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(回答先: 【UA93便関連アップ集1】 投稿者 あっしら 日時 2002 年 1 月 22 日 22:05:29)
[UA93便関連情報]
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ニューヨークタイムズ:2001年10月16日16:16
「我々は数機の航空機を持っている」とハイジャック犯は管制官に告げた
By MATTHEW L. WALD with KEVIN SACK,
ワシントン、10月15日:アメリカン航空11便は奇妙な沈黙状態に陥った。航空交通管制官は、再三再四応答を求めた。応答はない。そして、管制官は「我々は数機の航空機を持っている。静かにじっとしてれば大丈夫だ。我々は空港に戻っている」というコックピットからの見知らぬ声を聞いた。
困惑した管制官は「私に呼びかけているのは誰だ?」と訊ねた。
応答なし。それから、管制官は、「誰も動かないように。我々は空港に戻っている。馬鹿なことを起こそうなんてするな」というその声を再び聞いた。
その男は、自分自身が乗客に話そうと思ったのか乗務員の誰かが無線マイクをオンにするかしたために、パイロット達や管制官にモニターされている周波数で話していた。その声が、9月11日の恐怖の最初の暗示だった。
ニューヨークタイムズが入手したパイロットたちと管制官のあいだでの交信の写しは、コックピットと管制センターでじわじわ拡大していった恐怖の自覚を明らかにしている。インタビューとその他のドキュメントの一連のものは、澄み切った晴天の日常の朝がどのように刻々と混乱へそして恐怖へと変わっていったかという見えない状況を現し出している。
前例のない災厄のシグナルが、冷静できびきびした専門用語で地上と大空のあいだを弾んだ。航空会社と軍の全職員は、カオスを理解しコントロールするために苦闘した。
ハイジャックが起きたという信頼できる最初の兆候は、午前8時14分にロサンゼルスに向けボストンを飛び立ったユナイテッド航空175便によって拾い上げられた。UA175便が離陸した直後、航空交通管制官は、既に見失っていたAA11便を見つけた他のパイロットから助けを求められた。
パイロットは、離陸直後の午前8時41分に、「我々はボストンを出発したときおかしな送信を聞いた。誰かがマイクを調節したような音がし、みんなに席にとどまるよう言った」と報告した。
90秒もたたないうちに、そのパイロットの飛行機は映画のような災厄の次の1コマになってしまった。UA175便は、ロサンゼルスへの予定されたコースから離れていき地上との交信もやめた。管制官は、「トランスポンダー(位置高度を示す自動応答装置)の発信はなく、なにもなく、誰もパイロットに話していない」と語った。
そして、午前8時50分、見知らぬパイロットが共用周波数で「ローアーマンハッタンの煙が何か誰か知ってるかい?」と言った。
AA11便は、ちょうど数分前、世界貿易センターのノースタワーに激突しており、航空管制官は、別の恐ろしい沈黙に満たされているUA175便に繰り返し呼びかけた。
午前8時53分、UA175便が時速およそ500マイル(約800Km)−−−法定速度の2倍以上−−−でハドソン渓谷を南へと突っ切ったとき、ロングアイランドの地上にいた管制官には現実が明らかになっていった。管制官は、「ハイジャックかもしれない、すぐにこちらで問題が起こる」と言った。
その管制官は、まさに半分を知っていた。
最初のジェット機が世界貿易センターに激突した瞬間、インディアナポリスの管制官は、ワシントン郊外のダレス国際空港からロサンゼルスに向け飛行していたアメリカン航空77便と連絡を取ろうとしていた。そのパイロットはケンタッキー州ファルマスにある航行ビーコンに向かって飛行するよう指示を受けたことを確認していたが、地上からの呼び出しに応じることができなかった。
「アメリカン77、こちらインディ」と管制官は何度も何度も呼びかけた。「アメリカン77、こちらインディ、無線をチェックしてください。わかりますか?」
午前8時56分までには、AA77便が奪われていたことが明らかになった。ボストンから出発した航空機のハイジャックについて国防総省と既に接触していた米連邦航空局は、28分後の午前9時24分、AA77便のハイジャックを北米航空宇宙防衛総指令部か北米防空総指令部(Norad)に通知した。戦闘機がすぐにスクランブル発進した。
連邦航空局管制官がダラスにあるアメリカン航空のディスパッチャーオフィスを呼び、そこのディスパッチャーが別の無線で77便を呼び出そうとしたが失敗に終わった。
