投稿者 sanetomi 日時 2001 年 11 月 03 日 06:18:47:
企業研究シリーズ
NTTグループ 〜 「火ダルマ」の無責任経営
目を覆うコムとドコモの海外投資失敗。
「東西」も競争にはひとたまりもない。
損失隠しに走る虚弱なガリバーの行方。
通信の巨人NTTグループが、鳴り物入りでスタートした「再編」からわずか2年4カ月で早くも“崩壊”の危機に直面した。
11月発表の中間決算でどう糊塗しようとも、各社の財務が火ダルマなのだ。2兆4千億円を投じた携帯電話のNTTドコモ
と長距離・国際通信のNTTコミュニケーションズ(NTTコム)の海外投資株式はすでに紙屑寸前。独占力を活用して黒字化
するはずのNTT東西も年度末には空前の赤字を計上しかねない。米英に比べればはるかに生ぬるい自由化にさえ適応で
きなかった経営を検証していくと、数年前に「第2の日本敗戦」と揶揄された金融機関の無責任経営を彷彿とさせる無様な
実態が浮かび上がってくる。
10月11日、NTTグループの社長会にずらりと各社のトップが顔を揃えた。その席上、NTT持ち 株会社宮津純一郎社長
の後を継ぐ「本命」とされてきたプリンス鈴木正誠NTTコム社長が、集中砲火を浴びた。
6千億円を費やして買収(100%子会社化)した米インターネット大手のベリオが倒産の瀬戸際 に立っているからだ。コムは
持ち株会社に支援を要請し、社長会ではその見返りの支援条件が俎上にあがった。
NTT持ち株会社はグループ子会社の海外投資動向をもっと継続的にモニターする仕組みを作る べきだ。
孤立した「プリンス」鈴木コム社長
この案に鈴木社長は居直った。各子会社の独立性が重要で、監視強化はモラールダウンを招く と主張したという。裏には「ポスト
宮津」人事の暗闘が透けて見える。井上秀一NTT東日本社長や和田紀夫NTT副社長ら他の社長会メンバーはもともと鈴木氏と
「犬猿の仲」。ベリオ問題をライバル追い落としの好機とみて、各社一様に抱える経営問題はそっちのけで、ここぞとばかりにつるし
上げに熱を入れたという。
しかし、こんな権力争いを繰り広げる余裕もないほど事態は深刻だ。争いの具に使われたベリオが「死に体」であることは、
米インターネット関係者の間では周知の事実。コムの株式評価損は最低でも4千億〜5千億円といわれ、誠実にディス クロージャー
(情報開示)すれば、2001年9月中間決算で巨額の減損処理(強制評価減)が必要になる。
通期の当初予想では、NTT本体の最終利益は1280億円に過ぎない。資産売却などで特別利益を捻出しない限り、ベ
リオの減損処理だけでもNTTの最終赤字が確実な情勢である。これに加えて、事実上の債務超過状態を解消してベリオを
企業として存続させるには、新たに2千億円規模の追加投資が避けられないという。
ベリオ危機は今年春ごろから囁かれていた。ところがコム経営陣は「のれん代を巡る米会計処理が変更になりそうだ」な
どと筋違いの議論を振りかざし、危機をひた隠しにしてきたという批判がコム社内でも根強い。不満は高まる一方で、8月
下旬から鈴木社長だけでなく幹部3、4人の責任を名指しで追及した怪文書が、社内ばかりか通信ライバル各社や監督官
庁の総務省、マスコミにまで流れた。
別のグループ主要会社の副社長は指摘する。 「コムは米国企業を経営する人材もノウハウもないのに、まずベリオを子
会社化するという愚を犯した。ベリオの優秀な生え抜き経営者が逃げ出した以上、再建などもはや不可能。一刻も早く清算
すべきだ」。だが、コムの中堅幹部は、「社内は鈴木社長のイエスマンばかり。清算などとても口にできる雰囲気でない」と
打ち明ける。
今のところ、鈴木体制下のNTTコムは「ベリオのビジネスモデルが立て直し可能なのかどうか」という疑問に耳を傾ける
気配すらみせていない。むしろ、ベリオの評価損を積み増して清算するより、あけた大穴を矮小化して先送りする誘惑に駆
られている。
海外投資失敗とその減損処理の重圧に喘ぐ点では、NTTドコモも状況は変わらない。いや、潜在的な損失額の大きさ
は、ドコモの方がよほど重症だ。
「いや、(減損処理は)やるんでしょう。放っておけるわけがない」10月19日の定例記者会見で宮津NTT社長は、ドコモの
海外投資の失敗を聞かれて珍しくきっぱりと処理断行を“公約”した。
この日の日本経済新聞朝刊で「ドコモの株評価損4千億円、9月中間にも処理」と報じられたばかり。ドコモ自身は「決ま
っていないので事実に反する」との広報部コメントを出し、定例会見に同席した小出寛治NTT取締役も「やるかやらないか
も含めて9月中間で判断する」と言葉を濁していた。宮津社長の発言はこれらの否定コメントを敢えて遮ってのものだった。
「含み損隠し」にNECも片棒?
