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(回答先: 人間性っていうのは・・・ 投稿者 INU 日時 2003 年 4 月 14 日 19:22:08)
そもそも現在の日本人の価値体系のかなりの部分は戦後アメリカから
受け入れたものではないのだろうか。
当時と今のアメリカは違うだろうか?いくらも違うまい。
日本を挑発して戦争を引き起こした挙句に 民 間 人 を
100万人ほど殺している訳で、事の本質はどこも変わらない様に見える。
であるからには、戦後日本人はまさしく一人一殺で鬼畜米英に
一矢報いるべきだった、それも駄目ならせめて惨めったらしく
尻尾を振るような事はすべきではなかったが、
実際は全くそういう事にはならなかった。
どうしてなのかは良くは知らないが、まずこの事実が印象的ではある。
その時の日本人は”温かさと言う意味での”人間性とは
非常に遠く、しかもその後、あろう事か大虐殺の当人から
授かった似非人道主義に傾倒する事によってさらに
”温かさと言う意味での”人間性から事実上遠ざかった。
戦争と聞くだけで顔をしかめ、特攻と聞けば薄ら笑いを
浮かべながら嘲り、放置されたままの海外戦没者の事など
一顧だにせず享楽に没頭したような恥ずかしい戦後日本人は
アメリカが日本に植え付けた仮想現実世界の住人であり、
そこに注ぎ込まれる原動力がそもそも略奪による血塗られた物
だとすら気付いていない人も多い。
気付いていないからこそ似非人道主義すら守らなくなった
アメリカに憤慨するわけだが、そういったものこそが
仮想現実世界に生きてきた日本人の知らなかった、世界の
辺境や孤立国家が味わってきた不条理であり、戦後日本を支えた
収益構造の根本でもあり、それを云々したところで
お人好しが騙されて好き放題された事を後から知って抗議
するようなもので手遅れで、どうにもならない事でもある。
結局の所日本人は仮想現実世界のお客さんでしかなく、
実際の設備とその警備を行う相手に対抗する手段が目下の所
無い。
その仮想現実世界の創作者がその終結を宣言したのだから、
その住人はその主に付き従って新たな世界の誕生を見守る
しかあるまい。(この状況は、日本の主がその世の終わりを
自ら宣言した終戦当時とよく似ている)
そうでなければ自らの足で現実世界を歩くしかないけれども、
その際、仮想現実世界の価値体系を死守する断固たる理由など
見当たらない。
ならば今後何を範とし何を糧として生きるのか
は自分たちで考えなければいけない重要な問題であり、
その為には途方も無い努力と時間が間違いなく必要だ。
その現実認識と覚悟こそが必要ではないだろうか。
破壊と否定には創造と肯定で対抗しなければ根本的解決
にはならず、いずれ行き詰まるように思われる。