投稿者 FP親衛隊国家保安本部 日時 2001 年 11 月 20 日 12:39:36:
「産業のコメ」と呼ばれてきた半導体産業の火が、日本から消えようとしている。
米国発のIT不況の直撃を受け、日本の半導体メーカーは工場統廃合やメモリー事業撤退など、かつてない大掛かりなリストラに着手。
潜在成長力をも摘み取りながら縮小均衡への道を歩み始めた。
このままでは国際競争の表舞台から完全に降りるハメになりかねない。
●電機大手が赤字の元凶となる メモリー事業から次々撤退
「西垣さんはIC(集積回路)の将来よりも、IR(投資家向け情報提供)の方が大事なんだ。株式市場に受けようとリストラを焦っている」。NECと日立製作所が折半出資する半導体メモリー(DRAM)会社、エルピーダメモリ(東京・中央区)の幹部は憤慨している。きっかけは7月末に行われたNEC中期経営計画記者発表での西垣浩司社長の発言だ。
「2004年以降にDRAM生産から撤退する。当社のDRAM事業への関与はエルピーダの株主という範囲に限定する」。エルピーダはNECと日立という仇敵同士が電撃提携して99年末に誕生した国内初のDRAM専業メーカー。自社工場は今建設中で、生産は親会社であるNECと日立に委託している。いわば生産面でまだ親のすねをかじっている状態だ。その親が突然、もうDRAMは作らないと言い出した。西垣社長の発言は寝耳に水。
「西垣さんは赤字の元凶となっているDRAMと早く縁を切るつもりだ」。エルピーダメモリの社内では、今でも親会社への不信感が消えない。
氷が浮く冷水の中での我慢比べ。メモリーをはじめとする半導体市場環境はまさにこんなサバイバル状況だ。今年の半導体の世界市場は出荷額ベースで前年比3割以上落ち込むのは確実とみられる。パソコン向け需要の減退で、パソコン向け主要メモリー価格は昨年夏に比べ9割も下落。完全な赤字経営になっているが、米韓大手メーカーは弱体メーカーを市場から追い出そうといっこうに減産しようとはしない。日本の電機・情報機器大手メーカーの経営者は、この我慢比べから抜け出そうとし始めた。
「業績の下振れを少なくするには、メモリー事業の分離は避けられない」。8月27日、東芝の岡村正社長は業績下方修正発表の席上で、主力のメモリー事業からの事実上の撤退を表明した。パソコンと携帯電話、通信インフラ機器の需要減というトリプルパンチに見舞われ、半導体業界は未曾有の不況に直面している。各社とも半導体部門だけで年間1000億円規模の営業赤字に陥る恐れが高まっており、半導体部門の収益改善が急務だ。
今夏、日本のIT業界にリストラの嵐が吹き荒れた。NECや富士通、東芝などが打ち出したリストラ策は、いずれも大幅な人員削減と半導体事業の再編というセット。メモリー事業や海外生産からの撤退、国内工場の統廃合など、「半導体部門の解体」ともいえる改革に乗り出した。このリストラの嵐に反発、危惧する関係者は多い。「半導体ビジネスは本来5年先の事業モデルを確立すべきなのに、今回のリストラは足元の火を消そうとしているだけ」。東芝の半導体部門の幹部はこう嘆く。各社が今回打ち出した半導体リストラは、固定費削減が中心。人員や生産設備を大幅に減らし、「自分の身の丈にあった事業規模に抑える」(NEC幹部)ことが主眼だ。
だが海外大手半導体メーカーは軒並み大規模な人員削減に踏み切っているものの、生産設備の大掛かりな削減にはまだ手をつけていない。「日本勢ばかり生産設備を削減しても、世界規模では供給過剰は解消しない」(外資系証券会社アナリスト)。半導体業界は好況期にどれだけ大量の製品を生産できるかで勝負が決まる。日本勢ばかりが慌てて生産能力削減で先行すると、逆に次回の半導体需要の回復期には、増産ラッシュに後れを取ることになりかねない。
●設備投資削減のリストラ策より 人材不足が最大の課題
失われた10年――。バブル崩壊と軌を一にして、日本の半導体産業も競争力が急速に低下した。91年時点では、世界の半導体市場で日本勢は売上高トップ10社のうち6社を占有していたのが、2000年には3社に半減してしまった。最大の敗因は「デパート経営」を捨てきれなかったことだ。専業化で徹底したコスト競争を挑んだ海外勢に対し、総括的経営で「ヒト・モノ・カネ」の経営資源が分散してしまった日本勢は敗れ去った。
典型的なのはNECや日立だ。2000年のメモリー市場でNECは6位、特定用途向けICで4位、マイクロプロセッサーでは6位。なかなか個別分野で3位以内に入れない。「世界でトップを取れる半導体製品が約30種類ある」という日立も昨年、売上高ランキングで1つ順位を落とした。利益面となるともっと寂しい状況だ。2000年は携帯電話ブームなどで半導体はかつてない好況だったが、日本の大手が昨年度、半導体で1000億円を超える営業利益を稼いだのは東芝と富士通ぐらい。欧米アジアの競合メーカーの売上高営業利益率は軒並み20%を超えたのに対し、日本メーカーは7〜10%を確保するのがやっと。稼げるはずのときも利益が薄い「ハイリスク・ローリターン」のビジネスに成り下がってしまった。
