「最悪のシナリオ」を政府はなぜ提示しないのか?〜慶応義塾大学教授・金子勝(PRESIDENT11.12号)

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投稿者 FP親衛隊国家保安本部 日時 2001 年 10 月 29 日 18:49:12:

「最悪のシナリオ」を政府はなぜ提示しないのか?〜慶応義塾大学教授・金子勝
「世界同時不況」に直面しても危機意識ゼロの能天気(PRESIDENT11.12号)

誰も聞きたくはないだろうが、ここ一〇年間、悪化の一途をたどった日本経済は、これからもっと悪くなる。
しかし、この期に及んでも小泉「無責任・能天気」内閣は、決定的に危機感に欠けている。
われわれはもう、根拠のない楽観論に裏切られるのにはうんざりだ。
いま、政府がなすべきは日本経済が瀕死の状態だと認め、丁寧な手術を行うことである。
本当に手遅れにならないうちに。

●日本経済は「戦犯」にハイジャックされている

率直に申し上げよう。
政府は日本を悪くした二人の戦犯″にハイジャックされている。そのため、不良債権の抜本的な処理がずるずると遅れに遅れ、日本はもう一段、危機的な経済状況を招くことになるだろう。
ともに小泉内閣の二枚看板である柳沢伯夫金融担当大臣と竹中平蔵経済財政担当大臣のことを、ここであえて戦犯″と呼ぶ。
個人攻撃をするつもりは毛頭ない。しかし、小泉内閣が九月に示した不良債権処理への新たな提案はまったく切り込みの角度が浅く、再び中途半端な処理に終わるのがはっきりした。彼らにやる気が見えないのだ。
次にその理由を示そう。
九七年に橋本内閣が財政構造改革路線に突っ込んで、第二次金融システム不安を引き起こした。トンチンカンな経済失政で失脚した橋本首相の後を継いだ小渕首相の下で、当時、金融再生委員長として国民の税金七・五兆円の公的資金を大手銀行に注入したのが柳沢大臣だった。また、竹中大臣がメンバーだった経済戦略会議は、経営者責任を三年間棚上げして「犯人」=銀行経営者に自ら公的資金を入れるよう手を挙げさせよう、と決めたのだった。
つまり、公的資金の導入は当事者に手を挙げさせたうえに、銀行の経営者責任は問わなかった。さらに、当局の関与は限定的で、不良債権の査定は銀行に委ねたわけだ。私は当時からこの手法は誤っていると批判していたが、柳沢大臣も竹中大臣もこのような生ぬるいやりかたでも、不良債権問題は解決に向かうと判断した。ITバブルを煽って株価を引き上げ、銀行の経営者の責任を問わないうちに不良債権問題を処理できると見ていたのだろう。
ところが、現実はどうなったか。不良債権問題は沈静化するどころか、再び大きな火が燃え上がろうとしている。むしろ、破綻したマイカルが分類上、不良債権ではない要注意先債権の中に隠されていたように、根雪のように眠っていた不良債権問題も加わって現状は深刻の度合いを増している。
結論を言えば、不良債権問題に対する認識が甘すぎた。そして、柳沢大臣、竹中大臣はその重大な政策ミスに探く関った。不良債権問題の処理のやり方を誤った彼らのような戦犯″が、小泉政権において金融財政改革の要職にあるのは、起用した小泉首相が経済オンチぶりを発揮したとしか言いようがない。
不良債権処理を本気で進めるには、これまでの生ぬるいやり方をすべて否定し、徹底して断行するしかない。だが、戦犯たちにとって、公的資金投入は最初からタブーだ。彼らが入れた銀行の優先株に含み損が出ているからだ。もし公的資金を新たに入れようとすれば、この損失が明るみに出てしまう。それゆえ、政府の責任論も浮上しない。政府が責任を取らなければ、不良債権隠しで共犯関係にある銀行経営者の責任も問いにくい。したがって、九月に政府が決めた不良債権処理の新方針についても、またもや責任の所在のはっきりしない複雑怪奇な内容となっているのだ。
私は次のように主張してきた。
不良債権とはいわば日本経済の病気の原因だ。それを取り除かない限り、経済は立ち直れるはずがない。やるべきことははっきりしていて、まず不良債権のゴマカシをやめさせ、当局が一斉検査を行ったうえで、銀行の経営責任と監督官庁の責任を明確にする。
次に、当局は金融機関が貸出先の経営実態に合った引き当てをするよう強制する。ここでは引き当てをしっかりと積むことがポイントである。さらにその結果として自己資本不足に陥る銀行には公的資金を投入する。
同時に、中小企業にお金が流れるような法的な縛りも必要だ。たとえば、金融アセスメント法を定め、中小企業に対する融資が十分に行われているかどうかを監視する。公的資金を入れても、それで国債を買うのであれば意味がないからだ。

