【ワシントン布施広】
米ニクソン政権が71年に歴史的な大統領訪中の準備のため密使を送ろうとした際、当時国連大使だったブッシュ元大統領の派遣を検討したものの、キッシンジャー大統領補佐官(当時)が「ブッシュは弱すぎる」と強く反対し、結局、補佐官自身が訪中した経緯が11日、明らかになった。
米民間組織「国家安全保障公文書館」が公開した71年4月27日のニクソン大統領とキッシンジャー氏の電話交信録から判明した。それによると、ニクソン大統領は「ブッシュはどうだろう」と提案。キッシンジャー氏は「絶対だめです。弱すぎるし洗練されていない」と答え、続いて大統領が「私もそう思うが、肩書きを持つ者(の派遣)を考えている」と語っている。
交信録には複数の米要人の名前が出てくるが、結局キッシンジャー氏が71年7月に極秘訪中、翌年の大統領訪中の地ならしを行った。
また前後関係は不明ながら、同氏は「今まで言わなかったが、うまくいけばベトナム戦争を年内に終わらせられるでしょう」とも語り、戦争の幕引きを始めたことを示唆している。同氏は73年、ベトナム戦争終結に努力したとしてノーベル平和賞を受賞した。
キッシンジャー氏の電話交信録は計2万ページに及ぶとされ、同公文書館によると、今回69〜74年の分が公開された。
[毎日新聞2月12日] ( 2002-02-12-18:48 )