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よくもまあ、こんな名をつけたものだ。「日興コーディアルグループ」。昨年10月1日から持ち株会社化した旧日興證券は、この馴染みにくいカタカナ社名を看板にしている。コーディアルとは「誠心誠意」という意味で、イメージキャラクターに大リーグのイチロー選手まで起用した。が、冗談がきつ過ぎる。2カ月後、金子昌資社長が見せた態度 は、「コーディアル」が聞いて呆れる「顰蹙もの」だったのだから。
日興は大嵐に見舞われた。米国の総合エネルギー最大手のエンロンが実質破綻(破産法申請は12月3日)し、発行した社債が債務不履行(デフォルト)となったのが発端。紙きれのエンロン債を運用資産に組み入れていた日 興アセットマネジメント、UFJパートナーズ投信、日本投信、スミセイグローバル投信の4社が運用する五本のMM F(マネー・マネジメント・ファンド)が元本割れを起こした。
MMFは公社債投信の一種で、購入・解約が容易なうえに「安全・有利」が売り物。顧客の多くは元本保証のある 当座預金並みと思っていたから、うろたえて解約が殺到する。日興MMFはわずか1日で1兆7500億円が引き出 され、元本割れ4社の残高は1週間で2兆7千億円から5千億円へとほとんど底をつきかけている。
「個人は7割が休眠客」と居直る
そこで12月7日、金子社長が説明に臨んだのだが、呼ばれたのはアナリスト30人ほど。記者は排除された。子 会社の日興コーディアル証券の有村純一社長も雑誌インタビューをドタキャン。首脳陣は追及に逃げの一手で「誠心誠意」のかけらもない。しかも金子社長の釈明が唖然とする内容だ。
「大口顧客だけに優先的にリスク情報を開示したことはない」、「エンロン債の格付けは組み入れた6〜7月時点では投資適格で、運用や販売方法で法的問題はなかった」、「大量の資金流出に対応して、流動性の確保にも問題はなかった」、「MMF保有口座数では98%が純粋個人で、その七割が休眠客。法人営業への影響は少ない」、 「MMFはもともと代行手数料が安く利が薄いから、収益も揺るがない」……。
強がりとはいえ白々しい。聖書で言う「白く塗りたる墓」である。だいたい日興MMFの残高は、10月末に3兆9682億円あったのに、元本割れ発表前日にはすでに2兆5215億円に減っていた。米国でエンロンの動揺が報道され、危ないと先読みした法人客の解約に応じたからだろう。
だが、個人客はどうした? 「どうせ休眠客」とほったらかしか。平気で小口の個人を「殺す」兜町体質が透けて見える。11月9日には「社内限り」で、12日には証券会社にエンロン債保有を告げる文書を出したが、「現時点において元本償還には支障が生じないと考えております」と希望的観測を流している。見込み違いは不可抗力だったと言うのか。
日興MMFの利回り(週平均実績分配額)は野村などより高かった。11月16〜22日は日興が0.098%、野村が0.073%である。販売の最前線では「元本割れの可能性を特に強調したことはない」(広報部)という。しかし、金融庁に直前駆け込んで「エンロン債デフォルトで生じる損失を会社で穴埋めしたい」と陳情、はねつけられたことからも、日興は有事を意識していたはずだ。なのに、他社との利回り差に釣られた新規の顧客にそれを告げず売りつけ、そのカネを右から左と、解約の法人に回す−−個人客は知るよしもない。
金融庁・証券取引等監視委員会は、日興に法人・個人別の11月解約状況を提出するよう求めた模様だが、本誌の取材には「開示できない」。高利回りの大口定期でカネを集めて破綻した安全信組のように、日興が業務停止処分を食えば存亡の淵に立たされる。
そもそもMMFにエンロン債を0.9%、255億円組み入れたのは、日興の構造問題ではなかったか。投資信託委託7社のMMFの10月販売実績を見ればいい。日興アセットだけが異様な突出で、野村アセットの5倍、大和投信の3倍である。中期国債ファンドや他の公社債投信の販売実績と比べても、日興はMMFが公社債投信販売の94%を占めているのに対し、野村は15%、大和は44%である。これだけ傾斜していたMMFがあっという間に底が抜けたのだ。
なぜ傾斜したのか。少しでも高い利回りで、地方金融機関など運用難の法人マネーをかき集めようとしたからだろう。10月末現在、口座数では0.1%に過ぎない法人客が、残高では80.2%を占めるいびつさ。しかし法人は決済や金融商品乗り換えで一度に解約する例が多く、MMFの運用を不安定にする。だから野村アセットは10月にMMFの法人販売を中止した。ところが、この逃げ足の速い法人の大口マネーを呼び込まざるをえないところに、金子日興の隠れた弱さがある。
失笑を買った銀行劣後債保有
