投稿者 付箋 日時 2001 年 10 月 22 日 22:15:23:
「週刊DIAS」2001・11・05より
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「狂牛病パニックで”牛肉のない生活”が始まる」
大臣の「安全宣言」が出ても、消費者の多くは牛肉の安全性については懐疑的だ。
この不安を徹底的に取り除かない限り、日本の食文化そのものが変わってしまう可能性があるのだ。
郡司和夫(ジャーナリスト)
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・・・前略・・・
実態を把握していない武部農水相の発言
10月18日、武部農水相、坂口厚労相は揃って記者会見し、今後、全国の食肉処理場に出荷されるすべての牛の検査が実施されることを受けて「牛肉安全宣言」を打ち出した。
だが、果たしてこれで消費者の不安は解消されるのか。
全国一の規模を誇る東京都港区の中央卸売市場食肉市場。関東、東北地方から前日のうちに大型トラックで牛が運ばれる。牛は翌日、解体され、セリが行われるというのが一般的な流れだった。
これまでの衛生検査は、解体作業のあとすぐに行われていた。10月18日以前は、獣医師の資格を有す検査員(地方公務員)が、目で見て、何か異変があるものはナイフを入れて検査するという方法だった。1頭に要する検査の時間は十数秒といわれる。18日からは一頭一頭、脳の延髄を取り出し、異常プリオンの存在を試薬で調べている。その結果が出るまでは肉や内臓は出荷せず、約5時間後に非感染が確認されてから出荷。感染の疑いがある牛は、精密検査を行うことになる。
従来よりはるかに時間も人手もかかる検査だが、牛肉の安全性を確認するためなら徹底的にやるべきだろう。だがすでに、その検査作業をこなすうえで、さまざまな問題が持ち上がっているのである。
たとえば読売新聞の調査によれば全頭検査開始前の段階で、自治体の3割が検査が追いつかないため、食肉処理場への牛の入荷頭数を制限するつもりだということが分かっている。高級ブランド「松阪牛」の地元・三重県松阪市の食肉処理場内にある食肉衛生研究所でも、1日100頭の処理能力があるが、検査が間に合わず40頭に制限してスタートした。また、検査員の人員不足も深刻になっている。宮崎県では100人の検査員でも足りず、新たに70歳以上のOB10人を非常勤として増強するなどしているという。
こうした泥縄的な検査体制で行政側は安全宣言を打ち出したのである。安全宣言を発表する会見の席上、武部農水相は「世界でもいちばん高い水準の検査体制が確立できた」と述べているが、それはまったく根拠のない発言なのである。
元家畜防疫員の小暮一雄獣医師は今回の行政の対応を強く批判する。
「まず安全宣言ありき、なんです。いちばんの問題は、検査の途中経過を公表しないということです。坂口厚労相も一度は『1次検査で陽性と出たら公表すべきだ』と言った。そうしなければ消費者の牛肉に対する不安は解消しない、と判断したからです。ところが、農水省の猛烈な圧力で途中経過は公表しないということになってしまった。農水省はここまで来ても、食肉業界のほうばかりを見ているんです」
厚労省は当初、混乱を避けるためという理由で、公表は狂牛病の感染が確定した後にするよう各都道府県に指導した。だが、消費者からの強い批判で、1次検査で陽性反応が出たら公表する方針に転換。ところが、自民党狂牛病対策本部や農水省の要請で2次検査で感染が確定した後に、結果を公表することに再度方針を変えたのだ(いくつかの自治体は自主的に1次検査の結果を公表することにしている)。
「1次検査の方法はエライザ法です。牛の延髄から病原体の異常プリオンが蓄積しやすい『かんぬき部』を取り出し、異常プリオンに反応する特殊な酵素を反応させて感染の有無を調べる方法です。検査時間も5時間くらいで比較的短い。ただ、感染のないものを感染ありとする疑陽性が出ることが多いんです。正常プリオンと異常プりオンは分子量も同じで違いは立体構造だけです。
正常プリオンはその立体構造を酵素で分解できますが、異常プリオンは、酵素で分解できない立体構造を持っています。酵素でタンパク質を分解しておいて、特殊な色の付く試薬で分析します。色がついたのが異常プリオンと認識をするわけですが、正常プリオンも一部、分解されないで残るので、それで疑陽性が出てしまうんです」