午前9時9分、アメリカン航空のディスパッチャーは77便に連絡がとれないと言ったが、会社は「2機目の航空機が世界貿易センターに激突し爆発したという未確認の報告」を受けていると言った。彼は、AA77便がその航空機かもしれないと示唆したいように思えた。しかし、実際のAA77便は、ピッツバーグを越えてワシントンへ向かってひたすら飛んでいた。
午前9時33分、およそ70分前にAA77便の完全に通常の出発を取り扱ったダレスの航空管制官が、レーダー画面で未確認の点を確認した。ダレスの管制官は、トランスポンダーの発信がないことを意味する“高速移動の主要ターゲット”がホワイトハウス・連邦議事堂・ワシントン記念碑上の飛行禁止区域に向かって東に移動していることを報告するため、カウンターパートであるレーガンナショナル空港を呼んだ。
ダレスの管理者は、ホワイトハウスのシークレットサービスに告げるためにホットラインを取り上げた。大統領はフロリダにいたが、ディック・チェーニー副大統領はホワイトハウスにいた。シークレットサービス要員は、副大統領を地下の避難壕に乱暴に押しいれた。
午前9時36分、AA77便の飛行経路にあったナショナル空港は、アンドルーズ空軍基地(ワシントンDCのもう一方側のメリーランドにある)から定期飛行で離陸していた軍のC−130貨物輸送機に、低空高速移動のターゲットをインターセプトし識別するよう依頼した。C−130の乗組員は、それが低空を高速で飛行しているボーイング757だと言った。
航空機はワシントンの中心に向かっていた。しかし、その航空機は、おそらく7千フィート(およそ2300m)−−−トランスポンダーが切られていたので正確な高度は確かではない−−−で国防総省ビルを横切り、地表近くに降下するため右に360度旋回を始めた。午前9時38分、国防総省ビル西側に激突した。
破壊力を最大限にするとともに航空機の操縦を容易にするため時速500マイル(約800Km)を超えていた。調査官は、のちにその航空機が国防総省ビル上を経路にするようオートパイロットで飛行していたと結論づけた。パイロットは、日々の仕事の負荷を最小にするとともに正確な進路と滑らかな飛行を確実にするためオートパイロットを利用する。
ペンタゴン激突のちょうど数分前、ニューアークからサンフランシスコに向け飛行していたユナイテッド航空93便がクリーブランド近くで予定進路から逸脱した。UA93便がハイジャックの警告を受けたことは今や明白である。
UA93コックピットの背景ノイズをカットすると、乗員は、ホームコンピュータで電子メールメッセージの到着を知らせるような“ピーン”という電子音を聞いていたようだ。それは、シカゴ近くのフライトディスパッチャーから無線で送られてきたテキストメッセージの到着だった。メッセージは「コックピット侵入に気をつけろ」というものだった。
メッセージは、オヘア国際空港近くにあるユナイテッド航空オペレーションセンターの“大陸横断”デスクに座っていたディスパッチャー(その朝の別の14機の航空機に対するのと同様175便と93便もフォローするよう配置されていた)から送られた。ディスパッチャーは、UA175便がハイジャックされたことが確認された後で、監視していた全ての航空機にそのメッセージを送っていた。
UA93便の操縦室にいたジェーソン・ダール機長と副操縦士レロイ・ホマーは、西に向け飛行を続けていた。攻撃前の最後の数秒間では、激しく反応する格別の理由はなかった。
ある航空乗員は、「アメリカではいつでもそのようなメッセージを受け取る。私は“ろくでなしめ”と考えるだろう。そして、既に起こったことだ、たぶんまた起こることはないだろうと考える」と言った。
9月11日以降、UA93便でのハイジャック犯と乗客の戦いの詳細がわかってきている。航空交通管制に関わっている人々は、連邦捜査局(FBI)がその航空機の会話を記録した飛行記録テープを押収し、そのフライトと地上との交信内容を確認できる写しはないと言った。しかし、そのテープを聞いた人によれば、『対決の非常に騒々しい音が頻繁に聞こえ、とてもごちゃごちゃしているが、「おい、ここから出ていけ!」といった識別できるフレーズもある』という。
頻繁に外国語の音があった。管制官はアラビア語だと思った。
UA93便は、午前10時10分、ペンシルバニア西部の野原に墜落した。しかし、その朝の最終的なコックピット侵入の前に、パイロットの一人が、シカゴからの警告が届いたeメール装置に向かい、画面にキーボードを表示させるためのボタンを操作し、「確認した」というワンワードの返事をタイプしていたことは確かだ。
バージニア州ハンプトンにあるラングレー空軍基地から飛んだF−16が到着したときにはすでに墜落していた。
ラングレーとコッド岬にあるマサチューセッツ州ファルマスのオーティス州空軍基地両方の2組の戦闘機パイロットたちは、いつものように朝を過ごしていた。座って待機し、彼らを時として超音速ジェット機のコックピットへとせき立てる鋭いクラクションの嵐を聞かないまま今日も過ぎるのかどうかと考えながら...
