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私は、小泉改革は根本的に間違っていると思う。
改革には2種類ある。ひとつは、誰もが問題だと認識している課題を解決するためのもの。いわば非常に表面的な改革だ。財政赤字、不良債権、金融制度といった問題も含まれる。そして、もうひとつは政治や経済の仕組みそのものを根幹から変える改革だ。
実は、前者の改革は後者に比べてそれほど重要ではない。なぜなら、後者の改革が実行されれば、前者のような問題は容易に解決してしまうからだ。それなのに、小泉政権は表面的改革にばかりあちこちと手をつけ、抜本的改革には全く動いていない。
一番の問題は、小泉首相自身が、本当に何が必要なのかを理解していないことだ。
1950年代以来、政策は官僚がつくり、自民党政権がそれを支持してきた。日本にとって最大の不幸は、そのシステムこそが日本の奇跡的な経済発展を実現してきたことだろう。あまりにも大成功を収めたがゆえに、日本は改革できない国になっている。官僚機構には制度的な記憶があり、いくら新しい人材を送り込んでも日本の省庁は簡単には変わらない。
小泉首相は決して嘘をついていたわけではないと思う。自分は改革者なんだと信じていたけれど、何をすれば良いかわからないまま自ら隘路にはまっている。現在の日本が直面している危機的状況の全体像を説明することも、それを克服する手段についても、小泉政権の誰も明快な答えを持っていない。財務官僚も、閣僚やブレーンたち、例えば竹中平蔵大臣も持っていない。全く唖然とする。
経済再生のためには新しい政治が必要になる。私は、まず生産者中心の政策から消費者中心の政策に転換しなければ再生の道はないと考えている。例えば、居住空間の拡大政策もそのひとつだと常々主張してきた。日本の経済学者たちは、企業の生産性を云々することが多いが、本当の問題は、むしろ生産能力に比べて内需が全く追いついていない、つまり過剰生産にある。日本に改革を迫る米国も、実は日本経済の構造を理解していない。
そもそも不良債権という言葉自体、米国から輸入されたものだ。日本でもそのことばかり問題にされているが、それを処理すれば経済が再生するというのは間違いだ。いってみれば、日本経済の奇跡的発展というのは不良債権の上に築き上げられたともいえる。現在の金融制度も、まさにそうした債権の上に成り立っている。その額があまりに膨大になってしまったから何とかしなければならないというのはもっともな意見ではあるが、何でも不良債権は処理しろという米国から押しつけられた政策ではなく、本当に日本の金融、経済制度に合った政策を作り出さなければ解決できない。
カレル・ヴァン・ウォルフレン(Karel van Wolferen)
1941年、オランダ生まれ。アムステルダム大学教授(政治経済制度比較論)。62年に来日して以来、日本を拠点に執筆活動し、オランダの高級紙の特派員などを務める。87年のフィリピン革命報道でジャーナリストとして確固たる地位を築く。日本研究の第一人者として世界的に知られる