学研△ー7月号より転載〜大韓航空007便撃墜17年目の真実〜海面に着水する直前、007便は自爆していた!?

 
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投稿者 FP親衛隊国家保安本部 日時 2000 年 6 月 10 日 17:33:57:

●前号までのあらすじ。

1983年9月1日未明、大韓航空007便は、ソ連戦闘機が発射した2発のミサイルで撃墜され、乗員・乗客269名全員が死亡。
この衝撃的な惨劇に関し、筆者は旧ソ連のKGB高官アレクセイから驚くべき情報を入手した。
「事件の10日ほど前、007便に爆弾が仕掛けられているというファックスが、ワシントンのソビエト大使館に送られてきた」
とアレクセイはいうのである。
さらに、事件当時、ソ連の調査メンバーだったアレクセイは、「米軍は民間機を侵入させることによって、ソ連の指揮系統、迎撃方法、無線の傍受・妨害・解読など、各種の情報収集をはかろうとした。つまり、007便のコース逸脱は、明らかに侵犯を自的としたものである」
と断言する。
しかし、乗客の安全を第一義に考える民山間積の機長が、そんな無謀なことをするだろうか? 常識で考えるならば、それは絶対にありえないことである。
だが、アンカレッジ離陸後、撃墜されるまでの5時間あまりの007便の行動を詳細に検討してみると、このアレクセイの言葉を受け入れざるをえないのだ。機長をはじめとする3名の運行乗務員は、危険を承知のうえで意図的な航路逸脱をしていた!
そして、運命のときが迫る。007便を追尾するソ連の戦闘機が
撃墜の命令を受けてミサイルを発射。日本時間午前3時26分、「目標撃破!!」を報告した−−−。

●ミサイル直撃!!007便最後の12分

サハリンのソーコル基地第41飛行連隊の副連隊長、オシーポピッチ中佐は、領空侵犯した007便に向けて2発のミサイルを発射した。
中佐が操縦するスホーイ15戦闘機に搭載された「熱探索誘導ミサイル」と「レーダー誘導ミサイル」である。
基地に帰還後、中佐は「熱探索誘導ミサイルは左翼エンジン部分、レーダー誘導ミサイルは後部に命中」と報告している。だが、これには誤認があるようだ。
新生ロシアになってから返還された007便のボイスレコーダー
には、コックビットの会話が録音されている。その中で「エンジン正常」という機関士の報告、そして機内の急激な減圧のために「1万フィートに降下中」という東京ラジオとの無線交信がある。
これから判断すると、エンジンに損傷はなく、おそらく機体後部に命中したミサイルの爆発によって機内の減圧が起こり、安全な高度である−万フィート(約3000メートル)まで降下しようとしたものと思われる。
ソ連側のレーダーも稚内レーダーサイトも、007便がレーダー
から消えるまで、ミサイル発射から12分ぐらいと計算した。特にソ連側のデーターでは、007便は右旗回しながら人的に制御された飛行を続けていたと報告している。
もし007便がミサイル直撃による空中爆発や空中分解、あるい
はほとんど垂直に海面に激突したとするなら、このような航跡は考えられないのである。
「私の手元にある報告書によると、007便は高度600メートル付近でレーダーから消えた。しかし、それまでの降下率から計算すると、垂直に落ちたのではなく、約25〜30度の角度で海面に接触、しかもかなり減速していたことが判明している。したがって、落下地点も早めに特定することができた」
とアレクセイは当一時の状況を語った。
それを聞いて私は、彼が何かもっと知っているに違いないと
感じた。
「海面に接触」といういい方は不自然だ。「海面に激突」とはいっていないし、「地点の特定が早かった」ということは、ソ連軍はかなり詳細な部分まで知っていたことを意味する。
ロシア語と日本語のニュアンスや意味には微妙に異なるところがあるが、アレクセイの言葉の裏には何かあると私は感じる。彼は現役のKGB高官であり、いってはならないことを十分承知しているはずだ。しかし、無意識にか意図的かはよくわからないが、ときどき謎めいたことをいう。もちろん逃げ道を考えているのだろうが、一方、自分の考えをわかってほしいと思わせるようなこともちらつかせる。
それがロシアンスタイルなのかKGBスタイルなのかは私にはよくわからないが、いずれにしても多くのヒントを与えてくれるのだ。
「ひとつの事件が起きた場合、軍は軍の視点と任務で考え、内務省は独自の見地で考える。007便についていえば、領空侵犯の警戒、国際ルールに基づいた警告、迎撃と撃破、それらは軍の任務であり、軍人としてなさねばならない任務であることは自明だ。しかし、私たち内務省は違う。事件の裏に存在するものを知りたいのだ。侵入の目的、だれの命令か、メリットは何かなど、必要最低限のことを知る必要がある。だ
からあの事件発生と同時にKGBの人間がサハリンに派遣された
のだ。相手にとって不利な何かが発見できれば、それを材料に政治的駆け引きができるからだ」
彼は続けた。
「撃墜後の処理は、主に海軍が中心になって行った。機体およびブラックボックスの探索が重要任務であり、かなり早い時期に回収を終了していた。その後も長期間にわたる捜索活動を続けていたが、それはカモフラージュで、米日側を欺く方法だったのだ」
以上のアレクセイの話をまとめてみると、後部付近にミサイルを受けて損傷した007便は、急速な減圧を避けるために高度
−万フィートまで急降下、右旋回を続けながら螺旋状に飛行し、25〜30度の降下角で海面に落ちた、となる。
これが事実とすれば、機体は中破ぐらいですんだのではないか。仮に大破したとしても、後に海底で発見きれた原形をとどめないバラバラの状態を考えるのは少し困難だ。時刻が夜であり、視界がなく、機も思うように操縦できないことを考慮に入れてもである。