長年、アメリカ本土を空襲するという脅威は9月11日の朝の時点までひどく小さなものとみなされていた。全土が、7つの基地のあいだに散らされている14の州空軍部隊の航空機によって防御されていた。
AA11便のハイジャックに関してオーティスに最初の指令が届いたのは、連邦航空局がニューヨーク州ロームにあるNoradの一部門である北米防空セクターに最初に通知した6分後の午前8時46分である。6分後、1977年に製造され熱追尾型とレーダー誘導型のミサイルを装備した定評ある2機のF−15がNoradスケジュールに従ってスクランブル発進した。
パイロットの一人は、仕事として商用飛行機を飛ばしている非常勤の州兵だった。別のジェット機は、空軍州兵の常勤メンバーによって飛ばされた。
しかし、命令はあまりにも遅かった。オーティスのパイロットたちが彼らのジェット機へと駆けていたとき、最初の航空機は世界貿易センターに飛び込んでいた。UA175便が戦闘機派遣の10分後である午前9時2分に2番目のタワーに激突したとき、F−15はおよそ71マイル、8分離れたところにいた。戦闘機が到着した時、手を施しようもないパイロットは、荒廃した光景を最初に空から眺める立場になった。
“幸福なフーリガン”というニックネームを持つノースダコタ州空軍の第119戦闘機航空団に割り当てられていた全機材であるラングレーの3機のF−16も、ペンタゴンに激突したAA77を迎撃するにはあまりにも遅いスクランブルだった。
しかし、ユナイテッド航空93便がペンシルバニアで墜落していなかったら、ラングレーを飛び立った3人のパイロット−−−彼らのうち2人は商業航空会社のパイロット−−−は、38人の乗客と7人の乗務員が乗っている商業定期旅客機を撃ち落とすかどうかという悪夢のような決定に直面していたかもしれない。
ノースダコタ州軍の副官であるマイク・J・ハウゼン少将は、「考えることさえできないことをしなければならなくなることを防いだ。それは、あなた自身の市民に対して、あなた自身の兵器とあなた自身の訓練を行使することなんだ」と語った。
軍はパイロットたちの会見を許可しなかった。そして、ニューヨークタイムズはセキュリティのために彼らの名前を明示しないことに同意した。しかし、9月11日の彼らの活躍の詳細は、他の州軍高官とのインタビューを通じて見えてきた。
ラングレーで、ノースウエスト航空の33歳のパイロットで飛行指揮に指名されたパイロットは、誰かがテレビルームで「おい!航空機が世界貿易センターに突っ込んだぞ!」と叫び声をあげた時、コーヒーを飲んでいた。
「あまりにも突然だった」と部隊の前司令官ライル・アンドヴィク大佐は言った。「誰もが信じられないことが起きたんだ。彼らは北東防空セクターから命令を受け、パイロットたちはスクランブルの笛を聞き、階段を下りドアから出てジェット機に搭乗し発進した。その時、彼らは自分がなぜスクランブルさせられているのか認識できなかった。彼らは、他の航空機がハイジャックされていることを認識していなかった」
防空部門からコードネーム“ハンター”の命令を受けて6分後の午前9時30分、Noradスケジュールに従い3機のF−16が飛び立った。最初、飛行機は最高速度でニューヨークに向かいおそらく2分以内で時速600マイルに達したとハウゼン将軍は語った。そして、編隊飛行していた彼らは、西へと電波で進路を指示され新しいフライト目標を与えられた。レーガンナショナル空港である。
6発のミサイルを搭載した飛行機は、連邦航空局がすべての民間航空機に着陸するよう命令しているのを無線ヘッドセットから聞いたとき、超音速のすぐ下までスピードを落とし高度25000フィート(約8300m)で飛行していた。どれほど深刻な状況かを示す次の兆候は、ほとんど緊急戦時状況を示唆するコードが飛行機のトランスポンダー向こうの無線連絡フォームへの到着である。
ハウゼン将軍は、『彼らは、無線連絡を受け、飛行機が着陸する予定になっていることを聞いた。そして、ハンターが「フーリガン飛行隊、ペンタゴンが燃えているのを確認できるか?」と言った』と、指揮飛行機が見下ろしペンタゴンが燃えているのを確認したと付け加えながら語った。
