投稿者 FP親衛隊国家保安本部 日時 2000 年 9 月 02 日 15:02:47:
「百年に一度の事業機会が、当社の事業の延長線上にある」「私が描く当社の将来像に比べると(株価は)安すぎると思う」――。光通信の重田康光社長が金融専門紙のコラムで語った感想は、今となっては異次元の世界の出来事であったかのように虚ろに響く。
重田社長が「安すぎる」と言い切った時点の光通信の株価は二十万円。額面五十円の四千倍である。その半月後には二十四万一千円の最高値をつけた。それからわずか三カ月半、熱病から覚めた株価はまさに「釣瓶落とし」。六月一日には五千円を割り込み、翌二日には三千七百六十円まで下げた。高値のわずか一・六%。ピーク時に七兆四千六百億円に達した時価総額のうち七兆三千五百億円が泡と消えた。
黒いチューリップの球根に家屋敷を賭けたオランダの投機熱と同様、熱病は覚めてみると馬鹿らしいことこのうえない。まっとうな取引所が存在しなかった十七世紀ならともかく、今の証券市場に突然熱病が蔓延したのはなぜなのだろうか。ここ一年の光通信の株価チャートは、インサイダー取引や株価操作を封じる手立てが講じられる以前の、典型的な仕手株の値動きとそっくりだ。
「所詮は他人のカネ」
投機熱が蔓延する条件はいくつかある。まず、売買の対象になる商品に一定の希少性があることが前提だろう。そしてその商品が時代性に裏打ちされていること、そしてブームを煽る情報と、無節操な価格で買い上がる投機的な資金だ。光通信株はこの条件に見事に当てはまった。携帯電話やインターネットという時代性に加え、株の希少性も高い。
光通信の発行済み株式数は三千九十八万株あるが、六割は重田社長個人と資産管理会社「光パワー」が保有、実際に市場で流通しているのは一〇%あるかないかだと言われる。本来なら流動性の乏しい銘柄の上場は取引所が認めるべきではないのだが、目玉企業が欲しくて仕方がない東証は「一部上場」という看板まで与えた。
東証の問題は置いておくとして、最大の問題は「投機的な資金」がどこから出てきたかだ。世界的に投機資金の出所は、富裕な個人と相場が決まっているが、光通信の場合かなり様子が違った。小口の投資家のカネを集めた「投資信託」が大量に買ったからだ。
二月末現在の投信の持ち株比率は三・八%。大半は昨年夏から今年初めにかけて購入したとみられる。仮に平均単価十万円で投信に組み入れたとして、千二百億円の資金が光通信株に向かったことになる。株価下落の過程で早めに売っていればよいが、持ちつづけていれば一千億円の損が出てもおかしくはない。ジャーディン・フレミング投信の「新成長株オープン」という投信(六月初旬現在の純資産百三十七億円)の場合、組み入れ銘柄の上位には、ヤフー(組み入れ比率八・三五%)、ソフトバンク(同八・〇六%)に次いで光通信(七・四七%)が並ぶ。一時は一〇〇%を超える利回りだったが、ここ三カ月でみると三〇%を超えるマイナスになっている。外国系ばかりではなく、野村アセットマネジメント投信の「小型ブルーチップオープン」という純資産約千四百億円の投信の場合も、一月末で光通信を七・一五%組み入れている。
投信で最も「ピカツー(光通信)バブル」を煽った一人が、ジャーディン・フレミング投信のファンドマネジャーだった藤野英人氏。「Earning(利益成長)」「Equity(株主資本重視)」「Expertise(専門性)」を会社を選ぶ基準の3Eとして掲げ、光通信の「時価総額経営」を賞賛していた。ピカツーバブルに乗ってファンドが好成績を上げた藤野氏は、花形ファンドマネジャーとしてマスコミにももてはやされた。
横並び意識が強いファンドマネジャーの世界のムードも、ピカツーバブルを膨らませた。「流通株数が少なく価格変動リスクが高いことは分かっているが、上がっている以上、買わざるを得ない」と国内大手投信のファンドマネジャーは苦笑する。一銘柄にまとまった金額を投資する投資信託の場合、大手が買うことで株価が上がり、売ろうと思った瞬間株価が下落して売れなくなってしまうリスクがある。だが、「皆で渡れば怖くない。自分だけ買わずに成績が上がらなかったら責任問題になる」(投信幹部)というわけだ。