●007便が発した2度の爆発光を目撃

この件についてはさらに後述するが、実は007便の最期を目撃
した人々がいる。そのとき、モネロン鳥の北18・5カイリ(約34キロ)で操業していた日本のイカ釣り漁船「第五十八千鳥丸」の8人の漁船員である。
その証言はテレビでも流されたが、改めて小山厳著『ボイスレコーダー撃墜の証言』より目撃状況を引用してみる。
「午前3時半頃になって飛行機の爆音が聞こえたんです・・・・・爆音が急に大きくなって、頭の上をかすめていきました。・・・・間もなく『ドカーン』と大きな爆発音が遠くのほうからしてね、東南東の水平線が『パア〜ツ』 と光ったの。オレンジ色の光でしたね。二〜三秒光って、こんどは前より小さい爆発音がして、また、オレンジ色の光か走ったんです。この間、五・六抄くらいだったかね。しばらくして、ものすこく油臭い匂いが海面に漂ってきたの」
以上の証言から、007便のエンジンは4基とも正常な状態にあ
ったのみならず、墜落とは明らかに異なる飛行をしていたことがわかる。ただし、そのときはまったくの闇夜で、彼らは飛行機自体は目視していない。
彼らの「頭の上をかすめて」という表現から察するに、007便の高度はせいぜい200メートルぐらいだろう。接水地点までの距離は1 0〜15キロと推定される。そして、それから計算できる降下角は、5〜10度前後だろう。
もしこれが正しいならば、この降下角は通常の旅客機が着陸する3度角に近い。また、ソ連側が推測する降下角25〜30度を考慮したとしても、墜落とはいえない。
アレクセイは、ミサイル発射直後、国境警備隊や海軍に救命および救難命令が出され、何隻かの艦艇が現場に向けて急行しているという。つまり、ソ連側はこの時点では「生存者がいる」と判断していたのである。

●007便の機体は移動きれていた!