そして、パイロットは、あのとんでもない朝のもっとも超現実的な命令を受け取った。ハウゼン将軍は、『ある人物が無線に割り込み、シークレットサービスだと名乗った。そして、「どんな犠牲を払ってもホワイトハウスを防御するように」と言った』と語った。
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10/16『ニューヨークタイムズ』同時多発テロ記事の全訳と大いなる疑問点
[ニューヨークタイムズ「ハイジャック経緯」記事の疑問点]
9月11日の同時多発テロについては、首謀者・黒幕が誰だということより、とにかく、実行犯の特定に全力を傾けるべき(アメリカ政府は今さらそんなことはしないから、その他の人々が!)と思っている。そこから徐々に全体像が解明されていくはずだ。
実行犯に対する捜査の完了と起訴という手続きなしでのタリバンへの犯人引き渡し要請でさえ笑止千万であるのに、もう1ヶ月以上もタリバンへの攻撃を継続している。
アフガニスタンを攻撃するアメリカ及びその同盟国そしてそれを容認している「連合国」(国連)は、国際法違反や人権侵害どころか、タリバンよりひどい極悪非道の邪悪な存在というしかない。
ハイジャックに関する資料の提供を呼びかけたところ、10月16日付ニューヨークタイムズの記事をアップしていただいたので、それを翻訳して読んでみた。以下の内容は、ざっと読んで抱いた疑問である。
拙訳と原文をフォローアップにアップしていますので参照してください。
誤訳もどしどし指摘してください。
私の疑問点の解消や別の疑問もどんどんアップしてください。お願いします。
アメリカ合衆国の防衛システム及び軍人が無能で無力だったんだと言ってしまったり、捜査当局や国防総省などその他の当局者がデータを非公開しているからと言ってしまったら、それまでという疑問も多いのが(笑...
● 本当にカッターナイフや小型ナイフで実行できたハイジャックだったのか?
記事全体を読んで何より疑問に思うのは、本当に4〜5人が小型ナイフで実行できたようなハイジャック事件なのかということである。
※ もちろん、隔離された密室でのできごとなので、小型ナイフでハイジャックされたということ自体証拠はない。それは、UA93便(ペンシルバニア州で墜落)の乗客やAA11便の客室乗務員からの携帯電話通話の内容から推定したもののようだ。
あの4機の航空機は、コックピットにいる見知らぬ声との無線交信、トランスポンダー(自機の位置と高度を自動的に知らせる装置)の切断、無線応答不能、そして、コース逸脱などによって、航空当局からハイジャックと認識されている。
ハイジャック信号や肉声でパイロットからハイジャックが告げられることはなかったようだ。
コックピットは、最低でも正副二人のパイロットが存在している狭い空間である。そこを、小型ナイフを使って瞬時に制圧できるものだろうかという疑問である。
荷物かなにかを爆弾のように見せて脅したという話もあるが、コックピットでは爆弾があるかどうかでパイロット達の対応にあまり変化はないだろう。
ペンシルバニア州で墜落したUA93便は最初の事件から時間が経過していたこともあって、記事でも、
『UA93コックピットの背景ノイズをカットすると、乗員は、ホームコンピュータで電子メールメッセージの到着を知らせるような“ピーン”という電子音を聞いていたようだ。それは、シカゴ近くのフライトディスパッチャーから無線で送られてきたテキストメッセージの到着だった。メッセージは「コックピット侵入に気をつけろ」というものだった。』
とあり、少しあとで
『UA93便は、午前10時10分、ペンシルバニア西部の野原に墜落した。しかし、その朝の最終的なコックピット侵入の前に、パイロットの一人が、シカゴからの警告が届いたeメール装置に向かい、画面にキーボードを表示させるためのボタンを操作し、「確認した」というワンワードの返事をタイプしていたことは確かだ。』
とある。(このすぐあとに、そんな警告は無視するもんだという航空機乗員の話がわざわざ書かれているが)
このような状況で、コックピットが小型ナイフで瞬時に制圧されるものだろうか?