問題になった評価損は、ドコモが2000年8月に4千億円強を投じて取得したオランダの携帯電話大手KPNモバイル株
(出資比率15%)である。同社は通信企業KPNの非上場子会社で、ベルギーやドイツにも拠点があり、合計で1400万人
の加入者を持つ。ところが、欧州のIT不況で親会社KPNの経営が悪化し、親会社の株価が10分の1以下に下落したた
め、KPNモバイル株も同程度の市場価値しかなくなった。ドコモ自身は否定を続けているものの、客観的にみて減損処理
が不可欠な状況に追い込まれたのである。
もちろん、KPNモバイル株を減損処理すれば、2002年3月期通期で5150億円を見込んでいたドコモの最終利益の大
半は食い潰される。が、KPNモバイルこそ、ドコモが世界最大の携帯電話会社ボーダフォンに対抗して、携帯電話によるイ
ンターネット接続サービス「iモード」の欧州展開の拠点と位置付けていたことも見逃せない。欧州株安に直撃されて、KPN
モバイルの財務は青息吐息。iモードの欧州展開はこれまで予定されていた年内スタートが絶望的になり、早くても来年半
ば以降にずれ込むことも露呈してしまった格好になる。
不幸なことに、ドコモの含み損問題は、KPNモバイルの問題だけにとどまらない。ドコモは過去2年間に、KPNモバイル
を含む5カ国の携帯電話会社に総額で1兆八8千億円を超す出資をしており、各地でその株価がことごとく下落しているか
らだ。
中でも悪質な「損失隠し」問題に発展しかねないのが、香港の李嘉誠財閥系のハチソン・テレフォン・カンパニーの増資で
ある。その玉突きで含み損隠しの片棒を担がされそうになっているのが、日本のNECなのだ。
災いの種は、ハチソンが現在、NECなどの日本企業を引き受け先として計画中の増資の割り当て価格にある。複数の関
係者によると、ハチソンは「現在の市場価値の2倍」という高値引き受けを要求している。NECはハチソン向け通信機器販
売拡大を見込んで支援する腹積もりを固めていたが、この理不尽な要求を付きつけられた。
実はハチソンの裏にはドコモがいるらしい。ドコモは今年5月にハチソン株に追加出資し、現在25%を保有する大株主と
なった。ハチソン株は非上場だが、「現在の市場価格の2倍」に満たない価格でハチソンが増資をすると、ドコモが保有する
ハチソン株に含み損が発生したことが明らかになってしまう。結果としてドコモは、KPNモバイル株だけでなくハチソン株で
も減損処理を避けられなくなる。そこでこれを避けようとドコモ幹部がひそかに間接的な圧力をかけているという。
旧電電ファミリーのNECにとってドコモは欠かせぬ上得意だから、含み損隠しの片棒担ぎが見えていてもむげに撥ねつ
けるわけにもいかず、苦境に立たされている。
このほかドコモは、一兆円を投じた米AT&Tワイヤレス株(出資比率16%)でも3千億〜4千億円の含み損が出ている。
だが、これも米国の会計基準に照らして「スレスレで開示義務がかからない」(ドコモ幹部)として、9月中間決算での損失
処理を見送る構えだ。
台湾のKGテレコム株(出資比率8%)も含み損の発生は同様とされ、表面化しないものも含めると、ドコモの含み損は総
額で9千億円前後に達している。つまり、ドコモも銀行の不良債権処理の失敗パターンを踏襲しかねない火種を抱え込んで
いるのだ。
NTT東西も合理化遅れ赤字
海外投資が失敗を続けても、iモードのような成長商品が埋め合わせてくれれば、ドコモは生き残れる。しかし第2世代の
デジタル携帯電話は「すでに成熟市場」(KDDIの小野寺正社長)となった。今年8月の加入台数も53万3400台と過去5
年間で最低を記録している。
そこでドコモが起死回生策と位置付けているのが、10月から「FOMA」の名称で商用サービスをスタートさせた第三世代
(3G)携帯電話なのだ。
ところが、決して楽観できない。そもそもFOMAが使う2ギガヘルツの周波数帯は、電波特性がこれまでの電波と比べて
携帯電話向きと言えない。郊外の電波環境の整った地域では、第2世代携帯電話の基地局は半径20数キロメートルの地
域をカバーできるが、384キロビット毎秒を目指すFOMAでは、これが半径7、8キロメートル圏内しかカバーできず、同程
