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(回答先: Re: 身体そして両刃の剣 投稿者 マルハナバチ 日時 2003 年 7 月 25 日 12:34:33)
マルハナバチさん、レス有り難うございます。
若し、雑駁な一括りが許されるのならば、「かくも長き身体性の不在」の状況が為せる業と叙述できるのかも知れません。マルハナバチさんの回答は私にとってそのような再認識のレスになったようです。私は心の奥底で、もしやするとノスタルジックに身体性の回復を希求しているのでしょう。おそらくマルハナバチさんの周縁は資源となるべき身体性を見出し難い世代なのではなかと、勝手にアナロジーを重ねています。
瑣末な例では、機動隊の楯で小突かれることも棍棒で殴られることも己の身体性を発見することと同義です。権力の切っ先を受けて慄き震えとなって感応した記憶が身体に刻印され、それが私の身体性の一部を構成してもいます。
多分そうした記憶が、戦記物語に紡がれるようなメタファーが人類ないしは宇宙の運動の宿命的な軌道を解き明かしているのではといった神話の考察を、しばし傍らに置かせる原因にもなっていると自覚しています。それ故に、軌道の最先端に会座するのが、ゼウスなのかヤハウェなのか、はたアマテラスなのかスサノヲなのか、語ることの困難さを覚えます。
畢竟、正覚であらぬ者が正覚の衣を纏うことはありませんし、あるいは正覚の導きを仰ぐ必要もないでしょう。それよりも、私は己の身体あるかぎり覚有情でありたいと考えています。実は阿修羅に集う人達の意識が収斂する先、つまり落し処は案外そんなところにあるのではと想像しています。そして、覚有情の往きつく先に仄かですが希望を託してもいます。
また、お会いしましょう。