金融機関の破綻時に、預金の払い戻し保証を元本1000万円までとその利息とするペイオフの凍結解除が近い。2002年4月には定期預金や定期積金が対象となり、03年4月には普通預金や当座預金などの決済性預金に広がる。
「金融機関が破綻しても預金は全額保護される」という“常識”は通用しない。既に預金シフトの動きはあり、中小金融機関に頼る中小企業の資金環境は厳しさを募らせる。日本経済に与える影響は大きい。
より憂慮されるのは金融システムへの波及だ。凍結の間、日本は金融機関の破綻を経験し、危機対応の仕組みを一応は整えた。しかし、不良債権処理は進まず、景気低迷は深刻化している。一段と進む株価下落は銀行の財務状況を悪化させ、市場には金融システムへの懸念が再び広がる。
繰り返されてきた「先送り」の図式。ペイオフ解禁を間近に、金融再生へのナローパス(狭い道)はますます険しくなる。
渡辺 精一(編集部)
--------------------------------------------------------------------------------
金融機関破綻で、ペイオフが発動された場合、日本経済はそれに耐えうるのか。疑念が膨らんでいる。
ペイオフの凍結解除はそもそも「金融システムの健全化」と表裏一体のはずだ。しかし、深刻なデフレに加え、株価低迷で、銀行の体力は相当弱まっている。ダイエーの経営再建策を見るまでもなく、ここにきて、官民挙げた危機防止策への取り組みが始まり、2、3月決算期末を視野に、市場に広がる金融不安を打ち消すのに必死だ。
ペイオフを含む預金保険制度ができたのは1971年だが、制度の初適用となった東邦相互銀行の救済合併(92年)以来、発動はその都度回避されてきた。しかし、金融破綻が相次ぎ、金融システムへの信頼が揺らいだことを受け、96年に預金保険法を改正し、01年3月まで特例として全額保護。さらに、99年には凍結解除の1年先送りを決めた。
今回も自民党などから「延期論」はくすぶったが、凍結は緊急避難策であり、度重なる延期はモラルハザードを生みかねない。さらには、金融システムへの懐疑として市場の不信を生む。市場関係者は「再延期されれば日本国債の格下げは確実」とみる。それは「日本売り」加速に直結する。
足元では既に、個人や法人、自治体の預金シフトが進んでいる。定期性預金のうち4月以降に保証対象外になる額は100兆円程度とみられで、わずかな流出も影響は大きい。預金者心理は読みきれない。
経営破綻した米エンロン債を組み入れたMMFの元本割れ(昨年11月)の衝撃はその一端を予想させるものだ。解約殺到で、元本割れしていないMMFも含め、残高は、2カ月間で7兆7228億円(同12月末)と4割に急縮小。「ほとんど取り付け」(証券関係者)の事態だ。
インターバンク市場への影響も大きい。97年の三洋証券破綻時、コール市場で債務不履行が発生。その後は特例措置として全額保護されてきた銀行間取引も、ペイオフ凍結解除に伴い担保されなくなる。ゼロ金利に嫌気したうえに信用リスクへの警戒が輪をかけ、財務力の弱い銀行は、無担保での資金調達が困難になっている。
「4月1日に営業している金融機関はすべて健全」(柳沢伯夫・金融担当相)とすべく金融庁は3月末をデッドラインに、経営基盤の弱い地域金融機関の一掃を急ぐ。いわば「火種」を残さない作業だ。
それでも、破綻が起きた場合はどうなるのか。
「金融危機を起こさないためにはあらゆる手段を講じる」。小泉純一郎首相は年初以来、こう繰り返している。金融システム維持のための公的資金注入や公的管理(国有化)のほか、ペイオフ凍結の継続が念頭にある。
預金保険法102条は「信用秩序の維持に極めて重大な支障が生ずるおそれがある」と認めるときは、破綻金融機関へのペイオフ・コスト超の資金援助が可能だ。具体的には預金保険機構に設けられた危機対応勘定(15兆円)や特例業務勘定(19・5兆円)で保護されることになる。
つまり、「制度としての」ペイオフは凍結解除しても、結果的には公的資金で預金を全額保護し、事実上、ペイオフ発動を回避することは可能だ。この「実質凍結」が、当面の危機回避のシナリオとなる公算が大きい。
金融庁などは「信金、信組などの破綻は金融危機にはつながらない」として対象は原則、大手行、地銀、第二地銀までとする方針だが、柳沢金融相は「業態にはこだわらない」と含みを持たせており、信用不安に発展する可能性が少しでもあればペイオフは回避される見通しが濃厚だ。
しかし、それには大きな問題がある。第一に、預金保険法102条の発動には、金融機関ごとの個別処理とは異なる、金融危機(システミックリスク)認定が前提だ。目先の危機を封じ込めるために、金融危機宣言をしなければならないが、その影響度合いは計り知れない。
第二に、事態が広がれば、現状の資金援助枠では十分とはいえない可能性がある。第三には、この措置は、結果的にモラルハザードを助長する。預金者が金融機関を選別することで、金融システムを健全化させる、本来のチェック機能が働きにくくなる。
最大の問題は、対応が依然として「問題先送り」の論理に過ぎない点だ。そもそも、ペイオフ凍結の6年間で、不良債権問題処理にピリオドを打てなかったツケはあまりに大きい。早期に、金融システム健全化への道筋をつけられるのかどうか。残り時間は少ない。