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(回答先: イラク戦争:初めてバグダッド市東側に進撃 米軍 −毎日新聞 投稿者 怪傑 日時 2003 年 4 月 09 日 00:10:22)
イラク戦争報道の最前線で砲弾がさく裂し、記者の命を奪った。バグダッドでは8日、ジャーナリストが相次いで「標的」になった。血で染まった顔を両手で押さえる女性や、車に運び込まれるカメラマンの映像が仲間の手で発信され、衝撃が広がった。同じホテルに宿泊し、亡くなったカメラマンとも親しかった日本人ジャーナリストは「狙い撃ちだ。悔しい」と怒りをぶつけた。
ロイター通信が砲撃され、1人が死亡、4人が負傷したパレスチナホテル。同じ階にいたジャーナリストでジャパンプレス代表、佐藤和孝さん(47)は現場の様子を衛星電話で毎日新聞に語った。それによると、8日昼にホテル15階の部屋で編集作業をしていたところ、激しいさく裂音と共に建物が揺れた。「この階だ」。ある程度の爆音は慣れているが、これまでと違うと感じた。
あわてて部屋から飛び出ると、男女1人ずつが顔と頭からそれぞれ血を流し、数人に抱えられるようにエレべーターホールに運ばれていった。「どこがやられた」と叫ぶと「ロイターだ」の声が飛んだ。
ロイター通信の部屋では、入り口近くに1人が割れたガラス片の中で目を押さえて倒れていた。彼は取材でも世話になった「ポール」で、編集作業の責任者。顔が血だらけだった。
ベッドを飛び越えテラスに向かうと、窓枠が壊れ、ガラスが飛び散った中に、もう1人が倒れていた。屋外を撮影していたとみられ、カメラの脚立の下に倒れて内臓が飛び出ていた。数人で毛布をかぶせて1階まで運び、病院に向かう車に乗せた。彼はその後死亡した。彼には娘が1人いると聞いたことがある。
佐藤さんは「どこから攻撃されたのか、米軍かイラクのどちらの仕業か分からない。戦争だから何が起きるか分からないし覚悟はできている。しかし僕らは死ぬために来たのではない。ただ悔しくてならない。この部屋を狙い撃ちしたのではないか。ホテルの別の部屋には全く被害がない。ロイターの記者たちとは一緒に仕事をし、世話にもなった。ショックだ」と語った。
米軍側が「ホテルから射撃されたので戦車で撃った」と発表したことが伝えられると、佐藤さんは「私たちは当然の取材活動として外にカメラを向けている。それを狙ったのか……。ナンセンスだ」と語気を強めた。
同ホテルは、米軍が7日に占拠した共和国宮殿とチグリス川を挟んだ対岸にある高級ホテル。外国人ジャーナリスト約300人が取材拠点として宿泊し「市内で最も安全な場所」とされてきた。イラクのサハフ情報相は共和国宮殿占拠直後に、ホテルを訪れ、占拠否定の会見を行ったほどだった。
砲撃当時、ホテル周辺では激しい戦闘が発生。砲撃はホテル前でテレビ局数社が現地リポートを行っている最中だった。 【宮澤勲】
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同ホテル砲撃の前には、中東の二つのテレビ局「アルジャジーラ」と「アブダビ・テレビ」の支局が攻撃された。アルジャジーラによると、住宅地にある同テレビの事務所にはミサイル2発が撃ち込まれてほぼ全壊し、ターレック・アイユーブ記者が死亡した。
アルジャジーラでは、同僚を失った現地のタイシール・アルーニ記者のリポートを放送。「彼には1歳の娘がいる」と涙で言葉を詰まらせた。また、アイユーブ記者の死亡2時間前の現地リポートも放送、「バグダッドはとても静かです。人の姿が見えません」と報告する姿が流れた。
同テレビのアナウンサー、リマ・サラーさんは毎日新聞の電話取材に「同僚を失ったのです。悲しくて何も話す気になれません」と衝撃の大きさを話した。
[毎日新聞4月8日] ( 2003-04-08-21:22 )