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●『NATURE』誌の最新科学ニュース(http://www.naturejpn.com/newnature/bionews/bionews-j.html )から興味深い記事を転載して紹介します。
●最初の記事は、クモの猛毒を合成する遺伝子を穀物に組み込んで“農薬がわりに毒を出す”農作物をするという構想。 これと同様のものは、すでに“実用化”されている。
つまり蚕に「卒倒病」を起こして死に至らしめるバチルス・チューリンゲンシス(BT菌)の毒素(BT毒素)を合成する遺伝子を穀物に組み込んで、“天然農薬”として利用するという構想ですが、これは現実に害虫(ガの幼虫)だけでなく益虫も殺すことが確認されていて、貴重な昆虫を絶滅させる危険性が指摘されているし、BT毒素はセレウス菌が分泌する食中毒の毒素とも酷似していて、人体への危険性も指摘されている。
さらに、毒素産生遺伝子が、自然環境中で一般の微生物に水平伝播して、新型の猛毒細菌などが生じる可能性もあるので、きわめて危うい冒険だと言うほか無いでしょう。
クモ毒をウイルスに組み込んで“微生物農薬”として野外散布する構想は、十年以上まえから英国の研究機関が取り組んできたし、日本の理化学研究所が共同研究を行なってきました。
(余談ですが、英国では第二次大戦中にドイツに対する細菌戦争の準備を進め、スコットランドのグルイナード島で実際に散布実験を行なったが、散布した炭疽菌は胞子状で半永久的に生存できるため、10年ほど前まで、この島は立入禁止になっていた。
炭疽菌の生物兵器としての利用は、当然のことながら準備の段階でさえ非常な危険を伴うので、「亀戸異臭事件」を引き起こし、オウム教団が東京の合宿所で企てていたとされる「炭疽菌」散布計画が本当に「炭疽菌」を使おうとしていたのか、正直言って疑問が多いと言わざるを得ません。
アマチュアが、いいかげんな安全対策のもとで準備しうる「生物化学兵器」なんぞ実際にはタカが知れているので、カイル・オルソンのような生物化学戦争の宣伝マンが吹聴するホラ話は、オオカミ少年の“警告”程度の認識で聞いておくのが無難でしょう。
それから、理化学研究所が国内でおそらく唯一の「遺伝子組換え専用P4ラボ」を筑波で運用しているのは有名な話ですが――そういえば最近ここで研究者どうしの殺人事件があったな――理研は日本の産学協同研究体制の走りであっただけでなく、新潟の馬喰の子として生まれ育った田中角栄に、工場や研究機関の僻地誘致による地域開発という「日本列島改造論」の発想を植え付けた伝説的な研究所でもあり、また第二次大戦中に仁科研究室で原爆や殺人光線の研究開発を行なっていたことでもつとに有名です。
ちなみの当時の「殺人光線」とは、高出力のマグネトロンで強力な電磁波を発生させて、遠距離の敵機に照射して撃ち落とすことを最終目的としていた、ビーム照射能力を備えた巨大な電子レンジにほかならず、当時はそれでウサギを焼き殺すことに成功していたとのこと。オウム教団では電子レンジと同様の原理の人体焼却炉を開発していましたが、結局、日本がそれよりも半世紀まえに密かに行なっていたプロジェクトを再現していただけだったのです。)
●二番目の記事は、眼球以外の光センサーについての研究報告。 発生学的に眼球は中枢神経の延長とみなされているので、ヒトのような「高等動物」でも、こうした可能性が当然考えられる。 手塚治虫の『三つ目が通る』のような「第三の目」がヒトの額にあるかどうかは知りませんが、光を感じる器官は、ヒトの足のふくらはぎの辺りにも存在していることが確認されているようなので、光の感覚が眼球の“特権”だと信じるのは、無知蒙昧[もうまい]ゆえの思いこみなのだと言えそうです。
●三番目の記事は、心臓発作の患者には救急車を待つよりも、周囲の人がシロウト作業であれ簡易心臓マッサージを施したほうが救命率が上がるという指摘。 義務教育でインターネットの“遊び方”を教えるくらいなら、人工呼吸や簡易心臓マッサージを「市民のたしなみ」として教えたほうが、よほど役に立つと思うのですが、こうした教育をサボっているのは、病人にはなるべく早く死んでもらって国民医療負担を削減したいという国家意志の表出なのでしょうかね。