ここで疑問が浮かんでくる。後の発表によれば、007便は原形
をとどめないほどパラバラの状態で、水深200メートル以上の海底に沈んでいたとされる。
事件後、海底に初めてビデオカメラを入れた「イズベスチヤ」紙の撮影責任者タラノフ氏は、以前、私に次のように語った。
「実に無気味、不思議な感じだった。まず、本当に乗客がいたのだろうかと疑った。その痕跡が皆無に近かったからだ。体の一部を数個発見したが、残りはどこにいったのかを理解できなかった。体のないズボン、Tシャツ、そして数少ないガラクタだけ……。この飛行機は本当にここで墜落したのかと疑った」
こうした印象は彼ばかりではなく、海底調査に従事した人全員に共通のものだった。当時、機体探索の依頼を受けて作業をしていた民間船のギルス船長の日記には、
「十月十日、潜水。機体の破片、外板の一部、ケーブル、衣服、だが人間は不在。トロール網で運ばれ、空から落ちてきたものではない印象……」
と記している。つまり、海底で見つかるものは「空から落ちてきたものではなく、卜ロ−ル網で運ばれてきた」ような感じを受けるというのだ。
実際、そのとおりなのだ。彼らが作業する以前に、海軍はすでにブラックボックスやコンテナ数個分の品物を引き上げてモスクワに送っていた。不要となった機体は、掃海艇の卜ロール網でより深い海底に運ばれた。関係者はインタビューにそう答えている。
007便が海面に接触した地点と、バラバラになって発見された
地点はかなりズレがある。これについては前述のタラノフ氏の意見も同じであった。しかし、なぜそこまでする必要があるのか謎である。
アレクセイに質問してみた。
「私が答えることのできる範詞でいえば、007の墜落地点と発見地点は異なる。墜落地点はもっとモネロン島に近い、水深の浅いところだった。だから海軍は短時間で重要物証(ボイスレコーダーなど)を回収することができたのだ。確かに海軍艦艇のトロール網などで機体が引きずられ、バラバラになって深いところに運ばれた。これは、ソ連がブラックボックスを回収していないというカモフラ−ジユのためで、他意はない。もっともこれは私の推測だが」
すなわち、機体は中破、ないしは大破の状態で、モネロン島近くの比較的浅い地点で発見され、速やかにブラックボックスが海軍や軍情報局(GRU)の手によって回収された。その後、米日の捜索をカモフラージュするために、より深い海底に沈められた。
タラノフ氏や民間の調査関係者が、269名の乗客がいたとは思
えないといっているのは、この理由によるのである。

●消えた遺体と007便爆発の謎

さて、ここでいちばん知りたいのは、乗客の安否である。スホーイ15戦闘機のミサイルや着水時のショックで、たとえば半数が死亡したと考えても、多数の負傷者や生存者が発見されてしかるべきである。
百歩ゆずって全員が死亡していたとしても、遺体が存在する
はずである。
なのに、生存者はもちろん、遺体もない現実をどう考
えればいいのだろうか。
アレクセイが語ったように、ミサイル命中直後に救難命令が発せられ、海軍や国境警備艇などが現場に急行しているのだ。つまり、その時点でソ連側は生存者がいると考えた節がある。
にもかかわらずソ連側の公式発表によれば「全員死亡」となっている。
では、遺体はどこに消えたのか。ミサイル命中後、007便は12分問の飛行を続けているが、これは墜落といえるものではない。1万メートルから12分かかって接水するとしたら降下速度は毎秒13・9メートル(時速50キロ)である。
これはパイロットによって制御された飛行といえる。
だが、現実には生存者はおろか、遺体すら発見されていない。私は少々悪意も交えながら、この状況を次のようなケースに分類してアレクセイに聞いてみた。