大株主シティグループの豪腕サンディ・ワイル会長の前では、猫を被り続けざるをえない。当初こそITバブルと資産切り売りでしのいだものの、ホールセールはシティ直轄の日興ソロモン・スミスバーニーの専管で、リテールだけの片肺飛行。厳しい証券不況で個人客は離散し、売買手数料も伸びない。今期は上期こそ日興アセットの評価替えで黒字を計上したものの、下期にその手品は使えない。ワイル会長に見限られるのを恐れた金子日興は、リスク 承知で利回りの高い社債に手を伸ばし、MMFの販売に邁進せざるをえなかったのではないか。
それが証拠に、MMF資産に銀行の劣後債が入っていたことが発覚した。解約殺到の過程で日興アセットが劣後債1089億円を処理できず、親会社の日興コーディアルに引き取ってもらったのだ。みずほ3行386億、住友信託296億、あさひ233億円などだが、銀行が自己資本を増やすために発行した窮余の劣後債は流動性が低く、MMF資産には本来不向き。投資対象に厳しい制限(最上級95%以上)を課す米国のMMFと違って、日本版MMFが運用会社任せの欠陥商品であったとしても、「MMFの安全性」など看板に偽りありだと言っていい。
とりわけ株価が60円台のどん底をつけたあさひ銀行の劣後債保有は、市場の失笑を買った。日興はあさひ銀の株主でもあるだけに「沙汰の限り」。エンロン債も、シティバンクがJPモルガンとともにエンロンに深入りしていたことは周知の事実で、その義理もあって保有したのではないか。
金子社長がどう強弁しようと、流動性危機は起きた。元本割れ後の「魔の一週間」をしのげたのは日銀が一時、当座預金を5兆1千億円も積み増して流動性を供給したからだ。殺到する解約に資産売却が間に合わないからこそ、劣後債を引き取って親会社がつなぎ資金を注入したのではないか。日興は否定するが、市場では「日興が緊急融資を求めて銀行に駆け込んだ」「CPによる資金調達で無理した」などと噂が飛びかい、日銀を緊張させた。
「またも投信に裏切られた」個人客の復讐は容赦ない。混乱は日興以外にも波及する。すでに9月にはマイカル債で明治ドレスナーのMMFが元本割れ(運用会社が損失穴埋め)を起こしていたから、日興MMFが追い討ちをかけた。野村や大和など他社MMFからも大規模な資金流出が始まり、MMF運用16社(10月末時点で残高18兆6千億円)の流出は年末に10兆円程度と未曾有の規模になりそうだ。
エンロン円建て債1050億円は、いわば狂牛病で嫌気された牛エキス。投信会社の購入額870億円以上のうち半分以上が元本割れ以外の投信に眠っているから、顧客は浮き足立っている。アルゼンチン債(円建て1915億円)の不安(12月23日、デフォルト宣言)も重なり、一般の公社債投信から株式投信(運用資産の一部に社債も含まれる)に不信が蔓延、投信全体の純資産額が落ち込むドミノ現象が起きた。「大衆を痛めた」罪は、日本の投信市場に致命傷を残したのだ。
それだけではない。マイカル債のデフォルト以来「仮死」状態だった社債市場では、信用リスクを怖がって買いの手が引っ込み、トリプルB格5年物社債は国債との信用スプレッド(利回り差)が0.3%広がった。利付金融債も興銀債のスプレッドが広がり、98年の長銀債や日債銀債の様相を呈してきた。起債市場も北越製紙や明治乳業などが延期、企業の財務担当者は「銀行は貸し渋り、株価は低迷、社債も麻痺で八方ふさがり。間接金融も直接金融も詰まって窒息する」と天を仰ぐ。
炉心の資金市場まで揺らぎ出す
長期の調達が無理なら、短期でつなぐのが常道だが、金融秩序の心臓部と言える資金(短期金融)市場にもパニックが押し寄せた。日興アセットが換金売りする国債や政府短期証券(FB)、CP(コマーシャルペーパー)など当座のショックは乗り切ったが、怯えの傷跡が市場に残る。企業が短期資金を調達するCP市場では、機関投資家は最上級(R&I格付けでa1プラス)の電力など優良銘柄しか買おうとしない。次のa1格だと日銀の現先オペの対象銘柄に限られ、買い手は銀行のディーラーばかり。さらに格下のa2以下だと、最上級より0.3%以上も金利を高くしないと取れない。
信用スプレッドがあっても資金が取れるうちはいい。取れなくなれば「市場の死」である。究極の恐怖は、銀行間市場であるコール取引だ。この中枢が壊れたら、金融全体がメルトダウンを起こす。短資会社の口は重いが、12月半ばから有担コール市場では、ディーラーが「ネームを聞き返す」ようになった。ババ抜きの選別が始まったのだ。これは三洋証券がコールで債務不履行を起こし、たちまち北海道拓殖銀行、山一證券に破綻が及んだ97年の恐怖を思い出させる。
今の弱い環は、体力を消耗しているうえにペイオフ解禁を控えた自治体の公金引き揚げで懐が苦しい第二地銀や地銀など地方金融機関、あさひや大和など株価が急落している大手銀行、そして傷の癒えぬあおぞらなど「再建中の弱者」だろう。彼らには適格担保さえ乏しい。短資会社は「流通大手など死に体企業のCPや手形を担保に出されたら、こっちが往生」と戦々恐々だ。