度の密度のサービスを維持するにはケタ違いの設備投資が必要になるからだ。
ところが、ドコモの収入面をみると、まず音声通話に関しては従来通り1人月額7千円から8千円程度の収入しか期待で
きない。拡大を見込むデータ通信も、肝心の音楽や動画配信といったコンテンツを開発できておらず、ドコモはその供給が2
004年以降にずれ込むとしている。
また、米国で一気に普及した高速の無線LANが国内でも相次いで商用化される見通しだ。通信速度はFOMAよりかな
り速く、駅やホテルのロビーなどで急普及するとの見方が多い。低迷していたPHSも常時接続などを武器に巻き返しをか
けつつあり、FOMAはライバルだらけ。ドコモの成長持続は容易ではない。
コム、ドコモといったNTTグループの新興勢力が海外投資で躓いたというなら、電話の「本業」を担うNTT東日本と西日本
はどうなのか。これまた従来以上にグループ収益の足を引っ張りそうなのだ。結論から言えば、両社の今3月決算は売り
上げベースで約4千億円の減収になる見通しだ。同じく経常損益は2千億円前後の赤字に転落するとみられている。
この2社は、1999年7月に行われた持ち株会社の下での再編の際に、NTTグループ余剰人員の大半を抱え込んだ。長
距離・国際通信のコムを身軽な会社として立ち上げ、KDDIや日本テレコムなど新電電に対抗させる戦略が背景にあった
からだ。ただ、当時は「地域網の独占」という公社時代からの利権を生かして、3年以内に合理化を進めて自立させるとい
う、もっともらしい青写真も描いていた。
が、この独占「恐竜」企業のあまりにも遅い歩みは誤算だった。擁護者の自民党郵政族でさえ昨年末から迫っていた合
理化が、いまだに労働組合との交渉段階で実現していない。しかも合理化の中身は東芝、富士通、松下電器産業などが
進める大規模な人員削減ではなく、単なる賃下げである。
この間に米国の外圧で他の通信事業者との接続料引き下げを飲まされ、電話会社を事前に登録するマイライン導入に伴
って値下げ競争が激化してしまった。ここ1、2年はNTT東西にとって「神風」的な存在だったインターネット関連収入も、電
話やISDN(総合デジタル通信網)という割高商品から、 定額のADSL(非対称デジタル加入者)への移行という雪崩現象
に見舞われた。経費削減が進まないまま収入が伸び悩み、体質悪化に陥ったのだ。このまま行くと、NTTグループとして
来期のキャッシュフローがマイナスに陥る非常事態を招きかねない。東西両社の低迷は、その危機の引き金になりかねな
いことを示している。
浮上する各社の経営責任問題
世界の通信市場は1996年の米改正通信法の成立を機に、規制下で独占企業が市場を支配する社会主義的な体制か
ら、市場競争を導入する時代に転換した。宮津社長が十月の会見で指摘したように、NTTグループの苦境は「自由化の中
で起きた最初の景気後退が背景にある」ことは間違いない。
実際、NTTのライバルであるKDDIをみても、今春掲げた「有利子負債残高1兆円への半減計画」が系列携帯電話会社
のツーカー3社やDDIポケットの売却交渉の難航などが響いて期待通り進んでいない。KDDIは2002年3月期の予想経
常利益についても、当初見込みの1100億円から7百億円に引き下げた。しかし同社では、いち早く全役員の報酬10%カ
ットなどを実施している。経営責任を明確にして再建に取り組む姿勢を投資家に明らかにしたのだ。
それに引き換えNTTグループ各社はどうか。11月の中間決算発表が見ものである。要所要所で含み損の存在を隠蔽し
たり先送りしようとしているが、これでは十年経っても不良債権の泥沼に喘ぐ金融機関のお化粧体質と同じではないか。N
TTが誇った盤石の高収益なぞ、実は電電独占の遺産に依存する「張子のトラ」。自由競争導入の入り口で潰えた内弁慶
の脆さは、「予見不能のIT不況のせい」と他人事で済ますことはできない。
収益力回復シナリオひとつ描けない混迷ぶりといい、経営責任を取ろうとしない鈍感さといい、銀行のいつか来た道であ
る。在任3期目の最終コーナーに差しかかった宮津社長が、グループ各社にどう経営責任を取らせ、どんな抜本策を打つの
か、市場は固唾を飲んで見守っている。