●「不良債権処理の問題は最優先」は嘘だったのか

政府は九月になってようやく不良債権の処理について、要注意先債権の中に隠れる不良債権をあぶり出す方針を打ち出した。当局による検査も強化するという。しかし、泥縄で決め、公的資金の再注入には踏み込まず、経営者の責任論もない。中身は空っぼだ。
政府は不良債権をまだ甘く見ている。アメリカは一九三三年に大恐慌が起きたとき、バンクホリデーと言って、一週間銀行を閉めたことがある。そのとき、当局は一斉に銀行検査を実施し、不良債権の引き当てを行い、責任を問い、経営者を辞めさせた。日本政府とは比べようもない大胆かつ明確な政策を実施しても、最終的に不良債権問題が解決したのは、それから二〇年後、第二次大戦のあとまでずれ込んだ。
政府与党の方針でもう一つ看過できないことがある。伝えられる内容をそのまま読めば、RCC(整理回収機構)を打ち出の小槌にしようと考えている。
銀行の破綻懸念先以下の不良債権をRCCが買い取り、特殊法人である日本政策投資銀行をかませて民間と共同で設立したファンドが企業の再生の役割をするというプランである。しばしば対比されるアメリカのRTC(整理信託公社)は、不良債権を買い取るといっても、一斉検査の実施や徹底的に経営責任を追及した。これによって一四〇〇人くらいが刑事罰によって収監された。
日本のプロセスで欠けているのは、経営者責任も問わなければ、一斉検査もなく、不良債権の買収価格もはっきりしない点である。不良債権の売り手が銀行で、買い手であるRCCには銀行の出向者もいる。つまり、売り手と買い手が一緒。世間ではこれをお手盛りという。実に不可解な議論が進んでいるのだ。
もとより、私が主張するすべてをやっても不良債権がなくなるわけではない。せいぜいのところ、累積が止まるだけである。しかし、それを止めること、経済を底割れさせないことが、いまなしうる最大の政策なのである。一方、政府のやろうとしていることは、改革でも手術でもない。決定的に欠けているのは、過去の失敗から学ぶという姿勢である。それがなければ、ただ同じことを繰り返すだけだ。
振り返ると、四月に誕生した小泉内閣は、不良債権の処理は最優先課題だと豪語した。さらに、不良債権は一〜三年で処理するとも断言した。
ところが、あろうことか、改革の工程表を示すまでの時間は、小泉政権が誕生して実に五カ月間も経っていた。
失業率の悪化も、経済低迷もはるか以前から誰もが予測していたにもかかわらず、雇用対策は遅れに遅れ、どうやら補正予算の審議は一一月に入ってからになりそうだ。小泉内閣は何と悠長でのんびりとし、まるで危機感のないことだろうか。

●「最悪のケース」とはずばり、世界同時不況だ

私はITバブルがはじける前年の暮れから警告を発していた。当時、ほとんどの識者が楽観的な見通しを立てていたので、「おまえはなんでそんなに悲観的なのか」とよく言われたものだった。九〇年代の初頭にも、こんなバカなバブルをやめろと警鐘を鳴らしたら、袋叩きにあった。しかし、現実は私の言うようになった。
私は三月、四月と九月、一〇月は日本の新聞をあまり読まない。というか、信じない。この時期、全国紙の一面と二面は政府の大本営発表で埋め尽くされるので、真実はそこにはない。この時期は、英米系の新聞と雑誌を中心に読むようにしているのだ。
私の注意を惹いたのは、ニューヨーク・タイムズ、ビジネスウィーク、英エコノミストなどのITバブルがすでにはじけているという記事だった。当時、日本のメディアにその種の視点はほとんどなかったといえるだろう。やや余談になるが、日本的なこうした国内のメディアと海外メディアの情報ギャップを知っておくべきだ。
同じような視点で今後の経済を考えてみた。本当のリスクは来年以降、アメリカが確実にひどい双子の赤字になり、その下で世界同時不況に入るのが「最悪のケース」である。アメリカの経済が墜落すれば、日本に限らずアジアやヨーロッパへの影響も甚大だ。つまり、世界が連鎖的に負のスパイラルに突入する長期停滞の入り口にいる。デフレと不良債権のスパイラルが止まらない危険性に直面している。
タイタニック号が氷山にぶつかったとき、甲板の上でサッカーをしていて、まったく危機感の希薄な乗客たちがほとんどであったという。船があと二時間以内に沈没する事実を知っていたのは船を建造した技術者だけで、彼らは一等船室にいる乗客だけに「沈没します」と知らせて、全乗客の三分の一しか乗れないボートに先に乗せて逃がした。他の乗客にはパニックになるからといって情報を隠して知らせなかった。
いまの政府はそれに似ている。つまり、不良債権の実態を小さく見せ、二、三年で処理が終わり、そのあとから日本経済は安定成長期に入るというあまりに現実離れした滑稽なシナリオだ。
すでに三三〇万人の失業者がいるときに、新規雇用五三〇万人を生むなどといわれても空々しく響くだけだろう。国民の歓心を買うような見え透いたウソの情報を流すのはいちばん悪質だ。
いまは「マキシミン・ルール(maximinrule)」、つまり起こりうる最悪の事態を想定し、最悪の結果と比較して被害が最小となる選択をするということが何よりも大切だ。

