Tweet |
「国益」タテに封印 外交文書の公開制度見直し時期に
国家秘密をタテにとれば、都合の悪い事実を永遠に封
印できる――。日本の制度は政治家や官僚のこんな考え
方を許し、「秘密は墓場までもっていく」という風潮を
生んできた。沖縄返還交渉における密約をめぐっては、
当時の外務省高官に「偽証の疑い」(我部政明琉球大教
授)さえ浮かんだ。来年春の情報公開法施行を控え、外
交文書を公開してきた外務省も制度を考え直すべき時が
きたようだ。
●サービス
河野洋平外相と河野太郎衆院議員の父子は、昨年11
月の衆院外務委員会で、「対決」した。
太郎氏 「ベルリンの壁が崩れた時の米独首脳会談の
内容は早くも公開されているのに、日本の外交文書公開
は極めて心もとない。河野一郎農相(祖父)の40年前
の海外出張報告がやっと公開される、というのが実情
だ」
外相 「10年たとうが、それよりもっと長い年月が
たとうが、国益を考えれば公開は難しいものもある」
15回目を迎えた外交文書公開は「外務省のサービ
ス」でしかない。内規で「原則30年を経たものは秘密
指定を解除する」と定めてはいるものの、強制力は伴わ
ない。どんな文書が存在するかも知らされない。
内規では1970年までの外交文書はすでに公開され
ているはずだが、60年日米安保条約改定の交渉過程さ
えベールに包まれたまま。
情報公開法が施行されれば、すべての省庁に情報開示
を求めることができる。しかし同法は、国の安全が害さ
れる恐れがある時などには開示を拒めると認めた。公開
が進むかどうかは、時の政権の姿勢や制度を使う国民の
出方に左右されそうだ。
●歴史の重み
日米を比べると「歴史を知る権利」の重みに大きな落
差がある。ベトナム戦争介入に至る政策形成過程をつづ
った米国防総省秘密報告書の漏えいに全米が揺れたの
は、日本で外務省公電漏えい事件が表ざたになる1年前
の71年だった。ニューヨーク・タイムズ紙などが70
00ページに及ぶ報告書を入手、連載を始めた。
米政府は「国の安全を損なう」と連載中止を求めたが
敗訴。報告書を提供した元国防総省職員は無罪となっ
た。公電漏えい事件で外務省事務官と新聞記者が有罪に
なった日本とは、対照的だ。
「すべての情報を国民が知るとき、民主主義は最も機
能する」(ジョンソン元大統領)。公文書館、大統領図
書館、史料集「合衆国の外交関係」(FRUS)の発
行、情報自由法(FOIA)を柱とする米国の情報公開
制度は、こんな国民的意識に支えられている。
公文書は原則25年後に秘密指定が解かれる。FRU
Sは歴史家が秘密資料に目を通し、68年分までほぼ編
さんがすんだ。FOIAによる年間約100万件の開示
請求のうち、全面非公開は4%に満たない。
クリントン政権はケネディ大統領暗殺事件の資料をは
じめ大量の文書を公開した。ただ、岡本篤尚・広島大助
教授(憲法・法政策
論)は「情報公開は政権交代の影響
を大きく受ける。大統領が代われば、逆に非公開が強ま
る可能性もある」と指摘する。
●米国頼み
仲本和彦氏(35)は3年前からワシントン郊外に住
む。沖縄県立公文書館駐在員として米国立公文書館に通
い、米国統治下の沖縄の行政文書320万ページをマイ
クロフィルムに収めるのが任務だ。
非公開は1%もなかった。ファイルには文書の抜き取
りを示すカードがはさんであり、タイトルや非公開理由
が書いてある。これを手がかりにFOIAを使って入手
を試みる。仲本氏は「非公開文書だけ請求すればいいの
で簡単です」。
沖縄返還交渉を研究している我部教授は年3回ほど米
国へ飛ぶ。公文書館で終日コピー機と向き合う。1日の
複写は約1000枚。限られた滞在期間で、できるだけ
多くの資料を手にすることから研究は始まる。
これまで集めた資料は段ボール50箱、マイクロフィ
ルム100本。沖縄返還をめぐる「密約」もこの中に含
まれていた。「日米関係の研究に使える資料は米国でし
か手に入らない」というのが学界の悲しい常識だ。
しかし、米国の視点だけで研究するには限界がある。
名古屋市で今月開かれた日本国際政治学会は、公開制度
の国際比較を取り上げた。司会の五百旗頭真・神戸大教
授は「『いつかは公開』があるべき民主政治の姿。日本
政府に要求していこう」と呼びかけた。
(07:02)