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(回答先: GLA高橋信次の著書(『心の発見』など)は虚偽とまちがいだらけ3 投稿者 罰天使 日時 2003 年 8 月 24 日 06:15:34)
*追記:高橋信次は創価学会・日蓮宗用語を流用し我流解釈で教義化
信次は「理証・文証、現証にしかず」と『心の発見・科学編』P172で書いている
のですが、これも日蓮宗の用語です。
「文証、理証、現証」が日蓮宗用語である証拠をご紹介します。
「創価学会の教学では、文証・理証・現証という考え方が重要な位置を占めることは
周知の通りであるが、実際の布教活動に際しては現証という点がとりわけ強調される」
http://www.kt.rim.or.jp/~n-inoue/pub-jap.files/pa81-nsa.htm
「日蓮は、文証・理証・現証の観点から、空海の邪義を徹底して破折し「真言は亡国の悪法」
(P173)と断じている」
http://www.1134.com/jinbutu/3japan1.html
「また分厚い 仏法書を持つ母。 持つだけなら わかるけれど 悠然と開いて
それを 先哲の「宗教の五綱」や 「文証・理証・現証」や 「行学たへなば 仏法は
あるべからず」とか 「法華折伏・破権門理」とか 「声 仏事を為す」等々
しばし その深みに入りゆく姿に 学者である私は 心から畏敬の念を持った」
http://www2.117.ne.jp/~nakatyan/cyohen/fujin.html
「大聖人に踵(くびす=かかとのこと)を接して来たる数々の迫害や受難。それらの体験や
事実なくして上行菩薩応現の人は存在しないのです。理論(理証)や文献(文証)だけで
語るのは本当の宗教とは言えません。このように大聖人の実践(現証)によって、はじめ
てその教理に宗教性が満ち溢れ、ここに理証・文証・現証の三証が具足するのです」
http://www.hct.zaq.ne.jp/renjouji/si.html
(※ほか、「文証 理証 現証」のキイワードで検索すると数十件の同様記事あり)
「文証 理証 現証」という言葉さえ、信次は日蓮宗からもってきて、しかも「現証=霊
現象」という我流解釈の意味を付与しています。現在絶版の『心行の言魂』P110にも、
信次はこう書いています。
「真の正法はそれゆえに、文証(もんしょう・心・法)、理証(りしょう・科学)、現証
(げんしょう・霊道現証・奇蹟・物質化現象)の三つが揃ってはじめていえる言葉です」
信次の唱えた教義には、このようにオリジナリティなど無いに等しく、しかも本来の用語
を自己流に解釈して、それをあたかもオリジナルな真実であるかのように流布してきたの
です。これは、日蓮宗や創価学会サイドから見れば、「正法」ではなく「邪法」「謗法
(ぼうほう)」でしょう。
信次が創価学会を強烈に意識しながらGLAをつくっていったことが、これらの事実か
ら判明するのです。日蓮が生きていたら、「GLA、無間地獄」とでも非難していたかも
しれません。