投稿者 FP親衛隊國家保安本部 日時 2000 年 9 月 09 日 16:42:21:
細菌兵器開発のために人体実験を繰り返したとされる旧関東軍防疫給水部(731部隊)が、1940年に中国東北部の農安、新京(現・長春)で流行したペストを軸にペスト菌を体系的に調査した報告書が現存していたことがわかった。731部隊はペスト菌を最も効果的な細菌兵器と位置づけていたといわれ、同部隊の細菌戦の実態を解明する手がかりになる資料として注目される。
報告書は、松村高夫・慶応大教授(社会史)が昨年8月、同大医学部図書館の倉庫で見つけた。背表紙には「高橋正彦ペスト菌論文集」と書かれており、53年ごろ同大学で製本されたと見られる。高橋は当時、同部隊細菌研究部でペスト研究の責任者だった陸軍軍医少佐。42―43年に作成された「陸軍軍医学校防疫研究報告」27点を収録、全体で約900ページに及ぶ。随所に「秘」と記されている。
米国は終戦後の47年、731部隊に対する2回の調査を通じ、両地域のペスト感染死者の臓器を病理標本として提出させた。標本のうち57人の調査結果は米国ユタ州ダグウェー軍実験場で「Q報告」として保管されている。その序文は「高橋博士らは疫学・細菌学的な調査を実施。日本語で印刷されたそれらの報告書は1948年7月、すでに米国陸軍に提出されている」としているが、これまで「日本語の報告書」は行方不明だった。
死者57人は「Q報告」ではイニシャル表記だが、高橋論文集の実名リストの性別、年齢、病名と一致していることから、「Q報告」作成の基礎データになったと推測される。
報告書の中で注目されるのは、「昭和15年農安及新京ニ発生セル『ペスト』流行ニ就テ」と題する報告で、「昭和18・4・12」の年月日が入った6点。中国人の死者数百人と言われ、40年6―11月ごろ猛威を振るった両地域のペスト流行について、図表、グラフなどを交えて疫学、細菌学、臨床各面の所見を中心に説明。感染経路、ネズミの種類ごとに付着するノミの種類と数量、死者の臓器の分析結果、菌株の検出、気象との関係、家屋密度・構造などまでに至る詳細で体系的なものだ。
客観的な記述が続く中で、「『……人ペスト』ノ発生スルタメニハ有菌鼠ノ率ガ或程度以上(此ノ場合ニハ約0.5デアツタ)ニ昇ルコトノ必要デアルコトガ判ル」など実戦を視野に入れたと思われる記述もある。
各報告には「担任指導 陸軍軍医少将 石井四郎」などとあり、石井・731部隊長(発生当時)の指導によることを示している。
松村教授は「『Q報告』で言う『日本語の報告書』とは、一連のこの報告書であり、その後の細菌兵器開発に役立ったのではないか」と見ている。
中村明子・共立薬科大客員教授(細菌学)は「多角的な疫学調査で現代でも通用する水準だ。ここまで綿密に研究するからには応用する前提があったと考えても無理はない」と指摘する。
「旧日本軍の731部隊が研究・開発したペスト菌などの細菌を散布されて、被害を受けた」と主張する中国人の遺族らが日本政府を相手に損害賠償を求める訴訟が、東京地裁で行われており、報告書は証拠書類として原告側から近く提出される予定だ。
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