銀行の資金繰りを土俵際で支えているのが、日銀が3月から実施したロンバード貸出制度。金融機関は担保さえあれば、日銀から公定歩合(年利0.1%)で借り入れられる。それでも年末から3月末までに起きかねない「不測の事態」に備えて、日銀は12月19日、1. 当座預金残高目標の積み増し(10〜15兆円)、2. CP現先オペの拡大、3. 資産担保証券(ABS)も担保に加える−−などの追加緩和策を決めた。だが、これでスパイラルを食いとめられるかどうかは微妙だ。
理由は日銀当座預金の機能不全である。9月11日テロ直後、日銀を含む各国中央銀行は一斉に流動性を供給した。各国とも1週間足らずで平常に復したのに、日本だけ流動性需要が高水準のまま。コールレートが0.001%では、資金の出し手が市場に資金を放出する意欲を失って、日銀当座預金に預けるからだ。他方、資金の取り手も市場調達が不安で、防衛的に日銀当座預金を積み増す−−要するに市場そのものが日銀の中に疎開して、信用創造を機能させないのだ。
また外銀の円転(ドルとの為替スワップで円を調達)コストもマイナスに転じた。外銀は邦銀にドル資金を供給するのと引き換えに、マイナス金利で調達した円資金を日銀当座預金に預けるだけで、難なく利ザヤが稼げる。日銀が「札割れ」に直面することなく資金供給していると言っても、実は外銀の超過準備需要のおかげという皮肉な構図である。金融調節の目標をコールレート(金利)から当座預金残高(量)に変えた速水日銀に、量的緩和の実効性を疑わせる深刻な事態である。
泥沼の金融危機が、ついに新しいフェーズに入ったのではないか。「資本」の危機から「負債」の危機へ−−。
バランスシート(貸借対照表)で左側の「資産」は、右側の「負債」+「資本」と均衡する。バブル崩壊後、日本は傷んだ資産を土地や株の含み益で埋めようとして埋め切れず、資本準備金という「資本」にも手をつけだした。あげくに「負債」が揺らぎ始めたのだ。
一部上場で50社を超す額面割れ企業がなお生き長らえているように、資本(株式)には耐性がある。株には利益証券と権利証券の二面性があるため、額面割れや無配でも企業は存続できる。ところが負債にはその耐性がない。デフォルトは即死を意味するのだ。これは経済の即死リスク−−つまり真性の「恐慌」が現前しかけているのだ。
銀行で言えば、預金も負債だ。97〜98年の危機が公的資金による資本注入で食いとめられたのは、それが「資本」の危機だったからだ。今は違う。「負債」が動揺、ここで預金の破壊的流出が起きれば、即死しかねない。銀行国有化を恐れるあまり、追加資本注入を逃げまくった報いだろう。MMFパニックは、皮肉にもペイオフで何が起きるかを予行演習して見せたのだ。
官邸は危機対応の処方箋持たず
12月14日夜、高輪の議員宿舎を訪ねた。5階の端の部屋。独り住まいの自民党元首脳は腕組みして黙って聞いていた。最後に呟く。「えらいことになっとると思っとったんや。拓銀のときは冷や汗かいたが……」。
その背筋が冷たくなる体験を小泉純一郎首相は持たない。株価急落企業の断片的情報は官邸に上がっても、市場と金融秩序の全体を鳥瞰できる理解力と勘は官邸の誰にもない。現に小泉首相は12月半ば、山崎拓自民党幹事長に会って「ペイオフ解禁は再延期しない」と重ねて言い切っている。
ゴングが鳴った。銀行国有化(資本再注入)、日銀の民間債務(CPや社債など)買い上げ、そして預金封鎖(バンクホリデー)など危機対応の作戦プランを何ひとつ持たず、日本はハードクラッシュを迎えるのか。
最初のドミノを倒した日興にも、市場の制裁が下ろうとしている。3カ月物投信「チャンス」の更新日が次々に来るからだ。12月25日のC号(3754億円)、1月のA号(4316億円)、2月のB号(5531億円)……ほかに半年物も六本ある。B号はエンロン債50億円(1.61%)、1号は同2億円(1.15%)を保有している。持ち株会社化で「フリーハンドの手元資金が1500億円ある」(広報部)というが、解約が殺到したら足りるかどうかおぼつかない。
富士に見放された山一に似てきた。米格付け会社S&Pは「BBB+の格付けはシティグループの支援を織り込んだもの。しかし今回、シティが手を差し伸べた形跡はない」と格下げを検討中だ。格下げで株価も資金も追い詰められれば、「ワイルに切り捨てられる」と見る向きは少なくない。ある金融当局者は「(袂を分かった)東京三菱に面倒を見てもらうしかないだろう」と突き放した言葉を漏らした。
家出息子が尾羽打ち枯らして「帰宅」するのか。国家全体の複合脱線の引き金役だったに過ぎないとはいえ、金子昌資、汝の罪は万死に値する−−。
(敬称略)