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産経の「爆発物」持ち歩き便乗「百人斬り競争」虚構記事蒸し返し批判に、どう答えるか毎日、はたまた元朝日の本蛇蝎一よ!日本インチキ・メディア戦争やれ!
http://www.sankei.co.jp/
2003/5/4(日)
産経抄
正岡子規は明治二十八年日本新聞から従軍記者として日清戦争に派遣された。三月三日、同僚たちが壮行の宴をはってくれたとき一句詠んだ。「首途(かどいで)やきぬぎぬをしむ雛もなし」。戦地へ行くというのに別れの一夜を過ごす女性もいないというのだ。
▼半分おふざけだろうが、従軍する気持ちの高ぶりも十分伝わってくる。ことほどに、選ばれて危険な取材にいくのは記者にとって名誉だった。英国の元首相、チャーチルは記者としてボーア戦争に従軍し、捕虜となったが脱走、そのときからもう国民の英雄となった。
▼アンマンの空港で持っていた爆弾らしいものが爆発、警備職員らを死傷させた毎日新聞の記者はバグダッドが陥落した後にイラク入りしている。しかし、戦闘が完全に終わっていたわけではない。略奪も多発している中で神経をすり減らすような取材が続いていたのだろう。
▼そんなとき支えとなるのは「わが身を危険にさらしてでも真実を伝えている」という戦争記者の誇りである。が、それが高じ「だから少々のことは許される」と、人としてのモラルを忘れ、爆発物を持ち歩くという常識はずれなことをやった。そうとしか思えない。
▼余談だが、昭和十二年の南京攻略戦で日本軍の「百人斬り競争」という虚構の記事を書いたのは、東京日日新聞(現毎日新聞)の従軍記者だった。戦意高揚のためだったとされる。しかしそこには間違いなく「何を書いてもいい」という記者の思いあがりもあった。
▼言うまでもないが、イラクに集まった従軍記者のほとんどは勇敢に真面目に取材に当たった。こんどの事件でその誇りを傷つけられたとすれば被害者だ。毎日新聞社が謝罪すべきは、死傷者ばかりでなく彼らに対してもである。
http://www.sankei.co.jp/news/column.htm