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択捉島で新興財閥「ギドロストロイ」が急成長
北方領土・択捉島を拠点とするロシアの新興財閥、ギドロストロイ社(本社・紗那)が水産加工場を核に経済活動を強め、船団経営から運輸、土木建築、銀行、ホテル、商店と手を広げ、クリール地区行政府にも発言力を急速に増している。同島人口の七割近くが雇用などで同社にかかわり、地元では「ギドロ王国」とさえ呼ばれる。二十七日帰港したビザなし訪問団にその急成長ぶりを見せつけたが、日本政府の今後の対ロ領土返還交渉で無視できない存在になりそうだ。
(根室支局 石田悦郎)
択捉島内岡(なよか)桟橋でまず目に入ったのは、白壁に真っ赤なトタン屋根の同社内岡工場だ。サケ・マスを一日八十五t処理できる冷凍施設を備え、八月から稼働する。機械類はデンマーク製で米国商社から購入。これで雇用は百二十人増えるという。
同社の船団が近海で捕った魚を原料とする水産加工場は、昨年十一月稼働の色丹島工場に次ぎ四カ所目。資材の陸揚げに始まり、建設にいたるまで自賄いし、発電用燃料費を行政府に立て替えることも。また、従業員用として、本社そばにドーム形プールと屋内テニスコートも備えている。
島の人口八千百人のうち、従業員は千五百人近い。行政府幹部が「モスクワの世話にはならない」と豪語できるのも同社からの潤沢な税収があってこそだ。
同社は一九九一年に国営企業を買い取り発足した。だが、株式非公開のうえ経営内容を明かさないため実態はベールに包まれている。それ以上になぞなのは、創業者で社長のアレクサンドル・ベルホフスキー氏。
日本のロシア問題専門家の間でも「なぞの人物」とされるが、領土返還運動関係者の話を総合すると、同氏はサンクトペテルブルク出身のユダヤ系ロシア人でまだ四十四歳と若い。国境警備隊員として八四年に択捉島に勤務。たまたま島内に打ち捨てられていた漁具を使い、漁をして収入を得たことがきっかけで警備隊を辞め、漁業を始めた。
旧ソ連崩壊後、出資者を募り島内の企業を次々と買収して頭角を現し、日本側専門家の間では三年前から存在が知られるようになった。しかし、日本側要人らと会ったのは二度。それもビザなし訪問の少数の専門家だけを招いた時だ。
人口が減り続ける国後島とは違い、択捉島では若者の雇用が増えている。元地区判事のコンスタンチン・ブーラク氏(57)は「経済が活発になり、今や島の七○%近い人がギドロ関係者だ。確かにサハリンへの流失は減った」と歓迎する。
一方、従業員への勤務査定は厳しく、解雇は日常茶飯事であるうえ、「社長がワンマンで人前には出ない性格」が災いして島民の反感も強い。ある元地区議会議員は「島全体を牛耳り、文化の多様性も失われていく」と批判する。
北方四島のうち択捉、色丹両島の経済、政治に影響力を持ち始めたうえ、昨年末には国後島の国営コンビナートの主要施設を安価で買い取った。こうした一連の動きを領土問題関係者は警戒し始めた。
「魚食文化の日本市場に魅力を感じないはずはない。領土問題が存在する限り日本への輸出はできないから問題打開の側につく」と楽観視する領土関係者はいるが、昨年七月にベルホフスキー氏に会った元北大スラブ研究センター教授で国際日本文化研究センター教授の木村汎氏は「領土交渉を難しくするだろうが、経済活性化で住民が現状に自信を持つ波及効果の方が怖い」と指摘している。