@全員死亡の場合。民間機撃墜の証拠隠滅のために遺体を隠した。

A全員死亡でない場合(数は不明だが生存者がいる)。特別の収容所に収容した。遺体もその近くに埋葬した。

B機が海面に到達する以前に何かの要因によって機体がいくつかに分解、海に投げだされた乗客はそのままになった。したがって、機体の近くで発見されなかった。

「@についていえば、事件後すぐに民間機とわかったのでまったく意味がない。Aのように生存者がいれば、民間人と判明した段階ですぐに引き渡される。あなたのいうなかでは、Bがいちばん現実性がある。つまり、海面に接する前にトラブルが発生したか、何かが爆発したため、機体が数個に分解した可能性がある。何が爆発したかは特定できないが、この爆発音を近くの島民数人が聞いている。この爆発について推理してみよう。仮に水面に達する少し前、高度数十メートルくらいで、あるいは海面上でエンジンが爆発したとしよう。その場合、機体のみならず海面でも燃料が長時間にわたって燃え上がるはずだが、その形跡も証拠もない。あなたの話によれば『千鳥丸』も爆発の光を見ただけで、燃え上がる炎は見ていないという。したがって、007便で、エンジンや燃料タンクが爆発したとは考えにくい。では、その爆発は何かということになるが、私の立場からいえば、それは爆弾ではないかと思う。つまり、後部貨物室あたりに仕掛けられた爆弾が爆発、機体は2個あるいは3個に分裂しながら海面に落ちた。爆発によって最初は後部がちぎれ、接水時のショックで胴体中央部か分解、主翼から機首まではあまり損傷を受けずに水没した可能性がある」
私は冷静に聞いていて思ったのだか、彼は推測と前置きしているものの、本当は事実をいっているのではないか。確かに
細かいところで曖昧な部分もあるが、さまざまな角度から調査・分析した結果を、遠まわしに教えているのではないかと感じたのである。
もっと別のいい方をすれば、多くの遺体がまだ機体とともに海底にあるのではないだろうか。ソ連側の「全員死亡」という発表は、遺体を確認できたからこそいえるものではないのか。

●米ソの冷戦構造が真実を闇に葬った!

しかし、もし本当にそこに遺体があるのなら、どうして遺族に返還しないのだろうか。アレクセイのいい方は実に遠まわしだ。
「遺体が発見できなかったからこそ『全員死亡』と発表したのだ。遺体が発見されていても同じことだが・・・。もし、遺体がそこにあれば、なぜ返還しないのかという疑問は十分理解できる。しかし、この件についていちばん権利を 持っている国がそれを求めていないし、その必要性も持っていないのだ。これは遺体があっての話だが・・・」
私はとまどった。彼の話は核心に近づくと、しごく腰昧ないい方に変わってしまう。
なぜ、その必要がないのか。もし遺体があれば、家族のもとに返すのは当然のことだ。この事件でいちばん責任を負うべきアメリカが返還を要求しないため、今でもロシア領内に放置きれているのだろうか?
「007便かいかなる理由、目的と意図を持ってソ連領内に侵入したかはすでに話した。一方、アメリカの軍情報局や国家安全保障局がソビエトの無線を傍受、解析していたのと同じことを私たちも行っていたのだ。つまり、アメリカはソビエトを傍受、そして傍受しているアメリカをソビエトが傍受、という具合に。こうなれば、両国には秘密にすることはほとんどないといえた。これは軍を超えた機密事項で、ごく少数の関係者しか知らないことだ。アメリカも同じだ。007便が30分遅れで出発した本当の理由は、米国の偵察衛星フェレットがサハリンの上空にくる時間に合わせて、タイミンクよく同じ空域にいるためだ。今となってはそれはもうどうでもいい。当時、ソ連はアメリカに脅威を感じていたし、こちらから戦争を仕掛けることなどまったく考えていなかった。レーガン政権はこれを政治的にうまく利用したが、彼も本気で戦争を
起こす腹も勇気も持っていなかった。その意味で、アメリカとソ連は表と裏の関係だったと思う。この件についてはすでに政治的決着がついている。私が話せるのはここまでだ−−−」
こうして私とアレクセイの長い話は終わった。
米ソ両国による政治決着によって、だれが、いかなる利益を収奪したのかについては不明である。それについては、アレクセイはむろんのこと、筆者が接触した関係者はだれも話そうとしない。
しかし、あと何年かすれぱ、真実が明らかになるかもしれない。今はそれを願うだけである。
書きたいことはたくさんあったが、誌面の都合上、割愛せざるをえないものが多かったことはご容赦願いたい。また、本稿を書くに当たって多くの書物を参考にさせていただいた。いちいち書名をあげることはしなかったが、ここで著作者にお礼申しあげたい。
007便の悲劇に関しては、まだ多くの謎が残されている。すべ
てが解明されたとは、私自身、思ってもいない。これからも取材を続け、新たな情報が入り次第、本誌で公表するつもりなので乞うご期待!(完)



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