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生物工学 :
●●クモ入り穀物 ――クモの猛毒を組み込んで害虫駆除●●
遺伝子組換え食品をめぐる論争は、いささか奇妙な展開を見せようとしている。このほどオーストラリアと米国の研究者が、世界で有数の毒グモであるオーストラリア産ジョウゴグモの毒素を穀物類に持たせようと提唱したのだ。この毒素は、植物が作り出す最高の殺虫剤となり、おまけに環境にもやさしいらしい。
今回発見された毒素は、昆虫を殺す一方で、ヒトや動物には全く無害である。よってクモ毒を作るように指令する遺伝子を組み込んだ穀物は、害虫に対してのみ毒性を示す。このように主張するのが、米国コネチカット大学ファーミントン保健センターのGlenn F. Kingらである。
現在、世界の穀物類のほぼ3分の1が害虫(主にガやチョウの幼虫)に食い荒らされている。また昆虫は従来の殺虫剤に対する抵抗力を次第につけるため、環境被害を引き起こしたり、食品を汚染することもある。これに対し、世界中で増加する人類を養うためには全世界での穀物生産をこれから20 年間で現在の2倍にしなければならないとする予測がある。
この問題を解決する1つの方法がジョウゴグモの牙にあるとKingは考えている。ブルーマウンテン・ジョウゴグモ(Hadronyche versuta)の毒液には100 種を超える毒素が含まれている。これらの毒素が組み合わさると昆虫(クモの自然の獲物)のみならずヒトを含む霊長類をも殺すことができる。(ブルーマウンテン・ジョウゴグモは、有効な抗毒素が導入された1980 年までに、約4年おきに1人の人間を殺してきた。)これに対してネコ、イヌ、カエルなど他の動物は、このクモの毒に対して生まれつき免疫がある。
ただ個々の毒素がすべて人間にとって有毒というわけではない。昆虫と霊長類を無差別に殺すような毒素がある一方で、特定の昆虫や霊長類にしか毒性をもたないものもある。そこでKing の研究チームは、それぞれの毒素につき昆虫に対する特異性を検証している。シドニー大学(オーストラリア)のKingの研究グループは、昆虫の神経系を破壊し、死滅させるが、人間には影響を与えない低分子量の毒液タンパク質分子を3年前に同定した。今回の研究でKingは、特定の昆虫種のみに毒性を持つ、より強力な毒素を発見した。
Nature Structural Biologyの2000年6月号に掲載されたKingの研究チームの報
告によれば、ゴキブリが今回発見された毒素に接触すると、神経系が過駆動状態になる。このゴキブリは、身を震わせ、激しく足をぴくぴく動かし始める。同じ毒素をゴキブリに注射すると、麻痺状態になり、死んでしまう。
タンパク質分子は、36個あるいは37個の「アミノ酸」構成単位の鎖であり、三次元形状に入念に折り畳まれている。この時の形状が重要である。1ヶ所でも折り畳む場所を間違えると、いかに大量の毒素を与えても標的昆虫の身体機能に何の変化も起こらなくなるのである。King の研究チームは、今回発見されたタンパク質には2つの異なる分子の「顔」があることから、「ヤヌスの顔を持つアトラクソトキシン」と命名した。この名称は古代ローマの門や戸口の神であるヤヌスにちなんでいる。当時のヤヌスの絵を見ると、2 つの顔があり、それぞれが反対の方向を向いているのである。
毒液に含まれる毒素を精製することも作物に散布するために必要な量の毒素を生産するにも高いコストがかかる。そこでKingは、穀物が自らクモ毒素系殺虫剤を産生するための遺伝子を導入することを提唱している。そうすれば穀物を食べようとする害虫の幼虫はイチコロだというのである。ただ「こう言うと、特にヨーロッパでは激しい論争になるはずだ」とKing 自身が認めている。このような遺伝子組換え(GM)穀物が作られると、昆虫の抵抗力が増強され、クモ毒液遺伝子が環境中に漏れ出すのではないかと危惧する研究者がいることも事実なのである。
