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(回答先: Re: お聞かせ頂ければ・・ 投稿者 アラブ妻 日時 2003 年 4 月 12 日 11:12:49)
アラブ妻さん、お返事有難うございました。
簡潔なお言葉ですが、納得しましたよ。
>彼らは、「ムスリムでなくなったら、人間でなくなると思っている」
>(表面にわかりやすい宗教儀礼は守っていないとしても)と想像してください。
日本で言う「人でなし」よりもはるかに忌避の感情が強いものが働いているように想います。
人間であることの誇りある内実を証してくれるような自己認識が、「ムスリムである事」の中に厳然とあるのだと感じました。
>「ムスリムでなくなったら、人間でなくなると思っている」
この言葉を読んで想い出した事がありますので紹介させてください。
<アイヌの人々がとても大切にしている言葉を教えてもらった。
<「アイヌ ネノ アン アイヌ(人間らしい人間)」。
<より人間らしい人間に、私はなりたい……
<こんな気持ちがこの言葉にはこめられているのだという。
「コタンに生きる」 朝日新聞アイヌ民族取材班 p123
人間の人間らしいあり方、人間が他でもないアッラーの元に人間であるあり方、そういった「心の法」を失うと人間を生きる事の誇りと愛が失われる。
こういう実感が伝わってきます。
はっ!私はどうなんでしょう。
キリスト教は現在のところキリスト教義教もしくはキリスト教徒教であり(彼らとは関係の無い”キリスト教義演技狂”は消えて欲しい)、仏教も仏教教義教もしくは仏教徒教であり、イエスや仏陀が現れた時「彼らは弟子と認めかねる」と言われるんじゃないの?と思っています。
「わが仏貴し」というのが苦手です。ムスリムにはユーラシアの旅の中で大変お世話になっていまして親愛感があります。サラームサラームで押し通せましたから(笑)
日本在住ですが、こちらの掲示板に来てくださる事を楽しみにしていますのでよろしくお願いします。
ぷち熟女さん、ラブアンド缶ピースさんなど女性である事を明言して投稿されている方も居られますから。
では (^-^)/~~~