エンロン型資本主義
高成田 享
タカナリタ・トオル
経済部記者、ワシントン特派員、論説委員などを経て、98年8月からアメリカ総局長。
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CNNでエンロンの不正を追及する米議会の公聴会を見ていたら、不正に直接かかわったと思われる人たちは、刑事訴追を受けるおそれがあるという理由で証言を拒否、不正を許したと思われる最高幹部は「何も知らなかった」とはぐらかし戦術。隔靴掻痒(かっかそうよう)で、まるで日本の国会喚問みたいだと思っていたら、追及する議員が映ると、「この議員はエンロンから政治献金を受けたことがある」というテロップが流れる始末。日本と同じように、本格的な解明は捜査当局の調べを待つことになるのだろうか。
それでも、先ごろ公表されたエンロンの内部調査報告書は、すでに企業が倒産していて、粉飾決算などの不正にかかわったとみられる人たちが企業から去っていることもあり、真相に迫っている。とくに疑惑の焦点は、エンロンの幹部たちがつくったいくつもの投資会社で、エンロンのパートナーシップとして、エンロンの負債を隠したり、逆にエンロンの資産を食い尽くしたりした。
報告書によると、同社のファストウ元最高財務責任者(CFO)が、投資組合を使った取引で3000万ドル(約40億円)以上を不正に得ていた。2000年に行われたある取引は、ファストウ氏の2万5000ドルの投資が2カ月で450万ドルの利益を生んだり、彼が引き入れた2人の幹部は、それぞれ5800ドルの投資で、同じ時期にそれぞれ100万ドルの利益を得たりしていた。
こうしたエンロンに巣くっていた連中をどう見たらいいのか、米国自身がとまどっているようにみえる。映画「オーシャンズ11」のようだと評した新聞(クリスチャン・サイエンス・モニター)もあった。映画はカジノの売り上げを盗む泥棒たちの物語だが、エンロンの幹部たちも、売上高1千億ドル(約12兆円)、全米7位の企業が得た資金は「あぶく銭」と考えたのか、それを盗み出すのに懸命だった、というのだ。「ケイレツ・スタイル」と表現した雑誌(ネイション)もある。関連会社がぐるになって、利益を操作したというのだ。企業の利益を粉飾している経営者はほかにもあると書いた新聞(ニューヨーク・タイムズ)は、かれらを「エンロン症」と呼んだ。
いずれも、とんでもない連中が出てきたという見方で、その根底には、米国本来の企業はエンロンとは違う、という考え方があるように思う。しかし、外国人の私からみると、これこそ米国企業の典型のようにみえる。業績をあげた経営者に対して、過大なボーナスを与えることで、企業全体の成長や発展を促すという米国型の仕組みは、経営者が粉飾決算をしたり、株価を実際以上に高くしたりする誘惑をふやすからだ。
厳密な企業監査、社外重役の登用によって、粉飾や不正をチェックするから大丈夫というのが米国流だったが、エンロン事件はこうしたチェックがうまく機能しないこともあることを裏付けた。エンロンを監査してきたアンダーセンは、重要な監査書類を廃棄することで、「共犯」の疑いをもたれているし、社外取締役も、エンロンの経営陣が恣意的に選んだ上院議員の夫人であったり、株主を代表する立場でありながら、自分の所有するエンロン株を経営悪化が表面化する前に売却していたり、とてもその役割を果たしていたとはいえない。
米国の議会や政府は、企業監査の強化策をつくることで、「エンロン症」の蔓延を防ごうとしているが、企業の経営者たちがストック・オプション(自社株を一定の価格で購入できる権利を経営者や従業員に与え、株価がその価格を上回れば、差益が出る)などのボーナス制度を利用して、数百億円も手に入るような仕組みをあらためなければ、エンロンのような事件はなくならないと思う。経営者の欲望を全開にするよりも、経営者の節度や倫理を保たせるための仕組みを考えるべきだと思うが、お尋ね者がなかなか捕まらないと、犯人情報の報奨金を引き上げるように、大きな報酬が大きな成果を生む、という米国の信念を変えるのは難しそうだ。
「議会はいまビジネスの倫理について論議をしているが、多くの議員にとって、ビジネスではなく倫理を議論するのは初めてのようだ」
深夜テレビでコメディアンがこんなジョークを飛ばしていたが、いまの米国型資本主義に節度や倫理を求めるのは非情に難しいのかもしれない。
「会社」のためなら、うそも不正も平気という「雪印食品症」が蔓延する日本で、「個人」の利益も加わるストック・オプションなどが広がると、どういうことになるのか。日本版エンロン型資本主義の花盛りとなるのだろうか。
http://www.asahi.com/column/aic/Mon/drag.html