Kingは、これよりも優れた方法として、ガやチョウのみに感染するウイルスに毒液遺伝子をスプライシングすることにより、毒素を標的生物種に直接到達させ、その標的生物種を食する他の昆虫や動物に毒素が行き渡らないようにすることを提唱している。彼は、さらなる技術開発のために既に2 社との交渉を始めている。Kingは、この方法については、ウイルスの選択性により安全性が格段に高くなっていることを指摘する一方で、一般人を納得させることが難しいかもしれないことを認めている。「ウイルスと毒素とをからめて言うと、とても神経質になる人達がいる」と彼は語る。
David Adam
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進化 :
●●脳の奥で光を感じる ――長周期の検出器か? ●●
目だけが、「見て」いるわけではない。サケの脳の奥深くに隠された、光を感じる能力について、そのさまざまな新しい側面が明らかになった。
もちろん、個々の映像を構成するとなれば、それに必要な能力を備えているのは目だ。しかし、体のほかの場所にも光を感じる細胞や器官がある。こうした細胞や器官は、もっと単純に光に反応し、昼と夜の繰り返しや季節の変化に体を同調させる。
そのような器官でもっともよく知られているのは、松果体だ。松果体は、魚類、は虫類、両生類では頭の頂上にあり、ほ乳類では頭蓋深くに埋め込まれていて、行動や代謝の概日リズムの調節に関わっているホルモン、メラトニンを分泌する。
はるか昔の1911年、Karl von Frischは、ミノウ(Phoxinus laevis、ヨーロッパ産のコイ科の小魚)が、目と松果体を取り除かれても光に反応するが、脳の基部が損傷すると反応しなくなることを示した。von Frischは、このかなり思い切った実験の結果を解釈するために、神経系の深くにある、光を感じる細胞あるいは器官、「脳深部光受容器」の存在を仮定した。最近の研究で、この考えが裏づけられ、光を感じているとみられるいくつかの細胞が突き止められた。
しかし、目と、それ以外の光を感じる器官の区分は、はっきりしなくなり始めた。たとえば、映像を構成する棹体細胞と錐体細胞を作れないマウスは目が見えないが、概日リズムを調節することはできる。この能力は、もし、マウスの目が取り除かれると弱まる。この事実から、目は、私たちがふつう視覚として考えている以上に光に関するさまざまな仕事をこなせることが分かる。
この種の光検出のメカニズムに関心が高まってきたのは、最近のことだ。ロンドン大学インペリアルカレッジのRussell G. Fosterらは1997年、像を作る棹体細胞と錐体細胞に関連するオプシン(視物質のたんぱく質部分の総称)とは別の、光を感じる分子「古脊椎動物(VA)オプシン」を、タイセイヨウサケ(Salmo salar)の目に見つけた。
彼らは今回、この仕事をさらに進め、サケの脳全体で、VAオプシンの集まりが、錐体と関連したオプシンの一団や、量は少ないが棹体と関連したオプシンの一団と一緒に見つかったことを、Journal of Experimental Biology(実験生物学雑誌)2000年5月23日号に発表した。
研究者たちは、VAオプシンおよび棹体と錐体に関連するオプシンを追跡する抗体を使い、サケの脳の中の光を感じる領域の地図を作った。彼らは、松果体と脳そのものの内部に高度な光の感受性があるという、広範囲な証拠を見つけた。これは驚くべきことのように思えるかもしれない。しかし、目は脳の真ん中からの膨出としてできるのだから、目は脳の延長部分だと考えれば、それほどでもなくなるだろう。
Fosterの研究チームは、少なくともサケの場合、脳の光を感じる部分はすべて、目や松果体などの光を感じることに特化した器官とともに、脳の真ん中にある「手綱」と呼ばれる領域に接続していると考えている。手綱は、入力を統合し、結果を視床下部(人体のホルモンの中央指令センターで、性的な行動などに関わっている)を含む、脳のほかの部分に送る。
これは、動物が一年の特定の時期に特定のこと(つがいになることや移住など)をする理由の説明になるから、理にかなっている。しかし、動物はどうして光を感じる細胞を、外界の光が遮られた脳の中に埋め込んだのだろうか?