前出・小暮獣医師はエライザ法についてこう解説した後、農水省への苦言をつけ加える。
「いちいち結果を公表していては、『いたずらに混乱を招く』というのが、中間報告をしない理由ですが、冗談ではありませんよ。狂牛病という言葉自体が新聞やテレビに出ることを、業界を代弁する農水省は恐れているんです。そうさせないために『確定するまで公表するな』と厚労省に圧力をかけているのです」消費者はすべての情報の公開を求めているということを、農水省はまったく分かっていないのである。
検査体制が万全でも解決できない”問題”
問題はさらにある。
厚労省は18日、「と畜法」を改正して、一般的な解体法である”背割り”作業の規制の検討を始めた。背割りによって危険部位である脊髄の組織が飛び教る可能性が指摘されているためだが、食肉市場の関係者から「それはなかなか難しい」との声が早くも上がっている。
「もし背割りが禁止されるとどうなるか・・・。背骨を抜くのがいいのかもしれないが、背骨を抜いてしまうと肉が伸びて、床に着いてしまうから肉を吊せなくなる。そうすると保管庫の天井を高くするなど、施設全体を改修しなけれぱならなくなる。それには膨大な費用がかかる。今はとてもそんなことはできません」(食肉市場関係者)
ヨーロッパでは解体前に脊髄を吸収する方法を採っている国もあるが、それには相応の施設が必要で、簡単にできるものではないのだ。
そもそも解体する前にも同じような厄介な問題がある。
今の解体法、背割りでは、すでに解体前の処置から、どうしても脳や脊髄の組織が飛び散ることになってしまう。背割りを禁ずるなら、この処置の方法も見直さなけれぱ意味がない。しかし、これといった代替の方法がないのです」(同)
つまり、検査体制をいくら確立しても、課題は山積しているのである。
さらに消費者サイドからも懸念の声が上がっている。
「安全宣言を出したあとに、ここぞとばかりに検査もしていない牛肉が市場に出てくるのではないか」(ある消費者団体)
18日以前に解体された牛肉は現在、約1万3千トンが在庫として保存されている。この肉の「保管料」はすでに国が立て替える方針が示されている。だが、武部農水相はこの牛肉について衆院農水委員会で「風評被害が沈静化するまで調整保管という形で一時的に流通を止めている」つもりであると答えている。これらの肉が焼却されるのか市場に出回るかは、まだ分からないのだ。
牛肉自体の狂牛病の検査方法は、現在、開発されていない。プリオンの量が少なすぎるからだ。
また、肉骨粉が再び使用されることはないのかという不安も強い。使用中止になったはずのDDTなどの農薬がいつまでも放置されたままになっていた過去の例もある。
「焼却する施設がないという問題もありますが、なぜ肉骨粉を全面禁止にしないのかということです。現在は一時使用停止の状態なんです。使うつもりがなくても何らかの手違いで紛れ込む可能性は常にあるのですから」(前出・小暮獣医師)
さらに取材を進めるうちに、農水省の若手職員から、信じられない情報を得た。EU、欧州委員会の狂牛病リスク調査への協力を、農水省は今年6月に拒否、日本が『レベル3』に評価される事実を封印してしまったことはすでに報じたが、この職員はその裏事情をこう明かしたのだ。
農水官僚のプライドが狂牛病パニックを起こした
「EUから何々の資料をいつまでに提出してほしいという強い要請がたびたびあったのですが、その態度に生産局畜産部の上層部がプライドをひどく傷つけられたんです。それで、もうEUの調査には協力するなとなった。『牛は焼却処分された』発言から、一転、『肉骨粉になった』と訂正した永村武美畜産部長のことではありません。もっと上のほうです」
その官僚は、さぞかしプライドを傷つけられたのであろう。だが、そんなことでこれほどの重大な事態を招いたとしたら、許されることではない。こんな無責任官僚がなんの責任も取らずにいるとしたら、本当にもう安全な牛肉は日本で食べることはできなくなる。
・・・後略・・・
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