日本の半導体メーカーは96年、98年の半導体メモリー不況を経験して、半導体ビジネスの安定化を目指し「脱DRAM」の号令をかけた。各社横並びで進めたのが、家電や情報機器向けシステムLSIなど、ロジック(論理回路)半導体ビジネスへのシフトだ。だが、現実は厳しい。携帯電話向けプロセッサーでは英アーム社と米テキサス・インスツルメンツ(TI)に牛耳られ、高速ルーターなど通信インフラ機器向けICでは米IBMに後れを取った。
富士通は2000年春にいち早くパソコン向け汎用メモリー「DRAM」から撤退、携帯電話向けの「フラッシュ・メモリー」に集中した。だが競合他社の大幅増産と新規参入が相次ぐ一方で、携帯電話機の需要失速が直撃。「フラッシュで大稼ぎできる時代は昨年で終わった」(大手外資系アナリスト)。フラッシュ・メモリーも価格が急落、DRAMの二の舞いとなる恐れも強まっている。
日本の半導体産業が復活する可能性はあるのか――。今回の大手各社のリストラ策を見ると、その期待はしぼむ一方だ。赤字の元凶となっている半導体部門の設備投資を相次ぎ削減しているが、将来の事業拡大に不可欠な先行投資も削ってしまった例が目立つ。例えば三菱電機だ。
同社は高知県に、直径300ミリメートルの次世代ウエハー対応の半導体工場建設を計画していたが、8月はじめに建設延期を決めた。300ミリウエハーを使用すると、現行の200ミリウエハーよりウエハー一枚あたり多くの半導体チップが取れ、約30%のコストダウンが可能。欧米大手が先陣を争って工場建設しているほか、工場の稼働率低下にあえぐ台湾のファウンドリー(半導体受託製造)大手も、既存の古い製造ラインを廃棄して300ミリラインを建設するスクラップ・アンド・ビルディングを推進している。ある台湾メーカー幹部は、「300ミリ対応工場を造らない日本メーカーはもうコスト競争のライバルではない」と冷ややかに見ている。
「ソフト・サービス分野へ事業のシフトを加速する」。8月20日、富士通の秋草直之社長はリストラ発表の席上でこう宣言し、設備投資について従来の半導体中心からサービス分野中心へと変える方針を明らかにした。世界第2位の半導体メーカーである東芝も今夏、2001年度の半導体設備投資を2回下方修正し、750億円に減額した。これは世界最大の半導体メーカー、米インテルの10分の1の水準だ。「市況の下降局面で積極投資をして、技術で大きく先行する」というのがインテルの戦略。投資することへのリスクばかりを気にする日本の経営者とは大きく思想が異なる。
●通信・家電系の専業化の流れ 逆に凋落が早まる可能性も
日本の半導体大手が目指している姿は何か。おぼろげながら、その輪郭は見え始めている。「目標はIBM」。富士通は通信・コンピュータ向けの最先端LSI(高密度集積回路)メーカーを目指して今秋、東京都あきる野市に半導体の設計・試作の大型拠点を建設する。NECはメモリーや化合物半導体事業を分離、本体はLSIに特化する戦略を採る。
両社とももともと得意とする事業領域である通信・コンピュータの世界に半導体ビジネスでも集中する考えだ。一方、東芝や日立などもメモリー事業を切り離し、デジタル家電向けLSIなどへ経営資源を振り向け始めた。総合半導体メーカーから一歩進み、「通信系」「家電系」の半導体メーカーへと色分けが進みつつある。
ただこうした「専業化」の流れは、各社の事業規模を小さくすることにもつながる。メモリーなど事業を部分的に分離する東芝とNECは、本体の収益力が低下し、早晩世界トップ3からそろって姿を消す可能性が大きい。日本の半導体業界は今よりも小粒な中堅半導体メーカーの寄せ集め、となる可能性も十分ある。
財務省の貿易統計によると、2000年の日本の半導体輸出額は約3兆円。全製品の輸出額の5・7%を占める。いくらソフトやソリューション・ビジネスを主力事業に掲げていても、日本企業は半導体・電子デバイスを中心とするハードで外貨を稼いでいるのが現実だ。パソコンや携帯電話、ルーターなどで欧米企業に覇権を握られたうえに、キーデバイスである半導体をも海外勢に手渡せば、日本のエレクトロニクス業界の足腰が弱まるのは確実だ。
半導体産業が集積する台湾では、水面下で中国への半導体投資の計画がいくつも進んでいる。台湾政府も中国への投資規制を緩和する方針で、台湾から中国への技術移転が一気に加速する見通しだ。日本メーカーが足元のリストラに躍起になっている間に、豊富な人材を抱えた中国が一足飛びに追い上げてくる。日本の半導体産業の凋落は予想以上に早まるかもしれない。