このなぞは未解決だ。しかし、研究者たちは、そのような細胞は一年間にわたるような長期間の光の変化への反応に特化しているのかもしれないと提案している。もし、細胞が体表面に近すぎると、この種の情報は短期間で変化する光によるノイズでかき消されてしまうだろう。
Henry Gee
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医学 :
●●手が命を救う――緊急時の
心臓マッサージは人工呼吸よりも有効か? ●●
心臓発作を起こした患者を
見つけて電話で通報してきた人に対して、救命救急センターからマウス・ツー・マウス人工呼吸法を指導しても、まったくもって時間の無駄であるかも知れない。このほど発表された研究によれば、救急車が現場に到着するまでの時間によっては、周囲の人が心臓マッサージをした方が簡単で有効なことがあるのだ。
通常の心肺蘇生法(CPR)では、人体の自然な機能をシミュレートする2つの活動を組み合わせる。まず救命呼吸法(マウス・ツー・マウス)によって肺に酸素を送り込み、次に心臓マッサージで全身に酸素を行き渡らせる。呼吸が停止し、脈拍ゼロになると、酸素欠乏が脳の損傷または脳死を起こすまでの数分間しか命はもたない。
だからこそ心臓発作を起こした患者(溺水や感電のように心臓が止まる外傷をもった患者を含む)に対しては、何らかのCPRを施すことが大切となる。けれども多くの人々は、CPR を行う方法を知らない。そこで救命救急センターでは、まず救急車を現場に急行させた上で、通報者にアドバイスをしている。
心臓マッサージとマウス・ツー・マウス人工呼吸を行う完全なCPRを指導していると、2分半を超える。また人工呼吸と心臓マッサージを交互に行う順序やタイミングは分かりにくい。これに対して心臓マッサージのやり方を教えることは単純で、約1 分あれば足りる。こうすれば、救急車担当の電話オペレーターも長時間拘束されずに、次の救急通報に対応できる。
米国ワシントン州シアトル市には、特に効率的な複合消防救命システムがある。救急車の反応時間(救急本部で救急要請を覚知してから、救急車が現場で停止するまでの時間)は、通常およそ3分である。そのためほとんどのケースでは、周囲の人々がマウス・ツー・マウスを含めた完全なCPRを行う前に救急車が到着する。そうなれば通報者に完全なCPRを指導することは時間と資源の無駄ではないのか?
「おそらく少なくともシアトルでは無駄なことだ」と答えるのが、米国ワシントン大学のAlfred Hallstromらである。彼らは、過去7年間に心臓発作を起こして現場でCPR を施された患者について分析し、心臓マッサージのみの場合と人工呼吸と心臓マッサージとを組み合せた場合で、患者の生存率が同じであることを発見した。
この分析によれば、救命救急センターに心臓発作患者を通報した500人以上の善良なシアトル市民に対して電話によるCPR指導がなされた。(ただしマウス・ツー・マウスについての指導があった場合となかった場合がある。)患者の平均年齢は68 歳であり、男女比はほぼ2対1であった。生存患者数は64人であったが、マウス・ツー・マウス人工呼吸の有無と生存との間に相関関係はなかった。むしろ心臓マッサージだけを施された患者の生存(退院)率の方が高かった。(心臓マッサージが施された場合の生存率は14 .6%に対し、人工呼吸が施された場合の生存率は10.4%であったが、この格差は統計的に有意なものとは言えない。)
またHallstromらは、心臓マッサージとマウス・ツー・マウスを組み合わせた完全なCPRについての複雑な指導を受けた通報者がCPRを施すことを拒否したり、電話を途中で切ったりしていることを発見した。(7 .2%、心臓マッサージのみの指導を受けた場合は2.9%であった。)
「心臓マッサージだけの方が、CPRの経験のない通報者にとって望ましいアプローチなのかも知れない」とHallstromの研究チームがNew England Journal of Medicine)の2000年5月25日号で報告している。
これに対して心臓マッサージだけの方がよいのか、人工呼吸と組み合わせた方がよいのかを決める上で重要な意味を持つのは救急車の反応時間だとするのがKathy Jones (英国London Ambulance Serviceの業務開発マネージャー)である。「ロンドンにおける救急車の平均反応時間は(心臓発作患者の場合)8分近くになっています。反応時間がこれほど長いのだから、肺に空気を送り込むことも試みるべきでしょう」と彼女は強調する。
David Adam