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(回答先: サダムは裏切り取り引きに署名しました:イラクの外交官 (arabia.com) 投稿者 えっくす 日時 2003 年 4 月 17 日 17:37:39)
銃を捨てて逃亡した兵士の本音 イラク兵
イラク軍中尉のサデク・アブドゥル・モフセン(23)は、戦いたくなかった。だが1カ月前に、バグダッドからイラク北部の前線へ送られてしまった。アルトゥンクプリという町でモフセンは、クルド人自治区に面した山岳地帯に展開していた第63歩兵旅団に合流した。
1000人近くいる兵士の処遇はひどいものだった。衛生的な飲料水や食事は与えられず、シャワーもほとんど浴びることができない。気温が零下になる夜は、薄い毛布の下で仲間と身を寄せ合って眠った。
ラジオの携帯は禁止され、司令官は戦況を教えてくれない。士気は下がる一方だったが、命令に従わない兵士はケーブルや板で殴られた。
モフセンは逃げ出したかった。だが逃亡すれぱ、家族が軍の諜報機関に追われることになる。そんな彼の悩みに気づいたある司令官は「辛抱しろ、いつか一緒に逃げよう」と言った。
翌日、米軍のB52爆撃機が山岳部に7発の爆弾を投下。モフセンの仲間も何人か負傷した。
「地面が揺れて、信じられないくらい大きな音がした」と、モフセンは言う。
「逃げるしかないと思った。サダムのために死ぬのは嫌だった」
モフセンら数千人の徴集兵の任務は、侵略してくる米英軍を第一線で迎え撃つことだ。バグダッドの防衛は、精鋭の共和国防衛隊などに任されている。
●国を裏切った兵士は処刑
イラク軍司令官は徴集兵の忠誠心が揺るがないよう、彼らを脅迫し、暴カを振るい、ときには処刑した。人権擁護団体ヒューマンニフイツ・ウオッチによれぱ、ある部隊の前に逃亡兵10人が並ぱされ、銃殺されるのを
目撃した人もいる。「この国を裏切った者はこうなる」と、隊長は兵士たちに言ったという。遺体は見せしめのため、近くの丘に放置された。
多くのイラク兵が、生き延びるには逃げるしかないと考えた。
クルド人自治区の逃亡兵収容キャンプには、ぽろぽろになった兵士数百人が集まっている。
「多くの兵士が前綴を離れ、故郷の村に戻った自軍服を脱ぎ捨て、隠れられそうな場所に逃げ込んだ者もいる」と、クルド人勢力の幹部ホスロウ・グル・モハメドは言う。「予想されたほど激しい戦闘が起きなかったのは、そのためだ」
●『捨て石』として前線に配置
イラク軍の「下っ端」のほとんどが、シーア派イスラム教徒やクルド人など、反フセイン勢力から徴集されている。一方、士官クラスの大部分は、スンニ派アラプ人、とくにフセインの故郷ティクリート出身者が占めていた。
「前線に配置されたシーア派は捨て石扱いだ」と、ヒューマン・ライツ・ウオッチのエリック・ストーバーは言う。
投降すれば米兵かクルド人ゲリラに殺されるという噂を聞いたモフセンは、とにかく逃げることにした。B52爆撃機の空爆があった日から、彼はかばんに服を詰め、ひたすらチャンスをうかがった。
そして先週、彼はアルトゥンクプリにたどりつき、なんとか乗り合いタクシーをつかまえた。クルド人自治区をめざすうち、乗り合わせた2人の男も普通の服を着た逃亡兵だと気づいた。
「素晴らしい日だった」と、モフセンは言う。
彼は今、クルド人自治区の兵舎で遇ごしながら、戦争が終わるのを待っている。「こんな自由を味わえる日が来るなんて、考えてもみなかった」
ババク・デガンピシエ
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Newsweek 4/23号