投稿者 dembo 日時 2001 年 12 月 05 日 17:57:41:
新世紀へようこそ 057 テロ国家
ノーム・チョムスキーという言語学者がアメリカにい
ます。
30代に生成文法というまったく新しい文法理論を作
り上げた天才です。これはすべての文法の背後にある原
理を明らかにした、画期的な理論でした。
それと同時に彼は、この何十年かはアメリカ政府の対
外政策について厳しい批判を展開してきた論客です。ベ
トナム戦争に反対するチョムスキーの論は、当時のアメ
リカでは珍しく明快で説得力に富むものでした。
この人物が、9月11日の同時多発テロの後で行った
インタビュー集が翻訳・刊行されました。
『9.11 アメリカに報復する資格はない!』
翻訳は山崎淳さん。版元は文藝春秋。定価1143円
+税です。
彼の論旨は今回もはっきりしています。
これは犯罪なのだから、アメリカ政府は容疑者である
ビン・ラディンを捕らえて裁判にかけるべく努力すべき
だった。
IRA(アイルランド共和国軍)は長年に亘ってロン
ドンなどで爆弾テロを実行してきたが、だからと言って
イギリス政府は彼らの拠点であった西ベルファストを爆
撃はしなかった。イギリスはテロリストを追い詰めて逮
捕し、裁判にかけ、少しずつ彼らの力をそぐと同時に、
北アイルランドの人々の言い分を聞く姿勢を見せ、今は
最終的な和解が見えてきた。
オクラホマ・シティーで連邦ビルが爆破された時、実
行者の拠点であったモンタナやアイダホを殲滅しろとい
う声はあがらなかった。犯人ティモシー・マクベイは逮
捕され、通常の裁判に掛けられ、死刑になった。
「犯罪の場合には、スケールがどうであれ、適当かつ
合法的な対処方法がある。先例もある」とチョムスキー
は言います。
彼がこの本の中で言っていることで最も重要なのは、
アメリカこそが世界最大のテロ国家であるということで
す。
彼の話は具体的です。
1985年、時のレーガン政権はベイルートのあるモ
スクの外に爆弾を仕掛けたトラックを停めて、ある聖職
者を暗殺しようとした。試みは失敗して聖職者は逃れた
が、その一方80名が亡くなり、250名が負傷した。
その大半は女性と子供だった。
手口としてはティモシー・マクベイがやったオクラホ
マの連邦ビル爆破とまったく同じです。
この件は3年後になって「ワシントン・ポスト」が報
じた。
***
1980年代にアメリカ政府はニカラグアの「内戦」
の一方に肩入れして、執拗な武力攻撃を行った。
ニカラグアの人々はハーグの国際司法裁判所に訴え、
裁判所は武力行使を停止した上で賠償金を払うようにと
いう判決を出した。
アメリカ政府はこれを冷笑と共に無視し、攻撃を倍加
した。
ニカラグアはことを国連の安全保障理事会に持ち込ん
だ。理事会は、すべての国家が国際法を守るようにとい
う決議案を出したが、アメリカは拒否権を発動してこれ
を葬った。
ニカラグアは更に国連総会に訴え、ここで決議案は採
択されたが、この決議に実効性はなかった。この時に反
対したのはアメリカとイスラエルの二か国のみ(つまり、
日本でさえ賛成したわけですね)。
***
1998年8月、アメリカはスーダンの首都郊外にあ
ったアル・シーファ製薬工場を巡航ミサイルで攻撃した。
これは、アフリカの米大使館連続爆破の「報復」とし
て行われたもので、アメリカ政府はここで化学兵器が作
られていたと主張しているけれども、アメリカのマスコ
ミもこれは「誤認」ではないかと言っている。
「ボストン・グローブ」紙によれば──
「命を救う機械(破壊された工場)の生産が途絶え、
スーダンの死亡者の数が、静かに上昇を続けている……
こうして、何万人もの人々──その多くは子供である──
がマラリア、結核、その他の治療可能な病気に罹り、死
んだ。[アル・シーファは]人のために、手の届く金額
の薬を、家畜のために、スーダンの現地で得られるすべ
ての家畜用の薬を供給していた。スーダンの主要な薬品
の九〇%を生産していた……」。
***
これらアメリカ政府が行ってきたテロ行為の話は、あ