それこそ、権威ある当局の身分証明書か何を提示してコックピットのドアを開けてもらい、中に入りドアを閉めてパイロット達となごやかに話しながら、瞬時に効果を発揮する“ガス”か拳銃で撃つかという攻撃方法でなければ無理のように思われる。(“ガス”の場合は犯人に対策が必要。ナイフでは二人を瞬時に仕留めるのは無理だ)もちろん、オートパイロットが作動していることが条件とはなるが...
そうであれば(拳銃の場合は消音装置付き)、客室はハイジャックされたことさえ知らないままである。「おかしいな、マンハッタンが見えてる」くらいの気持ちだろう。こうであれば、UA175便やAA77便から外部にかけられた携帯電話に関する情報がないのも納得できる。(携帯電話での外部との通話に関する情報は、これまで見聞きしている範囲ではUA93便がいちばん多く、AA11便では客室乗務員の1つである)
もちろん、正規パイロットがそのまま“ハイジャック”?して突っ込んだという考えもある。正副二人のパイロットがいるが、片方だけが犯人であっても、片方を何とかしてしまうことはできるだろう。AA11便とUA175便は、ハイジャック犯とおぼしき人物を管制官が見知らぬ声と認識しているから、この推測はあてはまらないようだが...
● AA11便(最初のノースタワー激突機)ハイジャックを管制当局が認識した時刻
記事のなかでタイトルにも使われている、『管制官は「我々は数機の航空機を持っている。静かにじっとしてれば大丈夫だ。我々は空港に戻っている」というコックピットからの見知らぬ声を聞いた。困惑した管制官は「私に呼びかけているのは誰だ?」と訊ねた。応答なし。それから、管制官は、「誰も動かないように。我々は空港に戻っている。馬鹿なことを起こそうなんてするな」というその声を再び聞いた。』という部分があるが、
そのようなやり取りが行われた時刻は明示されていない。
このやり取りの時刻と推測するならば、後述の、
『ハイジャックが起きたという信頼できる最初の兆候は、午前8時14分にロサンゼルスに向けボストンを飛び立ったユナイテッド航空175便によって拾い上げられた。UA175便が離陸した直後、航空交通管制官は、既に見失っていたAA11便を見つけた他のパイロットから助けを求められた。パイロットは、離陸直後の午前8時41分に、「我々はボストンを出発したときおかしな送信を聞いた。誰かがマイクを調節したような音がし、みんなに席にとどまるよう言った」と報告した。』を読めば、
“信頼できる最初の兆候”というからには記事先頭部分のやりとりは午前8時41分以降のできごとと考えられる。この部分の記事より、先頭部分の内容の方がより“信頼できる兆候”であろう。AA11便を既に見失っていたとあるから、それ以前から疑問はもっていたのだろう。
では、記事の先頭部分は、午前8時41分からWTCノースタワーに激突する午前8時45分までのあいだのできごとなのだろうか。
しかし、さらに後ろにある次の記事内容を読むといっそう謎は深まる。
『AA11便のハイジャックに関してオーティスに最初の指令が届いたのは、連邦航空局がニューヨーク州ロームにあるNoradの一部門である北米防空セクターに最初に通知した6分後の午前8時46分である。』とあるから、
管制当局がハイジャックを認識して防空部門に通知したのは午前8時40分ということになり、午前8時40分より前に管制当局はハイジャックを認識していたことになる。
それまでの記事内容との整合性が取れていない。
● UA175便(2番目のサウスタワー激突機)はいつハイジャックされたのか
UA175便は、『パイロットは、離陸直後の午前8時41分に、「我々はボストンを出発したときおかしな送信を聞いた。誰かがマイクを調節したような音がし、みんなに席にとどまるよう言った」と報告した。90秒もたたないうちに、そのパイロットの飛行機は映画のような災厄の次の1コマになってしまった。UA175便は、ロサンゼルスへの予定されたコースから離れていき地上との交信もやめた。』となっているので、
UA175便は、午前8時42,3分頃ハイジャックされたと思われる。
※これは疑問というより整理です。もちろん、他の資料に照らせば、UA175便の進路状況からもっと早く“おかしさ”がわかっていたのではという疑問はある。
● 米連邦航空局や国防総省がAA77便(ペンタゴン激突機)の対応に手間取ったわけは?
