投稿者 あっしら 日時 2001 年 11 月 07 日 14:17:39:
「毎日新聞」の記事
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ニカラグア大統領選:
米「反オルテガ」宣伝 国民の不安あおる
【ワシントン吉田弘之】与党・立憲自由党(PLC)のボラニョス前副大統領(73)が5日当選したニカラグア大統領選は、同時多発テロ事件で「テロとの闘い」の大儀名分を得た米国が選挙に介入したことがボラニョス当選につながったといえる。
同国の主要産業であるコーヒー豆の価格は下落し、多くの栽培園が閉鎖されて貧困層は国民の約70%にまで拡大した。腐敗がはびこる現政権への強い不満が、もう一人の候補、サンディニスタ民族解放戦線(FSLN)のオルテガ元大統領の支持率を押し上げた。
その一方でオルテガ氏は大統領時代(84―90年)に、私有財産没収や言論統制、人権侵害を行っており、かつての仇敵・米国が反オルテガ宣伝を展開した。
米国は選挙前から与党統一候補の擁立に積極的に関与した。選挙中も「オルテガ氏は米国の敵」と宣伝を繰り広げ、米国の経済援助を必要とする国民の不安をあおった。露骨さは選挙監視団代表として現地入りしたカーター元米大統領が「他の主権国の選挙に影響を与える行為に反対する」と語ったほどだ。
米国が同氏に危機感を覚える最大の理由は、同氏がキューバ、リビアと盟友関係にあったことだ。同氏は選挙戦で対米協調路線を打ち出したが、米国は中米での親カストロ政権誕生を避けたかったとみられる。
もう一つの理由は、FSLNがコロンビアの反政府ゲリラ「コロンビア革命軍」(FARC)と親密な関係にあるとされることだ。巨費を投じてコロンビアからの麻薬追放政策を進める米国にとって、麻薬が資金源のFARCは最大の障害だ。
[毎日新聞11月7日] ( 2001-11-07-01:38 )
「読売新聞」の記事
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ニカラグア大統領選、ボラニョス氏が当選
【マナグア5日=大屋敷英樹】中米ニカラグアで4日行われた大統領選は、最高選挙管理委員会が5日深夜発表した中間集計(開票率28%)によると、保守与党・立憲自由党のエンリケ・ボラニョス前副大統領(73)が得票率54・7%を獲得、左翼野党サンディニスタ民族解放戦線(FSLN)のダニエル・オルテガ元大統領(55)の同44・7%を上回った。ボラニョス候補は同日マナグア市内で、「民主主義を確固としたものにするため我々は新たな一歩を踏み出した」と勝利宣言。オルテガ候補も「国民の負託を受けた立憲自由党の勝利を祝福する。野党としてニカラグアの発展に尽くす」と述べ、敗北を認めた。
新政権は来年1月に発足。対外債務67億ドル余を抱える経済の再建と、人口の8割を占める貧困層の救済、失業対策が課題となる。
ソモサ独裁政権を倒し、79―90年まで革命政権を率いたオルテガ氏は、抜群の知名度を生かし、11年ぶりの政権返り咲きを狙った。しかし、ボラニョス陣営が国際的な反テロ機運を利用する形で、オルテガ氏がイラクなどの独裁国家と接点があるとして宣伝したのと、米国も革命政権下での「人権問題」を批判して、ボラニョス氏を側面支援したことが響いた。
◆エンリケ・ボラニョス・ゲイエル氏(73) ニカラグアを代表する企業家出身。79―90年のサンディニスタ民族解放戦線(FSLN)政権時代は、企業擁護の論陣を張って2回投獄され、資産も没収された。選挙戦では、FSLN政権時代に米資産を接収したオルテガ候補を嫌う米国が肩入れし、追い風となった。
1928年、南西部マサヤ生まれ。米セントルイス大修士課程と首都マナグアの中米経営学大学院を卒業。農産物や綿花、繊維などを扱う企業グループを率い、経営者協会会長など財界要職を歴任して、80年代に政界入りした。
アレマン現政権下では副大統領として政権中枢にいながら存在感に乏しく、さしたる政治的実績がないのも事実。誠実な人柄だが、カリスマ性には欠ける。
同国経済を疲弊させた内戦の傷跡は今も深く、貧困・雇用対策、インフラ整備など課題は山積。3年前にハリケーン被害、今年は大干ばつが経済苦境に追い打ちをかけている。ビジネスで培った実務手腕を生かし、国家指導者としての顔を確立できるかが問われる。任期5年。リラ夫人との間に3男1女。(マナグア 大屋敷英樹)
(11月7日01:01)