助ければ良いのです。 そのような精神に悪魔が踏み込む余地はまったくなく、繁栄を享受できると信じています。
それは一体、どんな「繁栄」だったというのか。
「踏み込む余地」が無ければ、ただ「踏み潰す」だけというのが「悪魔」ではないのか。
そもそも、なぜ「開国」しなければならなかったのか。
かつてすみちゃんは俺に対して「あなたは悪魔を過小評価している」と言っていたが、すみちゃん自身が正しい評価を下せているようには思えない。
『日本の世界史的位置について大風呂敷:中央線版がふさわしいかも』(http://www.asyura.com/0306/dispute11/msg/1067.html)参照。
戦後半世紀の「平和」が許されたのは『奴ら』の「計画」である以上に「恐怖」に根ざすものだと俺は考えている。「あの大戦」において『奴ら』は「日本」を完全に支配するためには「殲滅戦」でなければならないと知った。そしてもしそれを強行すれば、本当に世界中に「飛び火」しただろう。
「日本」は「世界の希望」だったんだよ。
どんなに目を背けようと、それは決して揺るがない。
見まい、見まい、とすればするほど、それはより大きく影を落とす。
おのれが背負った荷の重さによろめき、自らの「宿命」に怨みをこぼす、か弱い「少女」。
それが「日本」だ。
「なぜ、私なの・・・? なぜ、私でなければいけないの・・・?」
決まっている。
あなたが、一番美しいからだ。
「この星」を“生む”のは、世界で一番美しい“あなた”でなければいけないのだ。
・・・コホン。
とにかく、『奴ら』は「恐怖」した。だからこそ、「執行猶予」が与えられたんだ。
まさに「日本」は「眠れる龍」だったんだ。起こしちゃならねえ。
それを再び眠らせ、今度こそ息の根を止めるために『奴ら』は実に様々な手段を駆使してきた。
中でも一番デカイのが「自信喪失」だな。
「日本」は執拗に、徹底的に、これ以上ないほど自己嫌悪させられた。
もちろん、内在的な要因は大きかった。
いきさつはどうであれ結局『奴ら』と契約し、「悪魔的所業」を行ったのは確かだからな。俺はその件について「日本」を責める資格のあるヤツはただの一人もいないと思っているが、誰も責めなくてもやっぱり自己嫌悪はするだろう。そういう性分なんだ、この「国」は。
『奴ら』はそこを突いた。
俺に言わせりゃ、マフィアの頭がスリに説教垂れるような滑稽劇でしかないが、「日本」はモロにそれにやられた。どんどん自信を喪っていき、やがて自分を責める言動をこそ歓迎するようになり、少しでも褒めるようなものがあると聞かないフリをするまでになった。反日国家・嫌日国家の言うことには媚びへつらい、親日国家とは逆に疎遠になっていく。かくして甚だ独り善がりに「日本は世界から孤立している」と勝手な勘違いを繰り返し、実際にそのようになっていった。
遂に、自らが「世界の希望」であるという至極当然、自明の理である「事実」すら直視できなくなってしまった。
「責任」から逃れたいってのもあるだろうけどね。
そりゃあ辛いわな、こんな大役。
おいそれと引き受けられるようなもんじゃない。
何しろ「この星」を“生む”んだ。
宇宙規模のビッグ・イベント。
ぶるっちまうのがフツーだろうな。
それでも、やっぱり「日本」でなきゃ、ダメなんだ。
「誰か」に任せることも出来ないわけじゃないだろうけど、それじゃ多分「失敗」する。
「日本」の最初の子が“流れた”ようにな。
今度は、“流さない”。
“星生み”に「原理」があるかどうかってのは知らねえ。
岸田秀なんて読んだことないしな。
全部俺の直感だ。
大してアテにゃならねえんだ。
でも、これだけは確信をもって言える。
「日本」は、“恋”をしている。
海の向こうの、あの『くそガキ』に。
なんでなんだろう。
やっぱ「ハジメテ」の相手だったからかねえ?
言い方が露骨でキモいかな?
でもな〜、マジで惚れてんのよ、この娘。
あんたらも分かるだろ?
寝ても覚めても“アイツ”のことばかり。
周りのゴタゴタがあるから“アイツ”に頼るのか、“アイツ”に頼るために周りのゴタゴタを招きよせてるのか。
今や「遊び」だって自分で分かってるくせに、それでも「心中」する気マンマンだ。
なんつードロドロの恋愛してるんだよ。
そんなことでホントにいいのかよ。
「日本」はまだ「愛」を知らない。
本当の「支え」になるってのがどういうことか分かってないんだ。
いつも傍にいられればそれだけで満足なんだろう。
しかし、もうすぐ“アイツ”は死ぬかもしれない。
「用済み」となって“スクラップ”されるのかもしれない。
そのとき、この娘はどうなるだろう。
後を追う?
それとも気がふれる?
何にしても最悪なラストだ。
そんなのはあまりにも憂鬱過ぎらあ。
やっぱ、成就させてやるしかねえ。
“恋”を「愛」に昇華させるしかねえ。
くそ。
俺は何度“アイツ”の死を願ったことか。
“アイツ”が「革命」で醜くぶっ潰れると聞いて大喜びしたもんだけどな。
「とっとと地獄に墜ちやがれ。」ってね。
しかし、それじゃ悲しむんだよな〜。
だけど、どうしたもんだろう。
「日本」が「51番目の州」になっても問題は解決しない。
そんなことじゃ、“アイツ”は助からねえんだ。
どうすればいい。
「日本」を救うために“アイツ”を救うには。
それができないと、「彼女」は“生まれない”。
・・・止めるしかないか。やっぱ。
“アイツ”が「破滅の道」を歩むのを止めるしかない。
どうやって止めるかなんてのは問題じゃねえ。
絶対に止めなけりゃいけない。
それだけだ。
これはもう、他人事じゃない。
「心中」なんて“つまらねえ”んだよ。
ずいぶん長いこと考えてきたが、「日米関係」ってのは結局コレだけだ。
「日本はアメリカに恋している。」
それ以外は全部オマケだ。何だかんだ言っても、コレが見えなけりゃ何もつかめない。
どーりで誰一人マトモなことが言えないワケだぜ。ったく。
こ〜んな醜く爛れた場末の恋愛を、マジメな顔して語れるハズが無いっての。くそ!
・・・だが、それでいいんだろうな。
世の中キレイゴトばっかじゃあないしな。
「少女」も、いつまでも純粋なままじゃいられないってこった。
永い永い「物語」の終盤にこんな愛憎劇を持ってくるたあ、正直やられたよ。
そんなわけで、俺はコレで行く。
ちょっとキモいけどな。
「日本とアメリカの物語」は、「オトナの童話」だったっつーことだ。
これからは、ホンキで本気のラブアタックゴーゴーゴー! てなもんよ。
縋るのはもうお終いだ。
でも、離れらんねえ。
なら、お互い自分の足で立って、手をつないで行くしかないさ。
「東」と「西」の出逢う場所。
「平和の海」で、「結婚式」をあげるんだ!