投稿者 資料転載 そもそも狂牛病の意味自体が伝わっていない 日時 2001 年 10 月 01 日 07:45:22:
「---今回の狂牛病で問題の輸入肉骨粉は使っておりませんので御安心ください」
牛肉の並んだショーケースに、こんな「お知らせ」が貼り出されていた。客
はチラッと目をやり、そして足早に通り過ぎてゆく。
東京・吉祥寺。駅ビルのなかにあるニュー・クイック吉祥寺店の牛肉売り場
は、夕食時という時間帯もあってか予想外に混雑していた。ニュー・クイック
は、生産から卸、小売りまで一貫した独自ルートを持つ国産肉の安売りチェー
ンである。「本部からの指示もあって牛肉売り場は多少、縮小しましたが、お
客さまの数は減っていませんね。ブロック肉もどんどん売れていますし、売り
上げへの影響もほとんどありません。なかには食べても大丈夫なのかと気にさ
れる方もいますが、そういう方にはきちんと説明しています。でも、そもそも
狂牛病の意味自体がよく伝わっていないようです」(岩崎重治店長)
2枚485円の値札のついたステーキ肉を買った50代の主婦が言った。「ここは
安いですからね。でも不安ですよ。国は安全だ安全だと言いますが、本当に安
心できるんでしょうか。農水省もいろいろ隠していたようだし、簡単には信用
できません。大臣がみんなの前で牛肉を食べてくれるぐらいのことをしたら、
少しは安心できるんですけどね」
消費者は、狂牛病の実態をよく理解できないまま不安だけを募らせている。
そして農水省をはじめとする行政への不信感も募る一方だ。
その行政も、ようやく重い腰を上げた。農水省は19日、狂牛病の疑いが強い
乳牛が見つかった千葉県白井市の酪農家で今も飼われている46頭と、この牛を
生産した北海道佐呂間町の元農場から出荷された71頭の牛について、狂牛病の
検査を実施したうえで焼却処分すると発表した。
厚生労働省も、全国で約100万頭にのぼる2歳半以上の食肉用の牛すべてを対
象に狂牛病の検査をすると発表している。全国117カ所にある食肉衛生検査所
で行うもので、検査にあたる職員の研修も併せて実施するという。
だが、こうした対策で国民の不信感は拭うことができるのか。関係者の間か
らは「検査など本当にできるのか」「安全宣言を早く出すためのアリバイ作り
ではないか」という声が早くも上がっているのだ。食肉検査の事情をよく知る
小暮一夫獣医師が、こうした声を代表して言う。「検査は食肉解体処理場のな
かで行うわけですが、検査に丸1日はかかる。となると、その間、流通を止め
なければならなくなる。食肉の流通業者は朝、解体処理場に牛を持っていけば
午後には肉となって店頭に並ぶということを前提にしている。この条件下で、
検査が円滑に進むのか。それから、検査のために肉を1日分ストックする冷凍
保管庫も必要になるが、その設備を造るには膨大な費用がかかる。ある県の担
当課長などは最初っから『できるわけないだろう』と言ってますよ」
今回、千葉で狂牛病の疑いのある牛が発見されたのも食肉解体処理場だっ
た。足腰が立たないなど明らかな神経症状を示していたために発見されたのだ
が、果たして検査で異常を発見できるのかという疑問の声もある。
厚生労働省が行おうとしている検査で、果たして成果が上がるのか。被害を
最小限にするためにはやはり牛に肉骨粉を食べさせた牧場を特定して、牧場で
発見しなくてはならないだろう。
牧場で検査するにしても別の問題がある。検査を実施する際、その役目を担
うのは家畜防疫員だ。かつては各自治体が民間の獣医師をこの家畜防疫員に任
命してきた。だが昨年、農水省は家畜伝染予防法を改正して、原則的には民間
からの登用をしないことにした。民間の獣医師を締め出したのである。「全国
の家畜保健所の職員だけではまかないきれないから、民間の獣医師のなかから
家畜防疫員を任命し、この人たちが第一線で日常的に酪農家に行き、牛、豚な
どを見て家畜伝染病の発症を監視していたんです。その制度を変えて人数も大
幅に減らしてしまった。農水省には狂牛病に対する危機感などないのでしょ
う」(前出・小暮獣医師)
農水省はこうした批判にこう答えた。「家畜防疫員制度は変わっていない。
いったん民間獣医師を都道府県の臨時職員に任命した後なら、従来と同様に任
命できるのですから」(農水省畜産部衛生課宮崎成郎課長)
だが実は、これは非常時、つまり今回のようなケースの場合に限られる。だ
が、もちろんそうなってからでは遅いのである。
今回、厚労省が緊急検査という形で狂牛病対策を打ち出したのは、狂牛病の
