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(回答先: Re: わたしが中国人と衝突するのはいつもこの事:彼らは,二言目には「日本人は中国人の子孫」だ,と主張する。 投稿者 猫騙し 日時 2003 年 5 月 27 日 08:07:00)
まず第一に中国人とは何ですか?岡山県や広島県に住んでいる人ではないようだね。中華人民共和国とかそのまえに中華民国というのがあって今台湾という島に中華民国の残党が行って占領しており台湾の人にえらい迷惑をかけているらしいね。
けれども台湾島にある中華民国と言わされている人たちは大陸にある中華人民共和国より先進国みたいで「頼むから中国人とよばんでくれ。カッコ悪い!!どの国に行っても中国といったら入管はうるさいが台湾人といったらニコニコではんこ押してくれる。わしらは中華民国でもましてや中華人民共和国でもない!!!!」
さて中国というのは固有名詞ではないでしょ。国連が正当な中国と認めるのは中華人民共和国ですが、これは「世界の真ん中の栄えている人民の共和国」の意味でしかない。自分の国が中心である共和国であればどこでもそう呼んでよいでしょうね。例えばインドネシアの漢字表記が中華人民共和国でも良いではないですか?
あなたの家ではあなたの男親を「お父さん」と呼ぶ。しかしこれは呼称であって固有名詞ではない。しかし家庭にはお父さんは一人しか居ない。では妹が3人居て兄貴が2人いたらそれぞれどう呼ぶか?必ず名前付きでしょう。漢字の字義から言えば中華人民共和国は一般名詞ですよ。
ところでChinaの漢字の固有名詞は何ざんしょ?漢民族とか漢字とか言いますな。漢でしょうか?漢とは劉邦という秦の始皇帝の死後に項羽という楚の名門の出身の配下に入って「漢」という日本で言えば鳥取県(鳥取県の皆さんごめんなさい。私も鳥取県気高郡出身の田舎者ですからご容赦を!)みたいな僻地に押しやられた。しかし劉邦と言うおじさんは負けなかった。最後は項羽を取り囲み項羽の投降を促すべく「四面楚歌」で勝機がないことを伝えた。項羽は愛人の虞美人を道づれに果てた。
劉邦は自分が天下を取って(といっても今のChinaの8省ぐらいの領域でインドや日本や欧州はないよ)自分の幇地であった「漢」を国号としました。これはまるで徳川家康が関が原で勝利して「三河」と国の名前をつけたようなもの。
もしもChineseが自分の国の古を誇りたければ「秦」というのが有利だと思うのですが。字を統一して度量衡を統一。そして画期的なことに諸国の王は諸侯として王はただ一人という制度とした。Chinaだって語源は「秦」というではないか。
さて「漢」が滅亡したら漢民族(漢代で米を食う揚子江南の人種も小麦を食う黄河北の河北の人間も混血が進んだことでしょう。それを総称して漢民族と言った。)は北方民族に侵略されて四散して人口は2割まで落ちた。事実上滅亡です。つまり漢民族という呼称は民族学上ナンセンスですね。
さて日本は彼の地より有史は短いけれども、面白いことに唐土よりの文化は重宝しても決して固有の言葉を捨てなかった、というより都合よく学問は尊敬して取り入れても決して唐土(もろこし)になろうとしなかった。当然彼の地の亡命者が多く来たのですが、文字だけ借用してしゃべり言葉は間が抜けた大和言葉でのまま変化させず、渡来人が多くなったら「万葉集」などといった唐土の文字を変化させた文字をつかった当て字だらけの日本語で世界で最も字数が少ない「詩」をよむことを奨励され、学問以外の情緒的表現は唐土の言葉は使わないようにした。
唐土は頭の良い人が多いかもしれないが、皆が殺しあってすぐに国がつぶれてしまい餓死したり奴隷になったりでこわいところだと思ったのでしょうか?
我々日本人は平和ボケ。でも平和ボケできるくらい落ち着いた国になれたのは島国で孤立していたことと、間延びした日本語を当て字で読み書きすることを選択した祖先のお陰なのです。