投稿者 いがらし 日時 2001 年 10 月 31 日 09:23:11:
シュレジンジャー元大統領特別補佐官、米テロを語る ―― 一問一答
(10月29日 東京新聞)
〔国家VSテロ組織「戦争」ではない〕
アメリカが震えた十三日間――昨年公開された映画「13デイズ」に描かれたキューバ危機の裏方、シュレシンジャー元大統領特別補佐官は米中枢同時テロとそれによって引き起こされたアフガン攻撃という米国の危機を国際政治・歴史学者として冷静にとらえていた。以下はニューヨークの自宅における同氏との一問一答。(ニューヨーク、真能秀久)
【攻撃拡大 ビンラディン氏の術中】
『米の軍事行動』
――米軍によるアフガニスタン攻撃が激しさを増している。団家対テロ組織という「新しい戦争」をどう見ているか。
「国際テロ集団との戦いに、『戦争』という言葉を当てはめてはならない。主権団家同士の紛争ではないからだ。殺人集団を誇大視する必要はない。今回の行動は、反テロ国家連合による『警察活動』と呼ぶべきだ。殺人を犯したグループを特定し、追いつめ、逮捕し、裁判にかけるという『警察活動』から逸脱してはならない」
――その意味で米国の軍事行動は適切か。
「アフガン空爆によってタリバンの軍事拠点、通信施設はほぼ壊滅した。やむを得ない理由がない限り、空爆を停止するか、極端に爆撃を減らし、特殊部隊による地上作戦に移る時がきている」
「これまでにも誤爆があったが、これ以上の空爆はさらに病院や学校への爆弾投下という事故を起こす危険がある。ビンラディン氏の狙いは、イスラム世界の反米感情に火を付けることだ。空爆の続行によって、ビンラディン氏の手中に落ちることになる」
「地上戦も大規模な『侵略』であってはならない。米国の覇権拡張や帝国主義の発露と見なされ、イスラム諸国の憎しみを買うことになる。ビンラディン氏が仕掛けたわなにみすみす足を運ぶことはない」
――米政府周辺からはイラクにも戦争を拡大する声が消えない。
「確かにブッシュ政権の中には、イラクヘも攻撃を拡大しようとする声がある。ウルフォウィッツ国防副長官ら少数派の意見だ。しかし、戦争の拡大は反テロ連合の分裂を招き、サミュエル・ハンティントン氏の言う『文明の衝突』に至る可能性がある。幸い、攻撃をアフガンに限定しようとするパウエル国務長官やブレア英首相らの意見が主流となっており、今後もこの限定派が論戦を制することを願っている」
【国連中心に大国が協力を】
『タリバン後』
――タリバン政権が崩壊した後のアフガン統治はどうすべきか。
「国連が主導的な役割を果たすことに国際社会の異論はないだろう。国連嫌いのブッシュ共和党政権ですら国連が政治、経済復興で主要な役割を果たすことに同意している。アフガン担当の国連事務総長特別代表になったブラヒミ元アルジェリア外相の手腕に対する期待は高い」
――しかし、ブラヒミ氏は国連平和維持軍(PKF)の投入に慎重姿勢を見せている。
「アフガニスタンは民族間の争いが絶えず、タリバン政権後の治安をどう維持するかが最大の問題。アフガン人による治安部隊編成はできないと思う。反タリバンの北部同盟にしても群雄割拠の武装集団の一つにすぎない。南部では人気がなく、タリバン同様に残虐な集団だ」
「米、英、ロシア、フランスという大国が治安部隊構成で同意し、経済復興の面でも財政基盤をつくれれば、と期待する。国連中心にこれらの大国が部隊編成に協力することが必要だ。国連平和維持活動(PKO)はソマリアヘの平和執行部隊派遣で失敗したが、その教訓から学んだことを生かす時ではないのか」
――新政権はどの勢力を中心に据えたらいいのか。
「アフガニスタンのさまざまな民族グループが参加した連立政権が望ましい。一般論だが、各派の代表が国連とともに政権を築くしか国内を安定に導く道はないだろう」
【大規模生物テロの恐れも】
『今後の行方』
――テロ組織との戦いはいつ終了するのか。
「テロ組織が降伏することはあり得ない。象徴となっているビンラディン氏が捕まるか死亡した時が一つの節目だが、彼は″殉教者″となり、新たなテロリストが出てくるだろう。ビンラディン氏が戦っているのは欧米の現代性だ。だらしのない生活、飲酒、ポルノ、物質主義などへの反発だ。サウジアラビアヘの米軍駐留は聖地を汚すものだと感じている。だから、パレスチナ問題を解決しようと、アフガニスタン復興のための″マーシャルプラン″を実施しようと、彼らの戦いを止めることはできない」