まりにショッキングなことで、信じるのはむずかしいか
もしれません。
特にアメリカ人の多くは自国の政府が海外で何をして
いるかにさほど関心がないので、いきなりこういう報道
に接するととまどってしまう。
何か一種反米的なプロパガンダではないかと思いかね
ない。
しかし、やはり嘘ではないだろうとぼくは考えます。
一つ二つならばともかく、アメリカ政府のふるまいには
こういう事例が多すぎるのです。
***
ニューヨークの世界貿易センタービルで亡くなった人
の数はその後なぜか減りつづけて、今は四千人から五千
人の間、ひょっとしたら三千人を切るかもしれないとさ
え言われていますが、それでもアメリカはこれだけの人
々を亡くし、あの二棟の建物を失った被害国です。
しかし、この被害国はまた歴然たる加害国でもあった。
ここ何十年か連綿としてそうであった。
それを認めないわけにはいかないのです。
湾岸戦争については、『アメリカの戦争犯罪』という
本が出ています(柏書房)。いわゆる告発本ではなく、
アメリカの元司法長官ラムゼイ・クラークらによる、国
際的かつ広範囲の調査の報告書です。
***
ブッシュ政権が今、武力攻撃の範囲を、ソマリア、ス
ーダン、イエメン、さらにはイラクまで広げようとして
います。
これには、今までアフガニスタンにおけるアメリカの
ふるまいを認めてきた同盟各国が、反対意見を表明して
います。いかになんでもそこまではついていけないとい
う感じです。
以下に新聞などで報道された各国首脳の発言をまとめ
てみます。
# ヨルダン
「(拡大は)ひどく危険で、地域の境界をこえる否定的
結果につながるだけ」
「ヨルダンは、武力行使とイラクの事態への外部干渉、
その保全への干渉を拒否する」
# シリア
「(拡大は)致命的なあやまり」
「いかなるアラブへの軍事攻撃も際限のない問題へとつ
ながる」
# イラン
「イランは、イラクへのどんな攻撃にも強く反対する」
「イスラム世界全体がこれに反対していると考える」
# トルコ
「イラクへの作戦は望まない、とくり返しのべてきた」
# アラブ連盟
「イラクおよび他のアラブ諸国にたいする攻撃は受け入
れられない」
「いかなるアラブの国への軍事攻撃であれ、それは国際
反テロ連合内のコンセンサスの終わりをまねくだろう」
# エジプト
「テロ問題の解決のためには国連の管轄のもとでおこな
うべき」
「国際社会全体がテロとのたたかいに貢献するためには、
国連中心という点での合意を維持する必要がある」
「アフガン(攻撃)後、軍事的手段で問題解決をはかる
べきではない」
# ドイツ
「ドイツ軍はイラクやソマリアなどアフガニスタン以外
の国への軍事介入を予期していない」
# フランス
「アフガン以外の国への軍事行動は必要ない」
# 中国
「われわれは理由のない攻撃拡大に反対である」
これら各国の反応と対照的に、当初二つの国がアメリ
カの動きに追従する姿勢を示しました──
# イギリス
「かねてから第二段階の作戦があるといってきた」
「テロリストをコントロールできない国に対する一定の
侵略的な軍事行動が妥当になるかもしれない」
# 日本
「(自衛隊派兵は)イラクというのであれば、イラクも
入る」
「特措法の対象国に特段の限定はない」
その後、イギリス政府は「米国がアフガニスタン以外
にも軍事行動を拡大することを支持しない」と姿勢を変
えました。
日本の場合は、上記のは杉浦外務副大臣の発言で、福
田官房長官は「実際に協力するかどうかは諸般の事情に
照らし主体的に判断する問題だ」と少し軌道を修正しま
した。
しかし、では「主体的に」どう「判断する」のかとい
う肝心のところがわからない。アメリカの戦線拡大を日
本は支持しないと言い切ったわけではない。
ソマリアを空爆に行く攻撃機の燃料を日本の海上自衛
隊が空母まで届けるということにならなければいいので
すが。
自衛隊をテロ国家の手兵にしてはいけないと思います。
(池澤夏樹 2001−12−05)
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