記事では、
『午前8時56分までには、AA77便が奪われていたことが明らかになった。ボストンから出発した航空機のハイジャックについて国防総省と既に接触していた米連邦航空局は、28分後の午前9時24分、AA77便のハイジャックを北米航空宇宙防衛総指令部か北米防空総指令部(Norad)に通知した。戦闘機がすぐにスクランブル発進した。』
とあり、
AA77便がハイジャックされてから、なんと“28分後”まで防空当局に通知がいっていないのである。既に、1機はノースタワーに激突、そしてAA77便がハイジャックされたと認識してから6,7分後にはサウスタワーに2機目が激突しているという状況において!!
しかも、AA11便と思われるボストンから出発した航空機(記事はなぜ明示的でないのか?)のハイジャックの件で国防総省とコンタクトをとっているなかでのハイジャックだ。
そうでありながら、国防総省はなんら動かず、FAAが“28分後”に防空当局に連絡をとってからスクランブル発進が行われたのである。国防総省が動いていれば、スクランブルはもっと早く行われていたはずだ。
このような経緯は、新聞記者であれば当然その理由を正すべきであろう。
● AA77便はなぜレーダーで追跡できなかったのか?
『「アメリカン77、こちらインディ」と管制官は何度も何度も呼びかけた。「アメリカン77、こちらインディ、無線をチェックしてください。わかりますか?」午前8時56分までには、AA77便が奪われていたことが明らかになった。』
とあり、記事では少しあいだがあいて
『午前9時33分、およそ70分前にAA77便の完全に通常の出発を取り扱ったダレスの航空管制官が、レーダー画面で未確認の点を確認した。ダレスの管制官は、トランスポンダーの発信がないことを意味する“高速移動の主要ターゲット”がホワイトハウス・連邦議事堂・ワシントン記念碑上の飛行禁止区域に向かって東に移動していることを報告するため、カウンターパートであるレーガンナショナル空港を呼んだ。』とある。
ダレスの管制官が9時33分にのちにAA77とわかる未確認飛行物体を確認した(先日アップしたABC特集番組での本人のインタビューによれば9時27分には確認)というが、インディアナポリス管制センターは7000フィート以上で飛行していたと思われる(ペンタゴンの近くで高度7000フィート)ハイジャック機をなぜレーダーから見失ったのか?トランスポンダーが作動していなくても、ある一定程度の高度があればレーダーには表示されるはずである。また、このとき空軍防空システムのレーダーはどうなっていたのか?(既に2機が激突している緊急事態に対して)
● AA77便に対しラングレーを緊急発進したF−16はなぜニューヨークに向かったのか?
AA77便のハイジャックを受けて、
『防空部門からコードネーム“ハンター”の命令を受けて6分後の午前9時30分、Noradスケジュールに従い3機のF−16が飛び立った。最初、飛行機は最高速度でニューヨークに向かいおそらく2分以内で時速600マイルに達したとハウゼン将軍は語った。そして、編隊飛行していた彼らは、西へと電波で進路を指示され新しいフライト目標を与えられた。レーガンナショナル空港である。』
とある。
AA77便はダレス空港からロサンゼルスに向け西に飛んでいて、ハイジャック後180度反転するかたちでワシントンに戻るため東に向かって飛んでいていたはずである。F−16は、なぜまっすぐワシントン方向に向かわずニューヨークに向かい、途中でワシントンに向かうことになったのか?
● なぜ、連邦空軍のスクランブルはなかったのか?
記事全体を読めばわかるように、今回の事件である時刻までにスクランブル発進した空軍機は、オーティスのF−15(2機)とラングレーからのF−16(3機)であり、連邦空軍の戦闘機などは飛んでいないようだ。しかも、5人のパイロットの内3人が商用飛行機のパイロットを正業とするパートタイマー(非常勤)のパイロットである。
その唯一の例外が、
『午前9時36分、AA77便の飛行経路にあったナショナル空港は、アンドルーズ空軍基地(ワシントンDCのもう一方側のメリーランドにある)から定期飛行で離陸していた軍のC−130貨物輸送機に、低空高速移動のターゲットをインターセプトし識別するよう依頼した。C−130の乗組員は、それが低空を高速で飛行しているボーイング757だと言った。』である。
連邦空軍からは、なんと“ついで”の貨物機が対応しただけだという。
● UA93便(ペンシルバニア州で墜落)は本当にハイジャック機だったのか?