感染源と見られる飼料の流通ルートがはっきりしていないからだ。つまり、農
水省を信用していないからだともとれる。
狂牛病が千葉県で発見された直後には、「狂牛病と疑われた乳牛は焼却処分
した」と発表していた農水省は、一転して「飼料用の肉骨粉に転用されてい
た」と言い換えた。こんな農水省をそう簡単に信じられるわけがない。「新聞
もテレビも北海道の牛71頭がどこに行ったか、どう処理されたかということば
かり報道していますが、とんでもない。あれではまるで農水省の垂れ流し報道
ですよ。狂牛病の潜伏期間は3年から7年。それを考えれば、いちぱんの問題
は、5歳で死んだ千葉県の牛が2歳の時にどんな餌を食べていたかということで
すよ。つまり3年前、北海道で食べていた餌です。この餌を食べていた牛は北
海道だけではありません。この餌をロットごと徹底的に追跡調査しなけれぱい
けないんですよ」(前出・小暮獣医師)
まさに、農水省はいちぱん重要な問題点を”封印”していると言っていい。
だが農水省の”封印”はこれだけに留まらないのである。
ここに「狂牛病リスク・アセスメント」の文字が書かれた英文のレポートがある。EUの加盟国で作る欧州委員会がまとめたものだ。欧州委員会の諮問機関、科学運営委員会(SSC)が、各国の狂牛病の発生リスクを調査した結果である。SSCではリスク評価を以下のように4つに分類している。
今年4月に発表された調査結果を見てみると、日本の牛肉の輸入元であるオース
トラリアは「レベル1」だった。.同じく輸入元であるアメリカは「レベル2」。す
でに狂牛病の発生が確認されているドイツ、フランスなどのヨーロッパの国々は「レ
ベル3」。最初に狂牛病が発生したイギリスが「レベル4」である。
実は日本政府も欧州委員会
に、このリスク評価を依頼していた。だが、今後発表されるであろうレポートには、
日本の名は出てこないのである。
「もともと日本も欧州委員会の狂牛病リスク調査に参加していたんですが、6月にな
って日本側からリスク評価を中止してほしいと言ってきたんです。そのために日本の
リスクを調査、公表することはできませんでした」(在日欧州委員会代表部広報担当・
井上ドミニクさん)
なぜリスク評価に参加しておきながら、突然、EUへの協力を拒否したのか。狂牛病
の権威でEUの事情にも詳しい日本生物科学研究所理事の山内一也・東京大学名誉教授
が、その事情を明かす。「同委員会の暫定報告では日本の評価を『レベル3』に入れ
ようとしていた。それに反発した農水省が評価の基準が妥当ではないという理由で評
価を拒否したんです。生産者保護、そして風評被害を防ぎたいというのが農水省の理
屈でしょうが、そこには国民の安全を守るという意識が完全に欠落している」
リスクレベルが「3」といえば、あのイギリスに次ぐハイリスクという評価である。
この衝撃の事実が明るみに出ることを恐れて、農水省は調査を”封印”したというの
である。
農水省では、その経緯と理由について次のように釈明する。「当初協力したのは、
牛に由来する原料を使用した医薬品や化粧品を日本からEUに輸出しているので、これ
らが輸入規制を受けないようにということでした。しかし、医薬品や化粧品は規制対
象から外れたことと、評価手法にもいくつか問題があることがわかったので評価の中
止を申し出たのです。たとえば、狂牛病の潜伏期間は平均5年と言われている。だが、
EUが主張していた潜伏期間は20年だった。それで20年前からの資料を提出しろと言っ
てきた。EUの調査はあまりにも実態とかけ離れている」(農水省畜産部衛生課国際衛
生対策室)「レベル3」と評価されそうだったことについては、こう言う。「協議の
途中段階で、このままいけば、日本が第3ランクのカテゴリーに分類される可能性が
あったのは事実です。しかし、日本にはさらに情報を提供して適切な評価を受けると
いう道も残されていたわけですから、途中段階で示された暫定的な結果は、あまり意
味がないと思いますね」(国際衛生対策室)
それにしても、厳しい調査結果が出そうだからといって評価対象になることを放棄
するというのは、いかがなものだろう。
今回の一件が起こるまで、少なくとも国民の認識としては
狂牛病パニックは遠いヨーロッパの対岸の火事でしかなかった。それがなぜ、日本は
「レベル3」と評価されたのか。
欧州委員会の調査では、イギリスなど狂牛病が発生している国からどの程度、肉骨
粉を輸入しているかという外部要因と、自国内で牛に肉骨粉を飼料としてどの程度与
えているかという内部要因によって狂牛病のリスクを判定している。「日本は英国か