●デフレ下の規制緩和は大量の失業者を出す

日本では、本当の危機は来年の二月か三月に始まると私は考える。
中間決算で多くの銀行が赤字決算になり、さらに来年三月末の段階で無配になれば、国が保有する金融機関の優先株に議決権が発生する。そうなれば生き残る銀行と死ぬ銀行がはっきり見えるだろう。さらにペイオフ解禁だ。今後、保証協会による融資がなくなった中小企業の倒産も増えるだろう。
よく、経済危機のときはサッチャーやレーガンばりの政策をせよ、と言う人がいる。規制緩和を進め、民営化しろという声だ。が、そういう人はサッチャー政権の頃の状況をよく思い起こしていただきたい。物価上昇率は八〇年の二一%から八六年に三%に落ちたが、失業者は七九年の一二〇万人から、八三年には三〇〇万人超になった。
つまり規制緩和や民営化はインフレのときに限る。いまイギリスで最も人気のないサッチャーが当時支持されたのはインフレだったからだ。
一方、日本のようなデフレ状況で競争を激しくすればみんな賃金を切り下げ、さらにデフレが加速する。すでに日本は三年連続でGDPデフレーターがマイナス。これは戦前の大恐慌以来のことだ。本来ならいまこそ積極財政に出るべきだが、九九年、二〇〇〇年に膨大な財政赤字で景気対策を実施した結果、国の借金はもはやGDPの一・二倍、太平洋戦争突入前夜と同じ水準まで膨らんだ。財政を出動すれば、国債暴落のリスクがある。そうなると金利が上がり、問題企業は負債の重みに耐えられない。仮に金利が二%上がると銀行が持つ国債の評価損が四兆円程度発生し、金融危機に拍車をかける。
再び金融危機が持ち上がり、そのうえ、政策ミスが重なれば、日本の金融システムの破綻と、遂には日本経済全体を破綻の道に追い込む結果になる。
市場にお金が大量に放出されているので、長期のデフレのあとを襲うひどいインフレも恐怖だ。世界中で進む景気減速に米国同時テロが加わって、日本経済の悲劇的なシナリオはますます絵空事ではなくなった。
私はいまのような状況では市場原理一本でいくのは無理があると思う。止血剤なしに手術すると、ダメージが大きく、立ち直れなくなる可能性がある。公共投資の中身を整理し、不良債権は一気に処理すべきだと思うが、銀行には公的資金を投入して、産業に資金が回るようにしておく必要がある。
ただ、何をやるにしても、人々の将来不安が払拭されなければ、冷え込んでしまった消費マインドはなかなか元に戻らないし、景気回復もないだろう。それなのに政府は将来不安の解消にほとんど有効な政策を示していない。
たとえばいま、年金が将来不安の元凶の一つになっている。これ以上財政赤字を増やせないとしたら、いま一四〇兆円ある年金基金を取り崩しつつ、実施時期を決めて保険料方式から拠出税方式に徐々に移行させる方法も検討すべきだろう。詳しいことは省くが、取り崩した資金を将来不安を解消する対策に使えばデフレ防止にもつながる。
だから不良債権処理をしながら、最悪のシナリオを想定したうえでの丁寧な手術の手順が重要だ。だが、そのシナリオが嘘と偽りで塗り固められているのがいまの現実だ。国民はもう小泉失政の悲劇的な状況を覚悟するしかない時期を迎えているのだ。

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