最近でこそ、投信の運用成績や組み入れ銘柄について情報を購入者に開示する動きが広がったが、「所詮は他人から預かったカネだという気安さがある」と国内投信の元役員は言う。「プロによる運用で安心して資産を増やしたい」という願望で集められた資金が、額面の四千倍にかけ上がったと思ったら六十四分の一にまで下がる株式に平気で向けられているという実態には、投信購入者は余り気づいていない。
もっとも、投信運用者が買うにはそれなりの免罪符が必要。その役割を果たしたのが証券アナリストのレポートである。「携帯電話会社間の競争は激しく、光通信の販売力への依存は続く」「子会社の光通信キャピタルは九十億円の投資を終えた模様だ。米国の類似ファンドをみると平均的には投資額の四十倍程度の収益は見込める」――。アナリストの中でもとりわけ、日興ソロモン・スミス・バーニー証券のトーマス・ローズ氏のレポートは引っ張りだこだった。
アナリストにも同情すべき余地はある。ジャーディンのファンドマネジャーだった藤野氏は、光通信を担当する外資系証券のアナリストに、積極的にレポートを書くよう求めていた、と言われる。株式売買を仲介する証券会社にとって、投信のファンドマネジャーは重要顧客。アナリストのランキングなどはファンドマネジャーらの評価で決まっていることもあり、「言うことを聞かないわけにはいかない」(外国証券の日本人アナリスト)。別の業界のアナリストの中には「前向きのレポートを書けと求められて断ったら、オレの言うことを聞かないなら取引はできないと切られた」という証言もある。
もともと店頭公開から上場に移って間もない光通信の場合、正式な調査対象としていた証券会社は多くない。一吉証券のように中小型株に特化したところを除けば、上場企業を基本的にフルカバーしているのは野村と大和ぐらい。「長期にわたって会社を分析しようというアナリストが減った」(ベンチャー・キャピタルの役員)影響も大きい。そこへきて、株価を当てて自分の証券会社や顧客に利益をもたらしたアナリストが「優秀」と判断される傾向が強まっている。「どうしても自分の推奨企業の株価を上げるような発言になってしまう」と外資系で働く日本人ベテランアナリストは言う。光通信の場合も日興ソロモンのほか、メリルリンチ証券やジャーディン・フレミング投信など、売買手口が多いところとアナリストが積極的に推奨していたところはほぼ一致している。
「時価総額経営」の陥穽
もちろん、証券界の空騒ぎに踊ってしまった光通信自身にも問題はある。
「本日の時価総額は三千億円。KDD、丸紅を抜いたぞ! 十年後には十兆円だ。必ず日本一になるぞ!」
重田社長はインターネットを通じて社員にこう檄を飛ばしていたという。本業は単なる携帯電話販売に過ぎないのに、ソニーなどと並べ「時価総額経営」と賞賛するマスコミもあり、社内は完全に浮き足立ってしまったのだろ
う。メディアも罪を免れまい。
ともあれ大手企業が軒並み持ち合い解消に苦しんでいる中で、重田社長の標榜した「時価総額経営」は耳新しく、だからこそ「変化を買う」外資系投信の人気の的になった。しかも、昨年の秋口からネットバブルが加速するのとほぼ同時に、株式売買委託手数料が自由化され、ネット証券の設立が相次いだ。これによって、投資経験未熟な個人投資家の資金が大量に流入したことも、ピカツーバブルに拍車をかけた。
光通信は市場の過渡期が生んだ鬼っ子だったのだろうか。兜町にはしきりに「Xデー」の噂が流れている。証券取引等監視委員会が証券各社に対して昨年来の光通信株の売買手口の提出を求めているという話もある。
無節操な投信運用者と実績作りを焦るアナリストに踊らされた被害者なのか、株価上昇を会社の目的だと履き違えた加害者か――。いずれにせよ、「ピカツー」には到底御しきれないモンスターが市場に棲んでいることだけは間違いない。