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http://www.yomiuri.co.jp/08/20000501ig91.htm
5月2日付・読売社説(2)
◆遺伝子の解明競争に遅れるな◆
米国のベンチャー企業が、人間の全遺伝子(DNA)の情報を解読したと発表
し、国際的に大きな波紋を呼んでいる。
遺伝子は、生物としての人間の基本設計図とされている。その情報量は、四種
の化学物質(塩基)三十億対からなっている。百科事典なら数万冊に相当する情
報量だ。遺伝子を構成する四種の塩基の配列を解読し、しかもその機能を解明で
きると、生命の営みを解明することにつながる。
がん、高血圧、糖尿病など遺伝子が関与する病気の治療に役立つし、体質が分
かるので予防医学に応用できる。個人の体質、特定の病気に対応した薬品を人工
的にデザインして作る「ゲノム創薬」が可能になるので、薬品開発を一変させる
だろう。
一九九〇年から、日米欧の三極が分担して塩基配列を解読する作業を進めてい
た。ところが米のベンチャー企業は、大掛かりな機械化で解読を進め、次々と解
読した遺伝子の特許出願を始めた。
だが、遺伝子の塩基配列の解読ができても、その遺伝子がどんな役割を担って
いるのか、その機能についてはほとんどが不明だ。そのため、解読だけでは特許
の対象にしないことで日米欧の特許庁が合意し、各国の研究機関も、人類共通の
財産として塩基配列は公開する方向で一致している。
遺伝子解読の国際計画プロジェクトも、二〇〇三年までには解読を終了する見
通しで、研究競争の舞台は、すでに機能の解明という実用化への競争に移ってい
る。
遺伝子関連産業の市場は、今後十年間で急増し、国内だけで九八年の約二十五
倍の二十五兆円規模になると予想されている。立ち遅れると、ばく大な特許使用
料を支払うことになるだけに、企業は研究開発の体制強化に取り組まなければな
らない。
遺伝子の機能解明の競争は激烈になり、研究は驚くほど早く進展するだろう。
この数年間で、遺伝子機能の特許出願ラッシュが国際的に展開されるのではない
か。
特許は学術的な真理の発見とは違う。遺伝子の特許は確かに、学問的研究成果
と直結しているが、同時に一国の科学技術行政や戦略とも連動している。遺伝子
関連の特許は、審査基準が大きなカギになる。
特許庁は、国際的に整合性がとれた審査基準を適宜公表し、国内の企業や研究
者に認識させてもらいたい。
遺伝子実用化で重要になるのは「DNAチップ」の開発だ。半導体チップと同
様、バイオテクノロジーの研究開発や実用化には、必要な道具になるだろう。こ
の分野はいま米国が断然リードしている。
しかし、日本得意の電子産業技術と融合した新技術で、DNAチップの開発に
威力を発揮する可能性がある。先ごろ、理化学研究所と日本のハイテク電子企業
が研究推進組織を作った。米国を巻き返し、DNAチップの開発で世界に貢献し
て欲しい。
遺伝子解析が普及すると、個人の遺伝子情報の管理が重要になる。プライバ
シー侵害や差別につながることも心配しなければならない。研究者は守秘義務と
倫理指針を厳重に守ってもらいたい。