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中台紛争で九州・沖縄が危機に!?
自衛隊幹部OBがシミュレーション
米中関係も、中台関係も、危機を孕みながらもいま、穏やかだ。このままアジアの21世紀は安泰なのか。そんな中、「中台紛争」をシミュレートした本が出た。自衛官OBの研究だけに、考えさせられる内容である。
3月の台湾総統選挙で当選した陳水扁氏の宣誓式が5月20日、行われた。独立派と見られていた民進党出身の総裁だけに、その就任演説を世界中が固唾をのんで見守ったが、「中国が武力行使をしないかぎり、独立を宣言しないし、住民投票もしない」などと述べ、国際社会を安堵させた。これに対して、中国側も、「一つの中国について明確にされておらず、そのまま受け入れられない」としつつも、それ以上の激しい非難はせず、自制的なトーンだった。
新しい世紀の中台関係を占う節目のイベントは、こうして静かに幕を閉じた。宣誓式に出席した石原慎太郎都知事が記者会見で、「江沢民(中国国家主席)が武力で台湾を併合すれば、ヒトラーと同じだ」と発言したのが、この間の唯一の波乱だったのかもしれない。
もうひとつ、中国がらみで大きな出来事は、米下院が25日早朝(日本時間)、中国の最恵国待遇を恒久化する法案を可決したことだった。昨年11月の世界貿易機関(WTO)加盟を巡る米中協議で、中国側は市場開放の拡大を、米側は最恵国待遇の恒久化を約束していた。1989年の天安門事件以来、両国間に突き刺さっていたトゲが取れてすっきりしたと言っていい。
21世紀の国際政治を見る時、最も大きな、そして最もやっかいな二国間関係が米中関係だということは、衆目の一致するところだ。その米中政府が、互いの国内事情を抱える中、歩み寄りつつある。
2000年春。朝鮮半島では南北の対話も始まり、東アジア情勢はきわめて落ち着いた雰囲気が漂う。
ところが――。
防衛問題を専門とする制服自衛官の間では、この「春」の雰囲気を危険視する声が強い。簡単に言ってしまえば、中国脅威論である。陸上幕僚幹部(陸幕)中枢にいる1佐の声を聞こう。
「いまはいい。ただ、10年、20年、そして50年といった単位で考える時、中国は確実に日本にとって脅威となる。そのことはきちんと認識しておかなければならない」
この幹部は、テポドンミサイルの発射や不審船事件で、朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)に対する国民の意識が燃えさかった時期にも、「北(朝鮮)より、北京だ」と指摘していた。中国脅威の認識は特に制服自衛官の間では大勢を占めていると言っていい。こうした現役自衛官が発表しにくい問題意識を代弁するかのような本が、このほど刊行された。森野軍事研究会編の『チャイナ・ウエーブ 激動の東アジア』(かや書房)だ。
400ページを超すこの本は、「中国」「台湾」、そして「沖縄」の歴史をひもときながら、最後は軍事的観点から中台紛争の可能性を探っているのが特徴といえる。論文調ではなく、架空の「不二軍事研究所」の所員たちが議論を戦わせるという形式で進んでゆくため、読みやすい。
台湾に近い島々は“戦略拠点”
そして、取材班なりに同書の結論をまとめると、あと10〜15年後までに、(1)これまでは現実味が薄いといわれていたが、中国は台湾に侵攻する能力を持つ(2)条件さえ整えば、その「武力解放」は成功する(3)それに付随して、九州、沖縄、与那国島などが直接・間接の重大脅威にさらされる――という。かなりショッキングな内容だ。
同書では、日本人の中国観について「遠い昔の栄光の文明に対する憧憬の情」「列強の植民地政策に翻弄された惨憺たる歴史」「共産党政権に支配された“怖い”国」という三つの異なる感覚がバラバラに働いて、中国に対して明確な脅威を感じない国民が多い、とまず指摘する。しかし、上図に示す通り、中国側から見れば、南方に台湾〜沖縄〜九州に続くラインがあり、南シナ海、西太平洋に出ようとした時、かなり「邪魔」になるのは事実だ。国家目標のためには、障害は確実に排除するのが中国である。
この点を踏まえて、さらに近年の中国の装備近代化、サイバー化のスピードを考え合わせながら「中台紛争シミュレーション」が実施された。その結果は、前述の通り、「中国側がほぼ5日間の戦闘で制空権を確保できる」と結論づけた。もちろんその前提には、「米軍を介入させない」「台湾がTMD(戦域ミサイル防衛)システムを運用していない」「台湾が大量破壊兵器システムを保有していない」という3条件があってのことだ。制空権が手に入った後は、政治・外交の領域であり、主に米国との丁々発止のやりとりが始まる……。
ところで、本書が最も強調するのは、中台紛争が起きた時の我が国領土への影響であろう。96年、中国が台湾近傍を着弾地とするミサイル訓練をした際、我が国の漁民たちも漁に出られなかった。それどころか、台湾に近い先島諸島(与那国、西表、石垣などの各島)は重要な戦略拠点として、紛争時、占拠されることが十分に想定されるのである。ただ、それに備えて自衛隊が領土防衛のための部隊行動ができるかといえば、何か敵の具体的な行動があるまでは、事前にはほとんど有効な運用ができないと指摘して、本文は締めくくられている。
執筆したのは、元陸自東北方面総監を務めた森野安弘氏を代表とする研究所。退職した1佐・将官25人がメンバーだ。森野代表は、こう語る。
「東京にいては、中台関係、沖縄問題は分からない。我々は先島にも足を運び考えた。それにしても、いざという時に自国の領土を守ることができない法の不備を、早急に整備しなければならないと思う」
九州・沖縄サミットは目前だ。制服組だけに「国の守り」を考えさせるのではなく、国民全体で議論しなければならない。しかも、早急に。
安全保障問題取材班