ら1996年までに約300トンにのぼる肉骨粉を輸入していた。それでリスクが高いと判
定されたわけです。英国からの肉骨粉や臓物などの輸出統計を見ると、英国内で牛の
餌として肉骨粉を使用することを禁止された'88年以降、まずEC向けの輸出が急増し
ています。その後、'90年ごろからEC以外の国への輸出が急増している。この中には
日本も含まれます。そして、'96年に完全に輸出が禁止されるまで日本への輸出は続
いたのです。こうして日本にも約300トンの肉骨粉が輸出された。これはフランスや
ドイツ向けに3万トン以上輸出されていた数字と比べると少ないが、ゼロではない」(山
内名誉教授)
英国が日本に対し約300トンの肉骨粉を輸出していたというデータは、英国の通関
統計から明らかだという。ところが、日本にどれだけ輸入されたかという統計が明ら
かになっていない。
OIE(国際獣疫事務局)アジア太平洋地域事務所顧問の小澤義博氏が言う。「狂牛病
の蔓延を防ぐには、何よりも肉骨粉を飼料とすることを禁止することが必要です。し
かし、その肉骨粉がどこからどれだけ入ってどこへ行ったか---これを『プレイス・
バック』と言うが、これがいま獣疫の分野で国際問題になっている。どれだけ輸入し
たかという記録がない、そのこと自体が最大の問題だと言えます」
農水省はごまかしているのか。あるいは本当に把握していないのか。「農水省では
根拠も示さず(輸入された肉骨粉は)せいぜい数トンにすぎないと言っています。だが、
多い少ないの問題ではない。私は以前から、狂牛病は日本で発生しても不思議ではな
いと言ってきました。英国から狂牛病の感染の疑いがある肉骨粉が輸入されていた以
上、発生の可能性は、多いか少ないか、あるいはきわめて少ないか、いずれにせよゼ
ロではないからです。結局は、農水省の危機意識のなさが最悪の事態を招いてしまっ
たということです」(山内名誉教授)
さらに問題なのは、ヒトヘの感染だ。病原菌とは違って、狂牛病の原因は異常プリ
オンというタンパク質なので、高熱処理をしても無駄なのだ。つまり煮たり焼いたり
してもダメなのである。それを防ぐ手だてはあるのか。
イギリスで狂牛病の実態を調査した日本子孫基金
事務局長の小若順一氏は言う。「イギリスでは牛18万頭の狂牛病が確認されています
が、ヒトヘの感染例は約100人。狂牛病の感染力は強くはありません。脳、脊髄、眼
といった部位以外は食べてもほとんど感染しないと言われています。普通の牛肉なら
まず安心です。不安ならば、まあレバーは食べないのが無難でしょう。千葉や茨城の
学校給食で牛乳や牛肉を禁止しましたが、これは明らかに過剰反応です。あまり神経
質になるよりも、狂牛病そのものの発症を防ぐ方法を考えるべきです。狂牛病が発生
したのは、草食の牛に肉骨粉などの動物性の餌を与えたことが原因です。草を食べさ
せる自然な畜産に戻せば、それが最大の予防になる。コストは高くなりますが、消費
者がそれを受け入れることを求められているのです」
冒頭で紹介したニュー・クイックの清水富士雄社長は、輸入肉への依存度を高める
日本にこんな警鐘を鳴らした。「輸入肉だから100パーセント安全だとキャンペーン
しているところもあるが、それはおかしいと思いますね。むしろ根本的な問題は、日
本で流通している食肉の50パーセント以上が輸入肉だということです。外国から輸入
している場合、どんな飼料を使っていたかを全部把握できるのかという問題がある。
いわば自分が食べるものの安全性を外国に委ねているわけです。それに加えて、日本
独特の複雑な肉の流通にも問題がある。日本の食肉の卸売市場と小売りの市場の規模
には、大きな差があるんです。それだけ日本の流通が複雑だということです。狂牛病
に限らず、この非常に複雑な流通構造のなかで食肉の安全性がどこまで確保できるの
か、それも問題だと思います」
こうした「食」の安全性について根本から問い直す発想が、農水省をはじめとした
日本の行政には決定的に欠けているのではないか。
次のような言葉を聞けば、ますますその思いが強くなるのである。「問題の牛を生
産した北海道の元農家は武部農水相の地元の農協の組合員。その農協の組合長は武部
氏の熱心な支援者です」(ある国会議員)
担当大臣の、まさにお膝元で火を噴いた狂牛病パニックなのである。これで本当に
全力で狂牛病対策に乗り出せるのか。
農水省の対応がさらに後手後手になり、国民にその大きなツケが回ってくるのは避
けて欲しい。
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