「テロ組織とは交渉が成り立たないし、懐柔もできない。ただ、テロ組織に新たに引きずり込まれる若者を減らすことはできる。そのためにはテロ組織に流れる資金を止め、国際的な武器取引を止めることが必要となる。各国が情報を共有して高度な警察活動を駆使することも大切だ。長い時間がかかるが、新たなテロリストを生まないようにする努力が必要だと考える」
――日本政府が取るべき政策は。
「反テロ連合に加わり、協力していくことだ。ただし、第二次大戦時の侵略の記憶を呼び覚ますような行動は、国益に反することになる」
――著書「アメリカの分裂」の中で、イスラム過激派がイスラム系米国人を操作し、内部から分裂させる危険性を訴えているが。
「プッシュ政権は、テロとの戦いをイスラムとの戦いに転化させないよう注意している。大統領がモスクを訪れ、イスラム教の聖職者に囲まれた姿を団民に見せたのは良かった。テロリストのように見える人々への攻撃は今後も続くだろうが、それが適切に阻止され、罰せられることを希望している」
――大規模な二次テロは起こると思うか。
「起こるだろう。私自身、恐怖を感じている。航空機ハイジャックではなく、可能性が高いのは天然痘ウィルスによる生物テロだ。政府も懸念している。天然痘は感染性が強く、被害が出れば炭痘(たんそ)の比ではない。ワクチンの備蓄が少なく、早く対応すべきだと思っている」
【支持率アップは一時的】 米政権、第1、2次大戦から検証
同時テロの発生で、米国には星条旗があふれ、国民歌が連日のように街に流れる。シュレシンジャー氏は第一次大戦、第二次大戦の開戦時との類似を指摘した。
「共和国が危機に直面した時、国民は必ず旗の周りに集まる。今回もそうだが、真珠湾攻撃の際には米国民はもっと結束した」
一時的に高揚する愛国心は、指導者や時の政権の支持率を押し上げるが、同氏は「それは長続きしない」とデータを挙げる。
「ブッシュ大統領よりも専横的で明敏だったルーズベルト大統領は、真珠湾攻撃から11カ月後の下院選挙で与党議席を50も失った」。歴史をさらにさかのぼると「第一次世界大戦時のウイルソン大統領は上下両院選挙で敗北した」という。
テロ発生後、90%近い支持率で推移するブッシュ政権について同氏は「高い支持率がこのまま維持できると考えるのはナンセンスだ」と言い切った。
【原理主義に懸念】
『宗教は平和をもたらすもの』
世界各地で起きている地域紛争で、宗教が対立の火種となっている現実。シュレシンジャー氏は「どんな宗教にも原理主義はある。皮肉なことに、その集団が世界で最も危険な存在になっている」と自らの宗教観を織り交ぜながら語った。
「宗教は本来、平和をもたらすものだ」という同氏はアイルランドや中東、インドネシア、フィリピンでの紛争を例に挙げ「宗教のために人が殺し合っている」と嘆いた。
「原理主義グループは、『神の意思』を遂行しようとしている。神と人間の問には計り知れない距離がある。罪深い人間が『神の意思』を理解できると考えること自体がごう慢で、それこそが容赦できない罪だと思うのだが…」
【「キューバ危機以上の不安感」】
国民個々が危険身近に
ケネディ大統領の特別補佐官としてキューバ危機に立ち会ったシュレシンジャー氏は、今回のテロ危機との比較論になると、身を乗り出し、話に熱が帯びた。
「あの時は時間との戦いだった。二週間で危機を乗り越えたが、全人類の歴史の中で最も危険な瞬間だった」と振り返った。
同氏は「世界を吹き飛ばす技術力(核兵器)を持った米ソが対立した。危機の深刻さは比べものにならないほどだったが、ケネディとフルシチョフという偉大なステーツマンがいたのが幸運だった」と述べた。
しかし、キューバ危機では「当時の国民は、自分たちが置かれた立場を自覚する余裕すらなかった」のに対し、今回のテロ危機では世界貿易センターの崩壊を目の当たりにし、炭疽菌事件が身近に迫ったため「国民個々人が危険にさらされているという脆弱性をあらわにし、キューバ危機以上に不安感をかき立てている」と論じた。