UA93便については、
『ペンタゴン激突のちょうど数分前、ニューアークからサンフランシスコに向け飛行していたユナイテッド航空93便がクリーブランド近くで予定進路から逸脱した。UA93便がハイジャックの警告を受けたことは今や明白である。』
とあり、9時35分頃ハイジャックが表面化したことになっている。
しかし、9時35分であれば飛行中の全民間航空機が着陸するよう指示をとっくに受けていた時刻であり、コースを変更したことをもって即ハイジャックとは言えないはずだ。
これについて管制とのやり取りなどは何も示さず、
『9月11日以降、UA93便でのハイジャック犯と乗客の戦いの詳細がわかってきている。航空交通管制に関わっている人々は、連邦捜査局(FBI)がその航空機の会話を記録した飛行記録テープを押収し、そのフライトと地上との交信内容を確認できる写しはないと言った。』
と、ただ、FBIの言い分を書いているだけである。
この航空機だけ、数人の乗客が携帯電話で外部と連絡を取り合ったことになっているのも不自然だ。
『頻繁に外国語の音があった。管制官はアラビア語だと思った。』ともあり、
他のハイジャックのやり取りはどんな感じの英語だったかはまったく触れていない。もちろん、他の航空機のボイスレコーダーはまだ見つかっていないようだが、管制官は何回か聞いているものもある。
また、『バージニア州ハンプトンにあるラングレー空軍基地から飛んだF−16が到着したときにはすでに墜落していた。』とあるが、
別情報では、UA93便の機体のまわりを旋回しているF−16が確認されているともある。
さらには、あの『ウルフォウィッツ米国防副長官はしばらくして、93便を米空軍機が追尾していた事実を認めたが、撃墜説は否定した。』(テロで墜落UA93便ナゾの「最後の瞬間」〜米政府高官「目標は連邦議事堂」〔東京新聞〕より)という情報もある。
ウルフォウィッツ米国防副長官は、対イラク強硬論者で有名だが、いろいろな“政策機関”にも首を突っ込んでいる人物で、肩書きからも、ラムズフェルド(彼はラムズフェルドの子分みたいだが)以上に今回の“アフガン攻撃”で実務的“辣腕”をふるっているはずだ。
個人的な思いとしては、UA93便の墜落原因はあまり詮索する気はしない。ハイジャック機であったならば、撃墜して当然だし、そうであっても撃墜という発表はしづらいだろう。
ただ、アメリカのTVニュースでは、UA93便のボイスレコダーは墜落現場からおよそ8Km離れたところで発見されたという。墜落の衝撃でボイスレコーダーは8kmもふっとぶものだろうか?
● 墜落したUA93便に対応するスクランブル発進はなかったのか?
AA11・UA175・AA77のハイジャックに対しては、別々の州空軍の2機のF−15と3機のF−16がスクランブルしている。しかし、UA93便のハイジャックに対して直接スクランブルがかけられたという記事内容はない。
『“幸福なフーリガン”というニックネームを持つノースダコタ州空軍の第119戦闘機航空団に割り当てられていた全機材であるラングレーの3機のF−16も、ペンタゴンに激突したAA77便を迎撃するにはあまりにも遅いスクランブルだった。』
とはあるから、
ラングレーから発進したF−16は、AA77便に対応するため最終的にワシントンに向かって飛んでいる。
UA93(10時10分に墜落)は9時36分にハイジャックされたと認識されている。それに対するスクランブルはなかったのだろうか?
[別の疑問:アメリカの軍体系について無知なので、どなたか教えて欲しいのですが、「ノースダコタ州空軍の第119戦闘機航空団」がバージニア州の基地に駐屯しているものなんですか?]
記事の後半部分のほとんどを占めるノースダコタ州軍副官の話を読むと、墜落なのか撃墜なのかという疑問さえ投げかけられているUA93便に対しては、AA77便に対してスクランブルしたF−16があとから対応したものと思われる。所属パイロットが民間航空機を撃墜するかどうか苦しまなくてよかっという発言もあるのだし.....
前の方の記事中にも『ノースダコタ州空軍の第119戦闘機航空団に割り当てられていた全機材であるラングレーの3機のF−16』とあるのだから、ノースダコタ州空軍の全航空機がAA77便に対して発進したはずである。