投稿者 FP親衛隊國家保安本部 日時 2000 年 8 月 27 日 02:29:32:
オーエン・マシューズ(モスクワ)
アレクサンドル・ニキーチンは、ロシアの秘密警察を相手に歴史的勝利を収めたはずだった。
ニキーチンは海軍出身の環境保護活動家。1995年、KGB(旧ソ連国家保安委員会)の後身に当たるロシア連邦保安局(FSB)に反逆罪で告発された。海軍の核管理についての機密情報をもらした、というのが理由だった。
1年近く獄中で過ごした後、ニキーチンは4年にわたり法廷闘争を展開。ついに昨年12月、無罪を勝ち取った。裁判官はFSBのやり方を「違憲」と断じ、人権活動家を狂喜させた。
だが先週、ニキーチンは法廷に引き戻された。12月の決定を不服としてFSBが上訴したからだ。
ロシアの秘密警察は過去半年間で、ソ連崩壊後に失った権力と影響力をあらかた取り戻した。法と秩序を旗印にするKGB出身のウラジーミル・プーチン大統領は、FSBのOBや現役数十人を政府の要職に任命。秘密警察は市民の動きに厳しく目を光らせ、政府批判を封じ込めている。
今年5月、プーチンが反抗的な地方自治体の首長を抑え込む目的で設置した「連邦管区」の責任者は、7人中4人がKGBまたは警察の出身者。6月に成立した新法で、緊急時の最高執行機関として強大な権限を与えられた安全保障会議のセルゲイ・イワノフ書記は、大統領のKGB時代の同僚だ。
「今では(FSB長官のニコライ・)パトルシェフと(内相のウラジーミル・)ルシャイロの2人が、大統領の片腕だ」と、クレムリンの元高官は言う。
反体制派は精神病院へ?
ロシアのジャーナリストは、強まる秘密警察の圧力をひしひしと感じている。ウラジオストクで地方紙の編集主幹を務めるイリーナ・グレブニョワは先日、「軽微な違法行為」で1週間収監された。
問題になったのは、選挙の買収工作を話し合ったとされる知事と副知事の会話を紙面に掲載したこと。会話中の卑猥な表現をそのまま載せた行為が法に抵触した、というのが当局側の説明だ。
6月にはロシア唯一の独立系メディア企業、メディア・モスト傘下のテレビ局が政府のチェチェン政策を批判した直後に、武装したFSB部隊が同社の本部を急襲した(メディア・モストは本誌の提携誌イトーギの発行元)。
モスクワのジャーナリスト、アレクサンドル・ヒンシュテインはFSBから精神鑑定を受けるよう命令された。反体制派が次々と精神病院に送り込まれた旧ソ連時代を思わせるエピソードだ。
市民の政治活動も監視の対象になっている。サンクトペテルブルクにあるバルチック大学の学生ドミトリー・バルコフスキー(22)は、リベラル派政党・ヤブロコの選挙運動に参加したところ、FSBから呼び出しを受けた。
「ヤブロコの組織構成とメンバー数人の私生活を尋ねられた」と、バルコフスキーは言う。「もし協力を拒めば、退学させてチェチェン送りにしてやると言われた」
バルコフスキーはいったん内通者になることを承諾したが、後に約束を撤回。一連の経緯を公表した。1週間後、バルコフスキーは退学処分になった。
今や救世主並みの扱い
モスクワ中心部の広場に集まった群衆が、秘密警察の創設者フェリックス・ジェルジンスキーの銅像を引き倒したのは91年8月22日。その後の9年間で、ロシア国民の「特務機関」に対する態度は一変した。
「今や特務機関は救世主並みの扱いだ。国民は汚職の蔓延と資源の略奪にうんざりしている。秩序を求めているんだ」と、KGB退役軍人クラブの会長を務めるワレリー・ベリチコは言う。
「特務機関の復活は、すなわちロシア政府の復活だ」というベリチコの主張は、多数の国民の声を代弁しているようだ。最近の世論調査によると、61%のロシア人がジェルジンスキー像の再建を支持している。
現に議会では先月、銅像の再建案が提出された。このときは否決されたが、再建派はいずれ自分たちの主張が通ると確信している。
ニューズウィーク日本版
2000年8月16日号/23日号 P.29