ゴールドが売れている。「有事の…」の枕詞(まくらことば)通り、4月解禁のペイオフ対策、株や円などトリプル安の金融大不安に押され、自己防衛でアナログな蓄財が再び脚光を浴びているのだ。米中枢テロ直後も延べ板を買う客が相次いだが、数十枚のまとめ買いも多く、阪神大震災以来のブーム。6日の先物市場では3年4カ月ぶりの価格に金が高騰した。相次ぐ企業破綻(はたん)で完全失業率が最悪の5.6%、完全失業者337万人に達した大恐慌時代だからこそ、「寄らば大樹」の金というわけか。
1本130万円の1キロの金の延べ板(インゴット)を数十本買い、バッグに詰めて重そうに持ち帰る−。東京・銀座などに直営店を展開する金地金小売りの最大手・田中貴金属ジュエリーでは最近、こんな客も珍しくないのだという。
「昨年夏ごろから徐々に増え、テロ直後には前年同月比10倍のお客さんが来ました。11、12月も2〜3倍、今年に入っても5倍程度で推移しています」
同店を傘下にもつ田中貴金属工業の担当者は、ホクホク顔を隠せない。
同社は6日、小売価格を3年4カ月ぶりの高値となる1グラム1330円(前日比46円高)に設定した。
指標のニューヨーク金塊市場で5日、4月決済物が一時前日比9.7ドル高の1トロイオンス(約31グラム)299.8ドルまで急進したのを受けた動きで、米国の株安、日本のペイオフ接近が強材料視されている。
6日の東京商品市場の金先物相場は、最も取引量の多い12月決済物が終日ストップ(40円)高の1グラム1274円に張り付くなど、軒並み4日続伸した。金人気は他の貴金属にも波及し、白金や銀もストップ高を付けるなど急伸した。
これまで金の延べ板というと、「比較的高齢で、ある程度財産をお持ちの方」(同社)が客層だった。
だが、最近は若いサラリーマンを含めた幅広い層が店内をにぎわしている。
3年4カ月ぶりの高値となった金相場。平成6年の阪神大震災のあと、「地震でも燃えない資産」として人気を集めて以来のブームの様相を呈しつつある。
人気の原動力となっているのが、4月解禁のペイオフをはじめとする金融不安だ。金融機関が破たんすると、預金者はペイオフで元本1000万円までと利息しか保護されない。
「寄らば大樹」とばかりに、経営体力の弱い第二地方銀行や信用組合から、都市銀行など大手行や郵便貯金へと預金がシフトしたり、定期預金の普通預金への解約も既に目立つ。
信組破たんは連日相次ぎ、第二地銀の破たんや金融当局による早期是正措置の発動など、ペイオフ危機は既に始まっている。
田中貴金属工業はブームの背景をこう分析する。
「昨年8月ごろから金融機関の破たんなど、金融不安を感じさせるニュースが増えた。ペイオフ解禁を前に財産をどう分散するかが課題となっても、株式はパッとしない、社債もちょっと…という状況で、めぼしい投資対象が見つかりにくいからではないか」
ただし、この金高騰、実は多少の“トリック”がある。テロ以降、多少動きはあったとはいえ、世界的には金の価格は「通常レベル」(同社)なのだ。
むしろ、旧ソ連のアフガニスタン侵攻などで国際的にも不安感が増していた1980年、国内価格で6495円だったのをピークに続落していたが、ここ数年でようやく安定してきたにすぎない。
ゴージャスファッションの復活で、長い間、ホワイトゴールドやシルバーに押され、不人気だったイエローゴールドのアクセサリーが再び脚光を浴びており、金の大口消費先のアクセサリー需要が増えているのも事実である。
それでも、実は供給も増加傾向で、「買い」の要素は見当たらない。
ならばなぜ、日本で金高騰が起きているのかというと、理由は円安だ。金は海外のドル建て相場が基準のため、国内価格は為替の影響を受ける。こうなると、為替差益でひと儲けなどという考えが浮かぶが…。
経済ジャーナリストの荻原博子さんは、昨今の金人気について、「金が有利なのはインフレの時で、本来なら金より現金のデフレの今、金が売れているのは金融不安に対する気持ちの問題ではないか。また、ダイヤなどの宝石を売る際、価値が下がることに気付いた人が、ジュエリーとして金だけのものを買う例も増えている」と分析する。
錬金術に対し「売買に手数料など手間のかかる金は利息も生まない。強盗が多い昨今、家に保管するのも不安だから、貸金庫も必要。円安で為替差益を得るに手数料がかかる金は非効率な投資」と一刀両断だ。
それでも、買うという人のために、「金の価格は世界中どこでも変わらない。よく東南アジアで安く買おうという人がいるが、そんなことはあり得ない。買うならちゃんとしたところで」とアドバイスを送る、
田中貴金属工業でも「長期的な財産として考え、利ザヤを稼ごうと考えないほうがいい。価格の変動はあるので、負担にならない金額で…」と話している。